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第4章  7月(3)

いよいよ、学園の秘密が少しずつ分かってきます!

☆☆☆

 放課後の教室は、学園祭もあと半月後に迫っていることもあり、夏の暑さと準備にいそしむ生徒たちの活気で満ちている。

 若さはつらつ、眩しい季節。

 それなのに、私たち3人といえば、旧校舎探検翌日の朝のホームルームで、担任の八反田から、「紫月と波原と久遠は、3人で学園の歴史を年表にまとめて個人展示することになったので、クラスの準備については少し加減してやってくれ」なんて全員の前で言われてしまい、白い模造紙に向かって文字を書いている。

 揃いのTシャツ姿のクラスメートたちが、汗を飛ばしながらステージ発表のダンス練習をしているその横で、だ。

「ワンツースリー、ワンツースリー。そこ、ちょっとテンポ遅れてる!」

 手拍子を取っている生徒から、厳しい声が飛んでいる。

 私がしばらくは修行に参加できないと読んだ桐生までもが、ダンスの練習に加わっていたりするのはどうなんだ? もれなく仲京香も加わってるし。でも、他のクラスメイトたちに比べると、二人の踊る姿はダントツでサマになっていて、少々悔しい気持ちにもなる。

 私には関係ないけれど。

(ふーーーん、なかなかお似合いじゃん)

 私はそんな二人を横目で見ながら、再び模造紙に視線を戻した。

(……)

「でもさぁ、麻莉子。なんだってよりにもよって年表を作るなんて言ったのさ? こう、もうちょっとマシな理由は思いつかなかったのかねぇ。旧校舎の掃除をするとかなんとか、その場で終われるような簡単な理由をさ」

「小春ちゃんったら、今さらそんな事いうのはズルいよぅ。だって、旧校舎に入れるんなら、どんな手でもいいって言ってくれたのは、小春ちゃんじゃないよぅ」

「いや、確かにそうも言ったけどさ。それにしたって学園祭の準備をだよ、こんな地味な作業に費やすなんて哀しすぎるじゃん」

 友哉、そんな私たちにあきれたように声を掛けてくる。

「ほらほら二人とも、口より先に手を動かして下さいね。過ぎた事をアレコレ言ったところで何も変わらないんですから。ぼくがちゃんと下調べしてきましたから、後は蛍光線が引かれた出来事を順番に書いていけばいいだけですよ」

 学園長室での友哉といい、今の友哉と言い、最近の友哉はなかなかカッコいい。要領の良さを見ていると、さすがは学年2番の成績をとるだけのことはあると思う。友哉、プラス20点。


「持つべきものは友哉だねぇ、ホント助かるわ~」

「えーーっ、小春ちゃん、それって麻莉子、なんだか心外ぃ~~~。麻莉子は要領が悪いってことぉ~?」

 麻莉子の頬がぷーーーっと膨らむ。

「あっれー、麻莉子。もしかして、なにかそう思うような心当たりでもあるのかなぁー」

「小春ちゃんのばかぁ~~~」

 本当に麻莉子はかわいい。

「それじゃお二人とも、準備はいいですか。手を動かしながら聞いていて下さいね」


 旧校舎の学園長室で見つけたモノは、やはり日記のようだった。

 中を開いてみると、カタカナや漢字が筆でびっしりと書かれてあったり、でもそれが古い漢字だったり、古めかしい文語体の表現だったりしたため、私と麻莉子は早々に解読をあきらめ、日記を持ち帰って、学年2番の友哉にゆっくりと解読して貰うことにしたのだった。

 ここで告白すると、日記から強いエネルギーが出ている事を、私は最初から気付いていた。

 そして、これまでの不思議な事柄の元凶がこの日記にあるということも、瞬時に理解した。


(小林の謎の言葉も、生徒会長や桐生の謎の言動も、学園の秘密も大事件も、この日記から始まっている)


