第4章 7月(2)
小春と麻莉子と友哉の、おもしろ会話がそろそろ始まります。
桐生の容赦ない指導は、修行というよりは既にしごきの域に入っていて、もともと低かった桐生に対する好感度も、この頃では、ますます低下してきている。
波原小春、もう心身ともにぼろぼろの疲労困憊。
桐生の求める状態にまで、ちゃんと力をコントロールできるようになるのか、一抹の不安を覚える今日この頃ではある。
そんな毎日の中にあって、麻莉子と友哉の3人で過ごす至福のお弁当タイムは、私にとっての最高の癒しといっても過言ではない。
今日は、友哉のお弁当デーだ。
友哉のお弁当は、いつの間にか大きな容器に3人分まとめておかずを詰めるというピクニック様式に変わっている。私たちは取り皿に少しずつおかずを取り分けながら、おいしいお弁当と、楽しい会話を楽しんでいた。
「それでねぇ、友哉くんは、すっかり華道部のお姉さまたちに可愛がられることになっちゃってぇ~」
「いえ、ぼくは、そんなつもりは全然なかったんですけど」
「でも、なんとなくわかるな。友哉は神経が繊細だし、気遣いの人だからね。その華道部のお姉さまたちとやらも喜んだんじゃない?」
「そうそう~、友哉くんったらすっかり人気者になっちゃってぇ、華道部に行くと、あっちのお姉さまからも、こっちのお姉さまからも、『友哉くん』『友哉くん』ってたいへんなんだよぅ~」
この辺りでいったん、おにぎりに手を伸ばす。今日の主食はおにぎりバージョン、シンプルな塩むすびである。
簡単に塩むすびなんて言うけれど、塩むすびには、最高の技術が問われるところであり、友哉の塩むすびについて言えば、シャリの色・ツヤ、そして握り具合、ともに程よい感じで、振った塩加減がこれまた絶妙、文句なく一流の塩むすびといえよう。
さすがは友哉。
「友哉、マジでおいしいっ、このおにぎり!」
「えっ、そうですか。ぼっ、ぼく、小春さんに誉めてもらえるのが世界で一番嬉しいです」
「うわぁ~、友哉くん、よかったねぇ~」
「友哉さ、今度は華道部のお姉さまたちにも食べさせてあげたらいいんじゃない? 凄い喜ばれちゃったりして、ますますモテるよ~」
ほんの軽い気持ちで言っただけなのに、友哉に上目使いで睨まれる。
(んん?)
「小春さんっ!」
「はっ、はいっ?」
友哉、なにやら口調が強い。
「ぼっ、ぼくはですね、小春さん。小春さんに誉めて貰えればそれで十分であって、他の人に誉めて貰いたいわけではないんですっ!」
「あ、そうなの?」
「そうなんです!」
なんで友哉がこんなに興奮しているのか、今ひとつ私には分からない。
「小春さん、ひとつお尋ねしますけども」
「はい、なんでしょう」
「小春さんは、たくさんの人にモテたいと思いますか? たくさんの人にモテるのってそんなに嬉しいですか?」
「いやあ、そりゃね、友哉。正直、モテないよりはモテた方がいいとは思うよ。まぁもっともこれまでにモテた試しはないけどね」
その瞬間、友哉、ばーんと立ち上がる。
「小春さんっ。あなたの考えは間違ってますっ!」
私の顔を指差しての、いきなりの全否定。
「小春さんっ! 大勢の人からモテなくたっていいんです。そんな必要なんて全然ないんですよっ!」
「と、友哉、そうなの?」
「そうですっ。少し考えれば分かるじゃありませんか。世界中でたった一人の自分の大切な人にモテれば、それ以上、小春さんは誰からモテたいっていうんですか?」
「うーーん、まぁ確かに、そう言われてみればそうかもしれないけどさ」
「ですから、ぼくは、小春さんにお弁当を誉めて貰えたら十分に幸せであって、ぼっ、ぼくは、こっ、こっ、小春さんの事が」
友哉が熱く力説している途中だった。
麻莉子が友哉の袖口をつんつんと引っ張りながら、下向き加減で顔を左右に振っている。
そして、それを見た友哉、耳からしゅしゅしゅうと空気がぬけていくような感じで一気にヒートダウンしていった。
「友哉くぅん、今日のところはここまでにしておこうよぅ。大丈夫だよ、麻莉子には、友哉くんの気持ち、よぉ~く分ってるからねぇ」
「ま、麻莉子……ちゃん……」
友哉、なぜに涙声?
麻莉子は友哉の頭を撫でながら、なぜだか慰めている。
「難攻不落の小春ちゃん相手に、よく頑張ったと思うよぅ。偉い、偉い」
(難攻不落ってどういうこと?)
