プロローグ:わだつみの花嫁(2)
我が子が悪習によって海中に沈められてから半刻のち、鐘山宗善はその水の神宮の制圧を終えた。
「皆戸めが、血迷いおって」
胴から切り離された首を、桟橋から海へと蹴落としながら、鐘山宗善は吐き捨てた。
「捕らえたものども、ことごとく誅せ。そんなに邪法が好みであれば、それに殉じさせてやる」
そう憤りの言葉をはなつのは、ここへ養子に出し、そしていま犠牲にされた我が子のためではないことを、老臣三戸野光角は知っていた。
ただ世の道理をないがしろにし、ありもしない存在にすがる弱者への嫌悪、それが、彼に残酷な処刑を命じさせたのだった。
たとえその相手が……甥御の勢力に押されまくった今となっては、数少ない同志であったにせよ。
「くだらぬことだ。この世に神などいない。法と秩序こそが絶対なのだ」
日頃より公言しているその言葉を、主君はあらためて口にした。
「さよう。今は亡き銀夜姫も、つねづねそう言われておられ、自らそれを体現しておられました」
しみじみとそう応じた老将に、宗善は険しい視線を注いだ。
やがて、男の目から険がとれた。戦いによる疲れが、強さをそこからうばっていく。
「……銀夜にせよ、今死んだあやつにせよ、つくづく子にはめぐまれぬ」
うんざりとした口調でそう言った男は、改めて天を見上げた。
夜半のその月は、なにひとつ欠けたところのない、完璧な満月であった。
「だが、余の思想は間違ってはおらぬ。今は時流だの時勢だので、環のごとき愚か者に多くがなびいたが、いずれは、そういずれは……余の信じる正義こそが、この世を席巻するであろう」
月に向かって低く、そして重く吼えたその男の念願が、成就するのは……その三百年後、のことであった。