10、取り繕う必要
ここまでお付き合いいただきありがとうございます。次の章で完結となります。続けての投稿となります。0時更新を予定しています。よろしくお願いいたします。
「あんたっ、おかしいんじゃないのかいっ!?あんたっ、ミカちゃんを捨てたんだろうっ!?お母さんの葬式だってこなかったじゃないかっ。ミカちゃんが今までどれだけ苦労してきたか・・・だけどね、この子の偉いところは、泣き言いわないんだよっ。泣き言言わないで、1人で頑張ってきたんだよっ。弟の面倒ちゃんとみて、自分のことは後回し。本当にけなげったらありゃしない。それなのに、あんた!恥ずかしくないのかいっ。」
ノリコおばさんが泣きながら、お父さんに怒鳴ってくれた。
だけど、そんなノリコおばさんを見ながら、お父さんは嘲笑った。
「随分、気に入られたなぁ?美歌子・・・そりゃぁ、お前の特殊な力があれば、気に入られることなんか、朝飯まえだよなぁ?」
終わった――
そう思った。
私は、ヤスオの腕の中で、体を固くした。
「ミカコ、どうした?」
そんな、私の変化にいち早く気づくヤスオの色は。
やっぱり、暖かな、生成り色だ。
ずっと、ずっと。
これからも、感じて包まれていたかった色だったけれど。
でも、もう――
私は、ヤスオの腕から、抜け出した。
「・・・それが、何だよ?」
富士見さんの、気が抜けた声。
「それって・・・そんなに鬼の首とったように言う事なのかい?」
怪訝なノリコおばさん。
「そ、それっ、かっちょいいなー。ミカちゃんっ、ヒーローみたいだなっ。」
えーと、ノリオさん・・・リアクション困るし。
いや、それよりも、もっとリアクションに困るのが・・・。
「よ、よかった!ミカちゃんっ。じゃあ俺が今、ミカちゃんにエロい気持ちが全然ない事、分かってもらってるよねっ!?最初俺の下心丸出しに、ドン引きしてたけどっ・・・もう、それないって、わかってもらってるよねっ!?それっ、ヤスオと浜田と言ってくれよっ!!ヤスオ、あれから俺が店に行くたびに満席っつって、入店させてくれないんだよっ!!しかも、『TOP OF YOKOSUKA』は、何だか知らねぇけどっ、出禁になってるしっ!」
必死な戸田さん・・・。
お父さんが私の話をした後の、皆の意外な反応に・・・私は茫然とした。
「私のこと・・・気持ち悪いとか・・・思わないの?」
「な、何でだっ!?だって、い、色っ見えるんだろっ?ミカちゃんっ。」
「ええ、だから・・・自分を見透かされているようで、嫌じゃない?」
「・・・だって、お、俺とっ、ミ、ミカちゃん、一緒にいるじゃんかっ。」
「え?」
「ヤ、ヤスオとっ、一緒にいる時のっ、ミ、ミカちゃん、ス、スゲェ、し、幸せそうだしっ。か、母ちゃんの飯、食ってる時っ、ス、スゲェ幸せ、って顔してるぞっ。か、母ちゃんの事、こ、心の底から、大好きっ、ってわかるしっ。」
「・・・・・・。」
「だからっ、そ、それがっ。ミ、ミカちゃんの気持ちっ。お、俺はバカだしっ。見られたって、そのまんまっ。と、父ちゃんだって、浮気もん、ば、ばれてるだろっ。かーちゃんだってっ、ジャ、ジャージ着てる、このまんまのっかーちゃん!」
そう言えば・・・ノリコおばさん、今日もマケタスポーツの・・・カマキリ色のジャージを着ている・・・。
よく考えたら、ここ、グランドヒロセ鎌倉のスイート・・・。
「ぷっ。」
不謹慎だけど、噴き出してしまった。
「ミ、ミカちゃんっ、笑ったぁ。」
ノリオさんがホッとした顔をした。
