第一話:潮招き(5)
「……お客さん、道に迷ったのかい。こっちは厠じゃないぜ」
「……」
「っていうか学者先生、軍の見学なんてやってたか?」
「いえ」
「だそうだ。ってことは無断侵入か? おいおい、おたくらが体現なさってる規律と秩序はどこに飛んでっちまったんだ?」
持ち前の軽口で、相手の、〈銀の星夜会〉の集団の反応を見る。その数、武器装備の実情をたしかめる。
民間人三人……いや、警官が五、六人。
――あと、軍人が七人。
軍関係者までもがつづいて加わり、この宗教団体に協力を示しているという事態に、鴨目はいろいろな意味合いで背筋を冷たくさせた。
「御用改めである」
「あ?」
最後尾の兵士が民間人を割って先頭に出てた。
若い割には階級は高い。軍帽をかぶり、長く分厚いマンテルを着こなし、腰に下げたサーベルをガチャガチャと鳴らした。
「おおよそ宗教に関わる一切合財を、破棄処分すること。これが政府のくだした決定であったはず、なのに貴殿らはそうした旧弊を蒸し返すがごとく、そのような怪しげな道具と風俗乱れし少年を引き上げた。これ、天下の大罪である」
「評議にあがった程度で正式には可決されてねーけどな。良かったなぁ、この国はまだ健全だ」
「だ、だいいち私たち『文正庁歴史編纂室』だってお国の命令を受けてるんですっ。歴史と宗教は切っても切れない関係で」
「黙れっ!」
兵士の背後にいた一般人が、声をあげた。
「真の歴史は、この『姫将銀夜陣中記』に記されているとおりのことだっ! そのような遺物など引きずりあげずとも、真の正義と護るべき大義はこれにて学べばよいのだ!」
鼻息あらく叩いた書物には、可憐な銀髪の美少女が描かれている。
白馬の上、美麗な刀を振りかざして戦場を駆ける彼女が、赤帽子朱羽織の青年……敵将鐘山環を追い回す絵姿は、いちいち大仰で、過剰表現きわまりない。
なにより軍記物語を正史であると大まじめで信じている連中がいることに対し、
「……ぶふっ」
老人は、思わず噴き出した。
絵に載った少女に罪はなかったものの、それを愛読する連中には、それを自分たちの『神』への愚弄と受け取ったようだ。
「貴様……っ、もう許さん……っ! 天誅! 天誅だ!」
顔を紅くした兵士が怒気を発する。蜃気楼にも似たそれが、背後の連中ひっくるめて、大きく空間を揺るがした。
「……まさか、こいつらっ!?」
鴨目士義は、笑いを即座に引っ込め、身をも退いた。彼のかばう少女もまた、緊張で顔を強ばらせた。
空間の揺らぎの中で、若者たちの肉体が再構築されていく。
怒りに歪んだ顔は、狼や犬にも似たどすぐろい鉄面に。さらに上から白い鉢巻きがなびく。
両腰からは獣の爪牙のように鋭く尖った刀が二口、直に差し込まれている。
とつぜんに生えた毛皮はまるで袴のように下肢を覆う。
どこからともなく現れた、だんだら模様の藤色の羽織が、鈍色の胴が、彼らの膨張した筋肉を守り固める。
その先頭、さっきまで若い士卒だった狼が、甲高く遠吠えをし、くるりと鴨目たちに背を向ける。
両手で抜き放った直剣は、それと同時に桃色の閃光をあわく、放ちはじめた。
同朋たちも、それにならって刀を抜き放ち、緑、黄色、青色と色とりどりの光を刀身に宿す。
それらを高らかに天へと突き上げると、ふたたび狼たちは吼えたのだった。
「我ら、静謐なる銀夜のために!」
「我ら、静謐なる銀夜のために!」
「我ら、静謐なる銀夜のために!」
その羽織の背には、
「銀夜命」
の三文字が、白抜きで書かれていた。
怪人メモ
盟約者;《オオカミ》
『銀の星夜会』が支給した薬品を取り込んだ会員が変身する狼型の『盟約者』。
鋭い直剣は霊威を宿し、砲弾さえもたやすく切断できるという。
また、個人の個性の不要さという彼らの理念がその姿に反映され、似たり寄ったりの容姿となっているが、剣の色にはその性格や好みによるという。
モチーフは新撰組+アイドルのファンクラブ。
行きすぎた、あるいは行き場を失った『憧れ』が、過剰な秩序や狂信を勝手につくりあげてしまう、という点から両者を選びました。
次回の彼らのアレっぷりを見てくだされば、この作品の方向性がだいたいわかるかと思います。