間章:世界の船出
――【古神記】いわく。
この世の先、天頂、末、果てには、神々の住まう真なる世界があるそうな。
その世界の土より、ひとりの神が生まれたのがすべてのはじまりであった。
土より生まれいでしその神は、四季をつかさどり命を施し、無より有を作り出した。
為人は慈愛にあふれ、ほがらかで寛大にして、陽光のごとくあまねく人々を照らすという。
やがて、世を統べる力を得た百地烈火、新たなるその神の力に嫉妬し、彼女もろともに真世界のことごとくを滅ぼさんと欲した。
かの悪神の重臣、戒音十神、事態を憂えて反旗をひるがえす。
かの女神と組みて、自らの軍勢を引き具し、烈火と大戦を交えた。
ついには十神はじめ、多くの者が死に絶え、その末に烈火は女神に呑まれた。
ここにおいてふたりの神、ひとつとなりて、完全なる盤古と化した。
だが、その力の膨張を憂慮したかの女神、人々に自らを忘却させ、自らを封じ、氷室の中にて永き眠りにつく。
ところが、ひとり、憶えている者あり。
とりわけ才があるわけでもない凡夫であったが、かの者に信を置き女神、その所在をこの男にのみ告げる。
かの女神を慕う■■■■(名称不明、この男に関する記載は、なぜかどの資料にも存在しない)、ひとり取り残されて泣き喚き、その忘却と喪失を嘆き、薄情なる世のすべてに怒り、不信を抱く。
ついに傷心に耐えきれぬ男は、その封を解く。
だが女神、復活を拒みて自らを分解し、虚無の暗黒へと飛び散る。
その死は盤古(詳細不明、かの女神の上位の者か)にひとしく、肉片は大地となり、呼吸は風となり、両眼は太陽と月となり、その鼓動は次なる命をはぐくむ音曲となったという。
そして、彼女の手足はそれら新羅万象をとりしきる神々として分かたれた。
これが、この世のはじまりであるという。
不可思議なもので、新大陸にもこれと似通った伝説は点在している。
……あるいは、真実かもしれない。
女神を起こした愚者の末は、さだかではない。
だが、彼女に代わって本当に死にたかったのは、凡夫ではなかろうか。
すべてを喪ったこの大馬鹿者に、きっと目指すべき夢も未来もない。
彼女に触れられるはずだった唯一の男は、女神からもっとも遠い業深い人間となったのだから。
女神の名は、中原大神。
三百年以上前、諸王の争いに勝利を収めた布武帝、この伝説を愛し、女神の別称を、地上初の統一国家の元号としてさだめる。
すなわちこれ、樹治と呼ばれる時代のはじまりであった。
――小早家蔵書、鐘山環、羽黒圭馬共著『門前夜論』より抜粋。
『門前夜論』
共著とはいうものの、実際は書誌に関する対談、歴史へのそれぞれの考察を環の従者、良吉がまとめたものである。
名前の由来は、城門の前で夜を明かした際の、領主と客将の対談であったため。
……要するに、三人で夜遊びして門限をすぎたため、城から閉め出された挙げ句寒空に放り出された彼らの、ヒマ潰しのためのおしゃべりであったという。