 日記を読まないという選択肢は、既に私にはなかった。

 この学園に来たことが、小林や桐生が言うように私の運命なのだとしたら、私は全てを知る必要がある。

 桐生との出会い、小林の透視、生徒会室での修行。運命はもう動き始めているのだ。

 未知なるものへの恐怖と不安、自分が変わってしまうのではないかという心細さ。


「小春ちゃ~ん、いつまでもぼーっとしてないで、ちゃんと書いてよぅ。麻莉子に押し付けてばっかりはダメなんだからねぇ」

「あっ。うん、なんだか暑くてさ、気が遠くなりそうになっちゃってた」

「うっそぉ~、小春ちゃんに限ってそれはないと麻莉子は思うなぁ~。だって小春ちゃんってば、誰よりも頑丈そうに見えるんだも~ん」

「はいはい、どうせ私は丈夫なだけが取り柄ですよ」

「うふふぅ、小春ちゃんったらぁ、怒ってるしぃ~」

 麻莉子に言われたところで、ちっとも憎めない。

(麻莉子、案外狙ってたりして)

「友哉、お願い」

 友哉が、読み始める。

 これから読むこの日記には、いったい何が書いてあるのだろうか。

「えーーーっと、書き出しはこんな感じです。『私は星杜学園の初代学園長である』」

 私たち3人は顔を見合わせる。

「友哉が聞いた華道部のお姉さまの話って、本当だったんだ」

「うわわぁ、本物の学園長の日記が登場だよぅ~」

「そんな雰囲気ですね」

 これまでに起こった事柄や日記自体が放つオーラから、あまり良くない事が書かれているだろうと思う私とは裏腹に、何も知らない友哉と麻莉子は興味津々でワクワクしている。

 私と一緒に日記を発見した事で、友哉と麻莉子は、運命共同体のメンバーになってしまったわけだが、この日記の内容いかんによっては、下手をすれば小林の言う大事件とやらに二人を巻き込んでしまう事もありえるだろう。


(いいんだろうか)


「あのー、友哉さ。たいした事ない部分は読み飛ばしてよ。それと、私がわかる程度に現代語での翻訳をお願いします」

 麻莉子が私の言葉を繰り返す。

「麻莉子がわかる程度におっねがいしまぁ~す」

 いつもの麻莉子の雰囲気が、私の緊張を緩和してくれるのがありがたい。

 友哉が続ける。

「わかりました。それじゃいきますよ


『自分の驕りを包み隠さず記すことぐらいで、自分の犯した罪が許されるなどとは決して思ってはいない。

しかし、現実に何が起きたのか、何を起こしたのかということを後世の人間に伝えるのは、この私の義務であろう。

 この記録がいつの時代に世に出るのか、永遠に隠されたままなのか、今の私には分からない。が、しかし、もしこれを読む人間がいるならば、これを書いた私の正気を疑うことだけはしないでくれるよう心から願うものである』


(うわぁ、いきなり重々しいよ)

「小春ちゃーん、この日記、すごい大変な事が書かれていそうだねぇ。小春ちゃんと友哉くんと麻莉子の3人で、時代を超えた歴史の生き証人になるのかなぁ~。ドキドキだよぅ」

(歴史の生き証人……)


「それにしても友哉さ、そんな難しい文章をよくぱっぱと読めるよね。尊敬するわ」

 感じたままを言葉にしただけだったのに、落ち着いていたはずの友哉が、急に人が変わったようにそわそわしだす。

「えっ? そっ、そんなこと小春さんに言われたら、ぼっ、ぼく、緊張してしまって、ちゃんと読めないかもしれません」

(何か余計な事、言ったっけ?)

 

 気を取り直して、友哉。

「ゴホン。それじゃ続けます」


『私は、星杜学園の学園長になるまでは、考古学者という肩書きを持っていた。明けても暮れても遺跡発掘にのめり込み、どれほど古代へのロマンに胸を躍らせていたことか』


「初代の学園長って、もともとは教育者ってワケじゃなかったんだ」


『ある日そんな情熱が実を結んだのか、私は、驚くべき物をこの土地で発見してしまう。

 だが今思えば、その発見も私の運命だったとしか考えられない。しかし残念ながら、その運命は、私を悪夢へと導くものであったが』


「小春ちゃん、悪夢、だってぇ」

 麻莉子の声には多少の不安が混じっている。麻莉子の直感が鋭い事は、これまで幾度となく経験してきているが、ここでも麻莉子は何かを感じたのだろうか。

 二人を巻き込みたくないならば、そろそろタイムリミットかもしれない。


(友哉、麻莉子、ごめん)


