本当の始まり
未軌は穴からロッジと反対の方向に歩き、その後ろを雪が付いていた。
2人の周りの空間は静寂に包まれ、それを雪が破った。
「ねぇ。水本君。」
「未軌でいい」
「・・・未軌さんでいい?」
「好きにしろ」
「それで一つ質問なんだけど。言葉遣いが変わってる気がするのだけど。」
「言葉遣い・・・」
未軌は穴から出て来てから、スキル以外に変わったモノは感じていなかった。
「あぁ、自分以外に気を使う必要がなくなったからな」
「?。それはどういう・・・」
「これからは自分のやりたい事を自分のやりたい様にするという事だ」
「・・・そう。」
再び辺りは静寂に包まれる。
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「はぁ〜、やっとあのゴミが消えたかぁ。なんか心がスッキリしたぜぇ」
「本当だね、やっと堂々と裕也君とイチャイチャできるね」
「へへっ、そうだな若葉よぉ」
2人は向き合いディープなキスをすると腕を組んでロッジへ帰っていく。
その姿を見ているのは雪だけでなくもう一人居た。
『若葉さんは脅されているんだ!若葉は僕と愛し合ってるんだ!僕が若葉さんを助けないと・・・』
その小さな声は誰にも聞こえることは無かった。
勿論、須藤や若葉が気付く筈もなく2人はロッジへ戻っていく。
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翌日、未軌と雪は森を抜け草原にいた。
草は膝の高さまでしか伸びておらず、周りは何処までも見渡せそうだ。
(スキルは有るがステータスが上がった訳ではない。あまりモンスターには見つかりたくないな、もしもの時は・・・)
未軌は視線だけを自分の左に向ける。
そこには静かに佇む雪の姿があった。
雪は未軌の向く方向を向き、ただ前に視線を向けている。
「・・・雪」
「なに?」
「俺は弱いが、お前のステータスを奪う事はしない。今はお前と居たいからだ」
「そう」
雪は無表情だが微かに頬を紅くする。
そして未軌は続ける。
「だからモンスターが出たら俺を援護してくれ」
「・・・わかったわ」
雪がそう返すと未軌は無言で歩き始め、雪もそれに続く。
実はこの時、未軌は内心恥ずかしい事を堂々と言っている事に赤面していた事を誰も知らない。
(自分の事は自分で決め、他人に口出しさせず自分の欲しいものは自分で掴むと決意したが、その時の恥ずかしさや罪悪感を考えてなかったな)
未軌のスキルは他人のスキル、ステータス、技術は勿論、感情も奪えるのだが自分の物は奪うもなにも、自分の物なので何もできない。
未軌は視線を前に戻すと見える範囲で警戒しながら進み始め、雪もそれに続いた。
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森を抜け歩き始めてから5時間、モンスターに見つかる事もなく歩いていた2人の前には人の手によって作られたであろう道があった。
道の地面は土で、微かだが車輪の跡も見られる。
未軌は道に出ると、道の続く方を見た。
片方にはかなり距離は有るが高い壁が見える。
反対は道が続いているだけだが、遠くの空が赤くなっている様に見える。
当然未軌は壁の見える方へと歩き始める。
壁の高さを実感できる程の距離に来ると何本かの道が合流し、道の横幅が広がり前方から壁から出発した馬車が見える。
未軌は横を通り過ぎる馬車の御者を横目で見る。
特に此方に注目せず馬車は過ぎていった。
未軌は制服が注意を引くかと思ったが特に何もなかった事に安心した。
壁の前に来るとその高さと暑さがよく分かった。
高さは15mはあり、暑さは4m程で、綺麗に石が積み立っている。
未軌はどうやってこの壁を建てたのか一瞬疑問に思ったが、魔法があるのを思い出しその疑問は消えた。
壁には門があり、そこには鎧を身につけ槍を持った男が男がいた。
未軌達が門に近づくと片方が一歩前に出た。
「初めて見る顔だな。何処から来たのかとこの街へ入る理由は?」
「俺たちは此処からずっと東にあるニホンという国から旅をしている。入る理由は宿泊と金稼ぎだ」
「ニホン?聞いた事がないな。それと、旅人にしては荷物が見えないが?」
男が怪訝な視線で未軌を見る。
「あぁ、気にするな」
「確かにな、入っていいぞ。ようこそ商業の街イベロタウンへ!」
男は気にした様子もなく未軌達を門の中へ入れた。
さっきまでの怪訝な視線もなく次の人間に質問している。
未気は街に入り門から離れると、いつの間に握っていた左手を離した。
「未軌さん。もしかして今の。」
「あぁ、疑う心を一時的に’奪った’」
「そう。」
雪はそれ以上なにを言うでもなく未軌の隣に着いた。
未軌も特に気にすることなく歩き始めた。
街の中は賑やかで、今歩いている大通りには屋台や下に布をひき商品を売っている。
しかし2人は一文無し。
何かを買えるわけでもないのでサクサク進んでいく。
周りの建物は殆どか一階建てで、偶に二階建ても見えるくらいだ。