「麻莉子ちゃん。ぼく、今日のところはここで撤退する事にします」
「友哉くぅん、有能な大将っていうのはぁ、引き際を間違えないから有能なんだよぅ。だから友哉くんは有能な大将だぁ~」
麻莉子に、他人を誉める才能があるとは知らなかった。友哉、いつのまにか清清しい表情になっている。
そのまま私たち3人は、ぱくぱくとお弁当を食べ続けた。
「さて、では小春ちゃ~ん。ここからは趣向を変えましてぇ、友哉くんが華道部のお姉さまから聞いたという面白い話を披露する事にいたしまぁす」
(面白い話?)
「えっ、麻莉子、なにそれ? どんな話?」
麻莉子のペースに、まんまと乗せられたような気がしないでもない。
「うふふふふぅ」
麻莉子の目がキラキラと輝き出す。
「友哉くぅん、どうぞぉ!」
友哉の話しによると、話してくれたそのお姉さまの家系は、星杜学園出身の先祖や親戚やらが大勢いて、そういう関係で学園の逸話が代々語り継がれてきているらしい。
いくつかの逸話を聞いた中で、友哉が特に興味深かったという話が。
「えっ!?」
「初代学園長の書いた秘密の日記!?」
「小春ちゃん~、しかもねぇ、その頃の学園内には、学園長が夜な夜な怪しげな実験をしているっていう噂が流れてたらしくてぇ~」
「怪しげな実験!?」
あまりに面白そうな展開に、あんぐり開けた口の中から、から揚げがポロリ。
「そっ、それは、つまり、その日記には、初代学園長の良からぬ秘密が書き記されているってこと!?」
「はい、お姉さまも、その怪しげな実験について書かれてるだろうって言ってました」
おぉ、なんてドラスチックな展開!
「で、友哉。その日記、今は、どこにあるって?」
「ぼくが聞いたところでは、現在閉鎖されてる旧校舎のどこかに、いまだ隠されたままだとかなんとか」
「友哉、でかしたっ! この波原小春、誉めてつかわす!」
友哉、頬をぽっと赤らめる。
なぜに?
そうして、私と麻莉子は顔を見合わせてニンマリと笑う。
「麻莉子ぉ」
「うん、小春ちゃ~ん」
そんな私たちを見た友哉は、不穏な空気でも感じたのだろう。先に予防線を張ってくる。
「言っときますけど、ぼくは、これ以上は何も聞いてませんからね」
「ん~~~~、別にそんな事は、誰も言ってないんだけどな~、友哉クン」
友哉の疑惑の眼差しが、やけに心地いい。
「えっ、そ、それじゃ、まさか二人は……」
「うふふぅ。麻莉子ねぇ~、そのまさかはきっと合ってると思うんだよねぇ~」
愕然とする友哉。
そんな友哉の顔へ、びしっと指を差すと、私は宣言する。
「ミッション! 初代学園長の秘密を暴くべく、その日記を手に入れんがため我ら3人組、閉鎖されし旧校舎へと突入する!」
「えぇーーーーっ……」
友哉、半泣き、麻莉子は拍手喝采。
☆☆☆
旧校舎探検の日程は意外なほど早く訪れることになった。麻莉子が、学園の歴史を年表にして学園祭に展示発表するので、参考のために旧校舎内を見学したいと担任に許可を申請したところ、一発OKが出たのだそうだ。そんなもんで本当にOKが出るのかどうかは疑問の残るところではあるが、旧校舎内に入れるのであればなにも問題はない。
そして今、私たち3人は、旧校舎の中にいる。
時間は、すでに放課後。
(なんだろう)
すでに全身からは汗が吹き出し、息苦しくて呼吸するのさえもひどく辛い。おまけに目の前もだんだん白く霞んでくるし、これはかなりヤバイ状況なんじゃないかと思われる。
他の二人も、似たような症状を起こしているようだし……。
「って、麻莉子!」
とうとう我慢がならず、私はマスクを外して麻莉子に詰め寄る。
閉鎖されているというのに、外から聞こえるセミの声がうっとおしいくらいだ。
「制服の衣替えもとっくに済んだっていうのに、なんで夏のこのくそ暑い時期に、長袖長ズボンのジャージに、軍手、マスク、目には水中メガネ、おまけに頭には安全ヘルメット! なんでこんな完全装備をする必要があるわけっ!? このままいったら、呼吸困難か脱水症状を起こして、3人のうち誰かが死ぬよ!?」
友哉もマスク越しのくぐもった声で麻莉子に訴える。
「麻莉子ちゃん、ぼくもうそろそろ死にます。お願いですから助けて下さい……」