「友哉、続けて」

「はい」


『私がこの土地にやってきた理由は、今でも分からない。それは本当に、何かに導かれたとしか私には言いようがない。

 そしてある日私はこの土地で、古代の遺跡に出会ってしまうことになる。それを発見した時の興奮を、いったいどう表現したらいいのか、その喜びを表現する術を持たない自分がもどかしい』


「えっ!! 友哉、学園長は、なにを見つけたって!?」

「凄い遺跡とかだったんならぁ、もしかすると何かの文献とかに学園長の名前が載ってたりするかもねぇ~」

 緊張感が増してくる。

「小春さん、そんな急かさないで下さいよ。えーっとですね、続けてこう書いてあります。『私が掘りあてた物は、文字や絵記号のようなものが刻みつけられた石板だった』」

(石板?)

「セキバンって、石の板のことでしょ。紙のなかった時代の人が、自分たちの記録とかを石の板に刻みつけて残したんだよね?」

「そうだと思います」

「それっていつの時代のものだったんだろ。それにしても、そんなの見つけたなんて凄すぎない!? 考古学者だったら鼻血が出るほど嬉しかっただろうし、学園長がこの石板を発見した事について、どこかに記録が残ってるって事もあるんじゃない?」


「『石板を掘り当てた私は、嬉しさのあまり……』」

 友哉が続きを読み始めるが、石板の内容を一秒でも早く知りたくて、ついつい横槍を入れてしまう。

「あー友哉、もう、いい、いい! たいして重要じゃない部分は読まなくてもいいって、さっき言ったじゃん。さっさと石板に刻まれた内容を教えて! 友哉だって、どこが重要かくらいは分かるでしょ」

 思わず発してしまった私の強い口調に、二人がびっくりする。

「ちょっとぉ~、小春ちゃん、今の発言なにぃ~? 友哉くんが一生懸命読んでくれてるのに、そういう言い方ってひどくないぃ~?」


(しまった!)


 慌てて取り繕う。

「あっ、ごめん、ごめーん。友哉、気を悪くしないでー。そんなつもりじゃなくて、こうなんていうの? 先が知りたくて知りたくて、つい気が逸っちゃったって言うかさぁ」

 二人、少し安心したようだ。

「そうなんだぁ~、小春ちゃんったら子どもみたいだねぇ~。時間はた~っぷりあるんだから、そんなに焦らなくても大丈夫。ねぇ、友哉くぅ~ん」

「はい、時間はたくさんありますよ」

 子どもみたいなんて、麻莉子にだけは言われたくなかったが、私の焦燥感の理由を知らない二人だったので、とりあえずは誤魔化せたようだ。


「それじゃ友哉、続けて」

 私の言葉に、友哉は再び真剣な表情で文字を追い始める。

「はい、えっと、ちょっと待って下さい」

 友哉が黙読している時間は、年表作成に戻ろうかと思ったものの、友哉の言葉で、またすぐに中断。

「小春さん、なんだか不思議な事が書いてありますよ……。んん。どうやら、この土地のある一箇所でだけ、その石板の文字が解読できたようですね。でも、それもほんの一時期だけだったみたいで、ある時からは読めなくなったとも書かれています」

「ふぅん? なんかよく分かんないけど……で、石板にはなんて?」

「はい。えーーーーっと、最初の方には、地球が持つエネルギーについて刻まれていたようです。その言葉が日記に書いてありますから、ちょっと読みますね」


『 地球はいにしえより己の持つエネルギーを、地球上に生きるありとあらゆるモノたちに与え続け、それらが反映し滅びてゆくのを見守ってきた。

 緩やかに地球を巡るその力は、あちらこちらで湧き上がって地上に楽園を作ったが、それらもすべては地球の恩恵といえよう』


「友哉くぅん、麻莉子にはあんまりよく意味がわからないなぁ~」


(流脈や龍穴の話に似ている?)