暫くするとその中でも一際大きく4階建ての建物があり、建物には盾を中心に剣と槍が交差したデザインの大きな看板が掛けてある。
「これか」
「未軌さん。冒険者ギルドと出てるわ。」
鑑定のスキルがある雪は建物を鑑定し冒険者ギルドだとわかったらしい。
「そうだ、暫くここで金を稼ぐ」
「なるほど。」
2人はカウボーイドアを開け冒険者ギルドへと入って行く。
中はカウンターが2つあり、片方は机も置いてありご飯を食べている者がいる。
もう片方はカウンターに柵がありカウンターの内側に入れないようになっている。
未軌は柵のあるカウンターへと歩みを進める。
しかしそれを邪魔するように、未軌の後ろについて来ていた雪の右肩を大きな手が掴む。
「えっ?」
「おいネェちゃんよぉ、そんなガk」
「どうした」
未軌が振り返り雪の肩を見た途端、その腕は既に未軌の足元に転がっていた。
勿論断面からの出血はない。
「ウゲェェェェ!俺の、俺の腕がぁ!」
扉の向こうでは野太い声の悲鳴がしたが未軌は気にせずギルドを出る。
扉の向こうにはスキンヘッドで全身に見るだけで重力を感じる程の鎧を身にまとう男が転げていた。
未軌は男の前まで来ると男に手のひらを向ける。
「今直ぐ死ぬか、それとも失せるか答えろ」
「グゥッ!このガキがぁ!」
男は左手で背中に携えていたデカイ斧を取ると未軌を斬りつける。
未軌がスキルを発動しようとしたと同時に2人の間に人影が現れた。
「そこまでだッ!」
そこに現れた者は黒のマントで身を包んみ深くフードを被った格好をしていた。
マントにはマリンブルーの線が縦に幾つも駆け抜けていて、一目で特殊な素材を使っていると分かる。
(このマント野郎の動きが全く見えなかった)
未軌は動揺を顔に出さずマントを見据える。
「あ、蒼の拳師!」
男はマントに近づき泣きべそをかく。
未軌は面倒になりギルドへ入って行き、雪も続く。
「た、助けてくれぇ!俺は親切にコイツらにギルドの案内をしようとしただけなんだ!」
「・・・ガウル、最初から見ていたがこれは完全に君が悪い。何時も新人を脅して盗賊まがいの事はするなと言っているだろう?」
「チッ、見てたか」
「そして、そこの君」
マントは未軌を追いギルドへ入る。
「君、待つんだ」
「・・・」
「君の事だ!」
マントが未軌の肩を掴む。
未軌はゆっくり背後を向く。
「・・・俺の肩に触れるな」
「君が無視をするからだろう!」
「煩い、少し声を落とせ。それと俺の名前は君じゃない」
「屁理屈を言うな!君って呼ばれたくないなら名前を教えれば良いじゃないか」
「・・・お前、自分から名乗りもせず顔も隠した怪しい奴に自己紹介するのか?」
「くっ」
(くっ、じゃねぇよ。鬱陶しい)
未軌はギルドのカウンター向かう。
「まっ、待つんだ!わた、僕の名前はルーク、顔に深い傷があり見せられないんだ」
「嘘よ。『彼女』の名前はレニィ。」
「えっ、な、何で!」
マント・・・レニィの自己紹介を即座に破り未軌に伝える雪。
未軌はレニィに興味を失くしカウンターへ向かった。
「こんにちは、冒険者ギルドへようこそ!」
カウンターで未軌に挨拶をしたのは金髪のロングで、受付嬢だからなのかとても顔が整っていた。
「今日は連れと2人で登録をしたい」
「畏まりました。登録には1人大銀貨1枚ですがよろしいですか?」
「問題ない」
「!?」
雪は咄嗟に未軌を見るが、未軌は自然に制服のポケットから大銀貨を2枚出す。
「お預かりしました。では、こちらの紙に記入をお願いします。代筆は必要ですか?」
「いや、必要ない」
未軌は渡された紙に雪の分も記入していく。
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NAMEーミキ
JOBー剣士
FROMーニホン
AGEー16
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NAMEーユキ
JOBー剣士
FROMーニホン
AGEー16
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記入を終えると受付嬢が紙を受け取り、暫くすると、銅で出来たカードを貰った。
「こちらはギルドカードと呼ばれる物で、基本的は名前とギルドランク、預けているお金の金額が記載されています。
冒険者ギルドでは民間や国から出された依頼をこなし報酬を得るという仕組みなっております。
記載されているギルドランクは上から順に
SSS
SS
S
A
B
C
D
E
間であり、依頼を一定以上こなせば此方から声を掛けランクアップの試験を受けられます。
貯金に関してはカウンターで行えます。
以上で説明を終えます、質問はありますか?」
「問題ない」
未軌は早速依頼を掲示している掲示板を見にいくのだった。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
直した方が良さそうな所や、おかしい所があれば教えてもらえると助かります。