「つまり、そう言うこった。ミカちゃん、俺らは大したもんじゃねぇし。取りつくろうつったって、取りつくろうほどの立派なもん持ち合わせちゃいねえし?見たまんまの人間だ。それでもよ、ユウは懐いてくれた。ミカちゃんだって、店で見た固いミカちゃんじゃなくて、ウチではまんまのミカちゃんだろ?こんな不細工なうちのかーちゃんでも、好きだって思ってくれてるのがわかるし、スゲェ嬉しい。しかも、こんな不器用でぶっきらぼうな男に惚れてくれてよぉ・・・なんで、俺らがミカちゃんのこと知ったからって、嫌になると思うんだい?なめてもらっちゃぁ、困るなぁ。」
富士見さんの言葉が胸にしみた。
本当に、そのとおりで・・・疑ってしまった事を申し訳なく思った。
「ふ、富士見さん・・・ごめんなさいっ。」
私がそう言うと、富士見さんは私の頭をゴシゴシと撫でた。
「ハハッ・・・条件によっちゃ許してやんねぇ事もねぇぞ?」
「え?」
私の頭を撫でていた手を、思いっきりヤスオに叩かれた富士見さんは手をさすりながらほほ笑んだ。
「これからは、俺の事を『父ちゃん』、こいつのことを『母ちゃん』、んで、ノリオのことを、さんづけやめて『ノリオ』って呼べば許してやるぞ?」
「・・・・・・・。」
もう。
もう。
もう・・・・。
取りつくろう必要は、何もなかったんだ。
溢れる涙を止められないまま。
私は・・・。
「はいっ。父ちゃん!」
と、叫んでいた。
そんな私を、ヤスオは抱きしめ。
父ちゃんも母ちゃんも、涙を流した。
・・・のだけれど。
「や、やっぱ、ミカちゃんの声っ、で、でけぇっ。やっぱ、コーラと酢、飲んでるんだろっ!?」
ノリオだけ、違う事を考えていたようで。
「・・・・・・・。」
だから、そんなもの、飲めないってば。
「さて、と・・・じゃあ、帰るか?」
父ちゃんがユウの手をとり、笑いながら皆の顔を見回した。
「そ、そうだなっ。ユ、ユウッ。帰りはっ、運転席がみえるっ、い、一番前の車両に乗るぞっ。」
そう言いながら、ノリオが笑顔でユウの頭を撫でる。
「せっかくだから、帰りに夕飯外で食べて帰るのはどうだい?」
母ちゃんが陽だまりの様に笑う。
「お、い、いいなっ。じゃあっ、養老軒っ、い、行こうっ。」
「・・・お前、何で鎌倉まで来て、地元のきたねぇラーメンを食いに行く気になんだよ・・・。せっかくだからよ、もっと、こう・・・豪勢にだな・・・。」
「と、父ちゃんっ。ご、豪勢にって言ったって・・・か、母ちゃんっ、カマキリジャージだぞっ!?あれで、ご、豪勢なっ、飯っ、お、俺っ一緒に食いに行きたくねぇっ!」
「ノリオっ。何、生意気、言ってんだいっ。このジャージまだ下ろしたてだよっ。」
「・・・確かに、ノリオのいう通りだ・・・カマキリとビフテキ食いたくねぇわな・・・おい、ユウ、ラーメン屋いくけどよ、食べられるか?」
笑いながら、父ちゃんがしゃがんでユウに話しかけた。
「・・・父ちゃん。ぼく、オムライス食べたい。」
ユウの答えは。
ただのメニューの答えではなくて。
私達が家族になれるという、答えだった―――
最初から、取り繕う必要なんて。
なかったんだ、と―――
すっかりラーメンを食べる気になっていた私だけれど。
ヤスオはそうではなかったみたいで。
「おい、吉川っつったよな?お前、ミカコに何した?」
こめかみに青筋を立てたヤスオが、吉川先輩の襟首をつかんで立ちあがらせた。
だけど。
「おい、ヤスオ。よせ。ガキの前だ、止めておけ。そいつなら、これからきっちりシメるからよ。あと、そっちのオッサンも。」
と、低い声で、オーナーが止めた。
って、オーナー・・・闇の色が、物凄く濃くなっていますけど。
ヤスオはその気配を察したのか、すぐに手を離した。
だけど。
「浜田さん、それじゃ、俺がつきあいます。」