「友哉、それから?」

「待って下さいね。えーーーーーっと」

 先を読み進める友哉の表情には、みるみるうちに真剣味が増していく。

 友哉の口から言葉が漏れる。

「そんな事が……いや、まさか……。でも、それ以外は考えようがないけど……」

 これまで見たことのないような友哉の強張った表情は、その内容の凄さを想像させるのに十分で、そんな友哉の様子を見ていた麻莉子にも、期待と緊張が交錯しているように見えた。

「小春ちゃん。友哉くんのあの表情から察するにぃ、日記には、とんでもない事が書かれてるみたいだよねぇ~。小春ちゃんと友哉くんと麻莉子の人で、時代を超えて初代学園長の秘密を暴く時が、いよいよ間近に迫ってきちゃったのかもぉ~」

 あまり良くない内容だろうと漠然と感じてはいても、具体的な内容が分からないので、正直言うと、私にも多少興味本位な部分があった事は否めない。

「いい、麻莉子。この日記は最後まで3人で読むんだからね」

「うん、3人一緒だよねぇ~」

 私がいろいろな事を隠しているのを知らずに答える麻莉子の言葉が、少々私の胸を刺す。


 その間にも、友哉にはますますの変化が出ていた。

「あれぇ、小春ちゃん、見てよぅ。友哉くんったらいっぱい汗かいてるよぅ~」

 見ると、確かに友哉の額には汗がびっしりと浮かんでいる。そして、次に友哉が発した驚くべき言葉は、私達の想像のはるか斜め上をいくものだった。

「ぼくが解読する限りですけど……どうやら初代学園長は、解読した石板から知識を得て、現在で言うところの《クローン人間》の生成実験に取り組んでいたみたいですね」

「えっ、クローン人間っ!?」

「うっそぉぉ~~~~~~~~!!!」

「えと、少し戻って読みますね。ここは学園長の言葉になります」


『石板には、100年に一度地球に近付くアステール星の事が書いてあった。

 また、そのアステール星が地球に近付く年には、地球の持つエネルギーが増幅されて、特別な土地に龍底が現れるとも記録されていた。

 奇しくもその石板を見つけた年というのが、アステール星が地球に近付く100年に一度の年であり、石板を見つけた場所が、龍底が現れる特別な土地であることも、私は石板から知った。

 ただし、私には龍底が何なのかは分からなかったし、たとえ龍底が現れていたとしても、それと判断できるような知識も経験値も私は持ち合わせていなかった。

 考えられるとすれば、私の力などでは到底解読できるはずもない石板を、定められたあの場所において、あの時間にだけ解読できたという事実こそが、龍底の偉大なる力の現れだったのかもしれない。

 その他にも石板には、龍底が現れる特別な土地に、星型に配置した建物を建てると、その建築物内には地球のエネルギーが絶えることなく流れ込むようになって力が一層強まり、よい影響力をもたらすとも記録されており、私はこのエネルギーに満ちた特別な土地に建物を作ることを決心した』


(りゅ、龍底!?)

 その単語に反応した私の脳裏には、龍脈や龍穴の話が一気に蘇ってくる。あれは、確か早水坂の言葉だったか。


『この《龍底》に関してだけは、残念ながら詳しくは分らない。分っているのは《100年後に開放される偉大なる力》ということだけだ』


《100年に一度の周期で地球にアステール星が近付く時、その影響を受けて地球のエネルギーが増幅され、特別な土地に龍底が現れる》という石板の記録。

 これまでに起きた事が、少しずつリンクしていくような予感にとらわれる。


「あれぇ、友哉くぅん。なんでクローン人間の話が、アスなんとか星の話になっちゃったのぅ? それに、リュウテイって何? 麻莉子ね、あっちこっち話が飛んで、こんがらがっちゃっうよぉ」

「麻莉子、龍底ってさ、風水でいうところの龍脈や龍穴に関連する言葉だと思うんだよね」

「リュウミャクにリュウケツ? 麻莉子、ちんぷんかんぷん~~~」

「麻莉子ちゃん、ごめんなさい。それについては後でゆっくり説明します。クローン人間の話は、もう少し先なので聞いていて下さいね。」

「はぁい」

 気が急いている私にとって、物わかりのいい麻莉子はありがたい。

「と、友哉。読んで! 早く、先を読んで!」

 私の剣幕に圧倒され、友哉がまた日記に目を戻す。


『ここに建てる建物は、ひとまず学校にしようと決め、最終的には星型に配置されるよう校舎を建て増していくことにした。星杜学園という学校名は、アステール星や星型の配置などから星の字をとったものだ。

 それから、ものの数年もたたないうちに星杜学園は、たくさんの生徒が集まる学校となっていくが、人といえども地球に生きる生物である以上、地球からもたらされるエネルギーの強い場所や建物に惹きつけられる事は決して不思議ではないだろう』


「ねぇ友哉、とりあえず、ここまでの事を簡単に言うとさ。初代学園長は、たまたまこの土地で石板を発見して、たまたま石板の解読ができてしまって、たまたまその石板の内容に従ってこの土地に星型に配置した星杜学園を建てたってこと?」

「はい、それで正解と思います。そして学園長にとって重要だったのは、特別な土地に特別な配置の建物を建てることによって、増幅された強い力の満ちる場所を作りたかったということでしょうね。ある目的のために」

「そっかぁ、麻莉子、わかっちゃったぁ。その目的っていうのが、さっき出てきたクローン人間生成の実験の事なんだねぇ~」

「そういうことです」

(なんで、そういう事になるんだ?)

「小春ちゃん、なんでそういう事になるんだ?って顔してるけどねぇ。これまでの流れからすると、この結果に至るのはそう難しくないと思うんだけどぉ」

 どうやらまた顔に出ていたらしい。自分の洞察力の低さを露呈したようでちょっと哀しくなる。


「学園長は、石板の一部とそれに該当する解読内容について、とりあえず発表を試みたようですね。ですが、世間からはてんで相手にされず、かなりたたかれたと、この日記には書いてあります。ところが、この事は学園長には幸いだったようで、こうも書いてあります」


『学会も世間も、この偉大なる発見を誰も信じようとしないばかりか、この私を権威や名声にとりつかれて石板を捏造した考古学者の風上にもおけない人間とあざ笑った。

 しかし私は世間でのこの反応を大いに喜んだ。

 今の科学ではとうてい理解できない事柄が、どれほどこの石板に刻まれているのかを誰も知らないのだ。

 石板の知識をもってすれば、私は神にも等しい存在になれるではないか。この偉大なる知識を私一人が所有しているという喜びを、誰にも理解して貰えない事だけは、非常に残念ではあったが』


「偉大なる知識って、地球の持つエネルギーの話とか、クローン人間生成の話?」

「先を読まないとわかりませんが、この書き方だと、その他にももっといろいろな事が石板には刻まれていたんじゃないでしょうか」

 ここで私達3人は黙り込んでしまう。

 仮に、全てを事実と受け入れるとしよう。石板を見つけた事も、石板の内容を解読できた事も、そこにクローン人間の生成方法を始めとする未知の知識が書かれていた事も事実と受け入れるとして。

(その石板にそれらを刻んだのは、いったい誰なんだ?)

 誰にも答えられるはずがない。


 気がつくと、いつの間にか教室には私達3人だけになっていた。

「と、とにかくさ。先を読もうよ」

 私には、まだ学園の秘密とやらは何も繋がらないままで、パズルのピースはバラバラなのだ。

「そうですね」

 沈黙したままでいる麻莉子が、なんとなく私の不安感をあおる。


『私は考古学者であって科学者ではなく、残念ながら石板の内容を理解できない事も多々あった。

 ところがある日、そんな私の元に一人の男が訪ねてくる。そして私は、その男から石板の話を是非とも聞かせてほしいと懇願される事になる。

 その男が、自分を科学者だと自己紹介した事もあって、結局のところ私は石板の内容をその男に明かしてしまうのだが、そこからの人生は私にとって大変に充実した、学者として幸せな時期となった。

 だがそれは、一方では悪夢でもあったわけなのだが』


「ってことは、その科学者っていう男が現れなければ、クローン人間の実験はできなかったってこと?」

「そうなんでしょうね。続けますよ」


『その男は、私の話す石板の内容を聞いている途中からどんどんと興奮していき、話し終えた私にこんな事まで言ったのだ。

《この出会いは我々の運命である。石板に記されている内容が真実である事を必ずや我々の手で証明し、今度こそ世間をあっと言わせようじゃないか。そうして我々は、この世界の神たる資格を手中にするのだ》と。

その男は、石板に記されている内容を、私よりもずっと深く理解できたのだと思う。彼の科学者としての知識 が、石板に記されていた内容にすっかり取り付かれてしまったようだった。

 他にも多くの事が記されてはいたのだが、彼はこの部分にのみ多大なる執着をみせ、この時から、私達の生殖によらない人間造りの実験が始まることになる』


(クローン人間……)

 麻莉子も私も、友哉の口から語られる日記の内容に聞き入ることしか出来ずにいた。


『それからの彼は、私が一人では理解し得なかった箇所についても次々と解き明かしをして私に聞かせてくれた。

 そして私達は、石板の内容に従って、ある生物に手を加える実験を繰り返し、まずは《何にでも変化できる細胞》を取り出す事に成功するわけだが、その偉大なる意味を理解できるのが私達二人だけという事実にどれほど興奮したことか』


(何にでも変化できる細胞……iPS細胞……?)