意外にも、父ちゃんが静かな声でそう言った。
すると、何故か戸田さんは顔色を変え、ビクリとした。
「いや、ヤスシ。お前は家族と帰れ。ガキを安心させてやれよ。今のお前がする事は、それだ。後の事は、俺と広瀬と戸田でやるから。いいな?これは命令だぞ?」
そう言って、オーナーが父ちゃんを睨むように見つめた。
父ちゃんはそんなオーナーに、ただ黙って頭を下げた。
「じゃあ、そう言う事で。これからきっちりジョーが話するらしいから。これで引きあげてくれるか?」
広瀬社長が私達に向かってそう言った。
「社長、本当に今日はありがとうございました。社長が連絡をくれなかったら、取り返しのつかないことになっていました。」
父ちゃんが、広瀬社長にそう言って頭を下げた。
母ちゃんも、ノリオも、ヤスオも下げた。
よくわからない私に、ヤスオが。
「丁度、社長が鎌倉に来ていてな。ここのロビーでお前を見かけたんだと。おかしいと思って、うちに連絡くれたんだ。」
と、耳元で説明をしてくれた。
そっか・・・社長とは、『TOP OF YOKOSUKA』で何度も会っているから・・・。
父ちゃんが、じゃぁ帰るかと言って歩き出した。
ヤスオも私の手を取り、歩き出す。
だけど、私は立ち止まり。
「お、お父さん・・・。」
10年ぶりに会ったお父さん。
いい形では会えなかったけれど。
もしかしたら、もう・・・会うこともないのかもしれないけれど。
だからこそ、お別れの言葉の代わりに・・・。
「・・・体、大事にしてね?」
やっぱり、どんなことがあっても私のお父さんだから。
もう、お母さんは死んでしまって・・・私の親はお父さんだけだから・・・。
私から顔をそむけていたお父さんの肩が、一瞬・・・震えた。
そしてお父さんの周りは、切ない色と後悔で・・・溢れかえった。
もう・・・それだけで、充分だと。
そう思った。
だけど――
「おい。」
今まで、ユウと手を繋いでいた父ちゃんが、いつの間にかお父さんの前に立っていた。
ユウは母ちゃんと手を繋いでいて。
そして。
父ちゃんの色が、見た事もない恐ろしい色に変わった。
「てめぇの、血を分けた可愛い子に、どんだけ辛い思いさせんだよっ。いいかっ、次はねぇと思え?次やったら、てめぇの命、覚悟しろや?」
「・・・・ひっ!」
静かな声なのに、父ちゃんのその喋り方はとても恐ろしく。
言われたお父さんは、悲鳴にもならない声を上げて、その場にへたり込んだ。
「それから、そっちの若造。てめぇも、金輪際ミカちゃんに関わんじゃねぞ?横須賀界隈で見かけたら、お前の命の保証はしねぇぞ?」
吉川先輩もカチカチと歯を鳴らし蒼白の顔で、へたり込んだ。
目に見えないけれど、父ちゃんの怒りで、空気がビリビリとしているような感じがあって。
私も怖くなり、ヤスオにしがみついた。
だけど。
「父ちゃん、オムライス。」
母ちゃんから離れて、ユウがそう言って父ちゃんの手を引っ張った。
その途端、父ちゃんから怖い色は消え去り。
優しい色で、一杯になった。
「おう、そうだな?オムライス食いに行くか?」
そう言って、父ちゃんはユウの手を取ったが。
すぐこちらを振り返り、ニヤリと笑った。
「おい。ヤスオ、ミカちゃん。ここからお前らは、別行動な?」
え。
さっきの怖い色は何だったのかと思う程。
父ちゃんの色は、今・・・。
ピンク、一色になっていた。
一体・・・何を、想像しているのだろう。
いや、何となく嫌な予感がするし、想像したくないけど。
って、横にいるヤスオも・・・ピンク、一色で・・・嫌な予感はますます濃厚になった。
そして、その雰囲気を察したのだろう。
「ぶはっ。」
オーナーが、噴き出した。