 最近になってようやく一般的にも認知されるようになってきた《人工多能性幹細胞》。

 様々な細胞に変化できる能力を持った《万能細胞》とも言われる細胞が、何十年も前の日本で、しかも、この星杜学園の建物内で研究されていたというのか。

(まさか、本当にそんなことが)


『私達二人はそれから何十年にも渡って、生殖によらないで人間を創るという実験に取り組み続けた。取り出した特別なその細胞を用いては、来る日も来る日も実験を続ける日々が続いた。

 私が、昼は学園長の顔、夜は偉大なる科学者の助手という二つの顔を持ち続けた年月でもあった。

 石板の記録を信じるならば、理論的には成功してもよさそうなものだったが、最初から失敗の連続でまったくうまくいかなかった。しかし、自分達の手で人間を創り出せる日が来ることを信じて疑わなかった私達にとっては、それさえも楽しい積み重ねでしかなかった。

 私達は知っていたのだ。大なる一つの成功の陰にある、膨大な失敗の数々を』」


 友哉が大きく息を吸い込んだ。


『一言断っておくが、私はこの日記には、私達の実験についての記録を残すつもりはない。

 私達がとりくんだあの実験は、この時代に、たった二人の人間によって為されてよい実験ではなかったのだ。それは少し考えれば誰にでも容易に分かることだった。

 人間が、生殖によらずして人間を創るという、神をも恐れぬ領域にたやすく踏み入って良いはずがないのだ。

 しかも私達は積み重ねられてきた知識の上に試みていたわけではなく、石板からの横滑りの知識を試していただけでしかないのだ。科学者として人として、許されないのは明白であろう。

 いつか人類が、自分達の歩みの中でこの知識に到達する日が来るのならば、それはそれで良いのかもしれない。だがこの知識を、このまま後世に残すことは、人類に必ずや歪みを生じさせることになるだろう。今ならば、神への反逆と言っても過言ではないとさえ私には思える。

 長く迷っていた私ではあったが、ようやくと自分の心を定め、私達がこれまで費やしてきた実験の膨大な記録を全て燃やすことを決める。

 だが哀しいかな、私は、私の考古学者としての夢の部分については、どうしても捨てる事ができなかった。私には、石板を砕いてただの石くれにしてしまう事など、できるはずもなかったのだ。

 たとえ内容がこの時代にそぐわなくとも、私が発見したあの石板が、人類の宝であることにはなんの疑いもない。

 いつか時満ちる日に再び地上に現れる事を願いつつ、私はその石板だけは再び大地に戻すことに決めた』


「学園長って、マッドサイエンティストの仲間入りをしたと思いながら聞いてたんだけど、最後は常識人に戻ったんだね」

「そのようですね」


『ところが、私が二人の実験記録を燃やした事から、大変な騒動が起きる。

 私の何百倍、何千倍も人間を創り出すということに執着していた彼の怒りは、私の予想を超えてはるかにすさまじかった。彼は根っからの科学者だったのだ。

 彼は私を裏切り者、腰抜けとさんざんに罵り、私に大怪我まで負わせて、翌日には姿を消してしまっていた。それからの彼の行方は私にはわからない。

 実験記録を燃やして後世に残さないという私の判断は正しかったと思っているが、実験道具の処分を後回しにしたことは失敗だった。なんと彼は、姿を消す際に、実験段階の様々な道具や器具をすっかり持ち去ってしまったのだ』


「えっ? じゃその中には実験中の細胞とかもあったんだ?」

「そういうことなんでしょうね」

「それって、もしかするとサイアクどこかで……」

 麻莉子がようやく口を開く。

「でも、ここの土地で、ここの建物内で、増幅させた地球のエネルギーを取り入れないとうまくいかない実験なんじゃないのぅ?」

 麻莉子らしからぬ、いや、麻莉子らしいというべきか、なかなか鋭い意見だ。

「麻莉子ちゃんはいつもながらいいところをつきますね。日記の内容からするとそういうことになるとは思いますが」

 それなら、少しは安心できる。


 だいぶはしょって読んできた日記も、いよいよ終わりが近付いている。

「友哉、それで日記の締めくくりは?」


『ここからは私のたんなる想像にすぎない。だが、これから書くことを伝えたいがために、この日記を書き始めたという事を心に留めてほしい。

 私は恐れている。彼は、その実験をどこかで必ずや成功させたのではないだろうかと』


「それってクローン人間が、すでに存在しているってこと!?」


『成功させていたとしても、それがどんな姿形をしているものなのか、私には分かるはずもない。人間と同じように生活できるものなのか、長く生きられるものなのか、病気になりやすいものなのか、どんな成長過程を示すのかも私にはまったく分からない』


 友哉が目を閉じる。


『でも私には、彼の言った言葉がどうしても忘れられないのだ。

《生殖によらずして人を造りだせるようになる時、それは新しい時代の到来であり、そこで私は神となるであろう》

 彼の言う意味を理解できるだろうか。彼が神として生きるという意味が』


(神になる?)


『人間を創るなどという大それた望みに、ひと時でも目が眩んでしまった為、私は大変な間違いを犯してしまった。

 どこで間違ったのかなどと今更考えても仕方ないことであろう。

 だがどうしても、彼の狂った野望が終わっていないのではないか、この先へも続いていくのではないか、そんな不安を私の中からぬぐいされない。

 彼の野望が消滅しているならばそれはそれで良い。しかし彼の意思がもしもなんらかの形で生き続けているならば、大変な事が起きる前にどうかそれを止めて欲しい。私には、大変な事が起きるような気がしてならない』

『おしまいにあたり、私達が最後まで理解できなかった石板の言葉をここに記そうと思う。

 私達の実験に関わる文章のようにも思えるが、何を指し示しているのか、本当の意味は最後まで分からなかった。


約束の星が近づき、深きに眠れる力は覚醒する

互いに呼び合うものが無となりし時、大いなるもの発露せり

そが目覚めしより、生は生に、死は死へと返り

新たる100年の時を刻み始むるなり


 この日記を手にする者の上に、地球に生きとし生ける者に与えられた偉大なる力が、恵まれて注がるるよう願うものなり。


早水坂源一郎 記す』


(はやみ……ざか?)


 そして麻莉子も。

「はやみざか……げんいちろう……」

 夏の暑さと、人の熱気がこもる教室内には私達3人だけ。

 しばらくは誰も声を発することができず、時だけが過ぎていく。

(学園長室に残されていたあの肖像画。もしかして……似てやしないか)

「これって単なる偶然なんでしょうか。それとも、初代学園長と生徒会長の早水坂さんには何か繋がりがあるんでしょうか」

 友哉の疑問に、麻莉子も私も答えられるわけもなく、私たちは日記の内容と記録者の名前から受けた衝撃に、ただ呆けることしかできなかった。

 自分達の理解を超えた話の内容に、それを噛み砕いて飲み込むことができない。


(石板とか、地球エネルギーとか、iPS細胞とか、クローン人間の実験とか、早水坂とか)


 友哉が日記をパタンと閉じると、私たちを現実に引き戻してくれる。

「すっかり遅くなっちゃいましたね。小春さんに麻莉子ちゃん、今日はもう後片付けをして帰りましょう。寮が校舎直結って助かりますよね」

 そう言って、書きかけだった模造紙やマジックを片付け始める。

 そんな友哉につられて、麻莉子と私もようやくと腰を上げたが、全身によどむ倦怠感でどうにも身体が重い。

 好奇心で読んだ日記の内容は、あまりにも重いものだった。

 しかも、この日記をただの絵空事と笑い飛ばすには、信憑性がありすぎやしないだろうか。

 

 私は、二人が私ほどにはこの日記の内容が重大だと感じないようにと願いつつ、この事はとりあえず頭の隅においやって、しばらくは学園祭の準備に集中しようと提案した。

 思うところはそれぞれ胸の内にはあるだろうものの、二人とも賛成してくれたので、それからしばらくの間は日記については触れないこととなる。


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