後半部分の声は、消え入りそうでほとんど聞き取れない。不憫な友哉。
「そんな事言って二人で麻莉子を責めるけどねぇ、麻莉子だって、死にそうなんだよぅ。でもねぇ、これが旧校舎に入るための条件の一つなんだもん、しょうがないじゃないよぅ~」
麻莉子が懸命に言い訳をする。
「麻莉子、今なんて言った? 条件の一つって?」
「うん、そうだよぅ。条件のうちの一つなのぉ」
友哉もマスクを外したので、さっきよりは明瞭な発音で話す。
「麻莉子ちゃん、旧校舎に入れたのって条件付きだったんですね」
「あ、でも大丈夫だよぉ。条件はたった二つだけだし、残る一つは二人には関係ないからねぇ~」
「え? 麻莉子、それって、どういう意味?」
ここは、きちんと確認しておくべきだろう。
麻莉子のことだ。とんでもないジョーカーを隠し持っていることは十分に考えらえる。
「あ、うん。あのねぇ、旧校舎に入る許可は出たんだけどね、その代わりに、このデジカメで決められた場所を撮影するようにって言われてるのぉ。でも、それは責任もって麻莉子が写すから、二人に迷惑は掛けないよぅ~」
(なるほどね)
『担任をまるめ込んで旧校舎に入る許可を貰った』というわけではなく、逆に私たちの方が『学園側に良いように使われた』という方が真実に近いのかもしれない。
旧校舎に入りたい生徒は、黙っていても毎年出てくるんだろう、私たちのように。
学園側は、そういう生徒たちを使って旧校舎内を撮影させることで、継続的に旧校舎の老朽化チェックをしているのかもしれない。大人は、わざわざこんな場所へなんて、入りたくないだろうし。
それゆえ旧校舎に入る生徒たちへの安全対策として、ジャージやその他グッズの装着が義務化されている、といったところか。
「まぁ、麻莉子のやることだからな」
「え? 小春ちゃん、何か言ったぁ?」
「ううん、何も」
実際、こうして旧校舎に足を踏み入れることができたわけだし、良しとするか。
閉鎖されている旧校舎の空気は、差し込む日差しで熱く澱んでいる上に、ひどくほこりっぽく、木造校舎なので床は歩くたびにギシギシミシミシとイヤな音が鳴る。
気のせいかもしれなけれど、頭上からも何かが剥がれてパラパラと降ってくるような気がする。
そして、外から流れ込んでくる、うっとおしいほどのセミの声。
(これはワクワクものだよ)
「安全面から言えば、手軽に装備ができて、このスタイルがベストってことなんだろうね」
「確かに、それが妥当な考え方ですね、この場合」
私たちの心の内を知ってか知らずか、麻莉子。
「それじゃあ3人の気持ちも、めでたくヒトツにまとまりましたのでぇ、十分に水分補給しながら日記探索の冒険にレッツゴーだよぅ~」
そんな麻莉子の掛け声とともに、暑さで倒れそうになりながらも、私たち3人は改めて学園長室を探し始めた。
とは言っても、直線廊下の3階建の校舎なので、部屋を探すくらいワケはない。
1階から順番に2階3階と見ていった私たちは、3階廊下一番奥で学園長室を発見する。木製のドアの上に、煤けて読みにくくはなっているものの、『学園長室』と墨で書かれたプレートが取り付けられている。
「ここみたいだよぅ」
「3階の一番奥から探していれば、すぐに見つけられたね」
こうして私たちは、呼吸困難と脱水症状の一歩手前、大汗をかきながら、ようやくと目的の場所にたどりついたのだった。
学園長室の木製ドアは開き戸で、ドアノブは、真ちゅう製の、古い日本映画で見かけるような、丸いにぎりの下に鍵穴のあるタイプだった。私は、ほこりで真っ白になっているドアノブを軍手をはめた手で回してみたが、当然ながら鍵がかかっていて回らない。
「やっぱり開かないかー」
私の言った言葉に、即座に麻莉子が反応する。
「小春ちゃ~ん、こんな時こそ友哉くんの出番でしょお~」
「あー、このテの鍵はですね、ほとんどあっても無いようなもんなんですよ。任せて下さい、大丈夫です」
友哉もそんな返事をしている。
(任せろって?)
「ほぉらね、友哉くぅん、やっぱり麻莉子が言った通りでしょ~。小春ちゃん、ちんぷんかんぷんな顔してるよぅ~。麻莉子ねぇ、小春ちゃんはぜーったいに覚えてないだろうなぁって思ったんだぁ~」
友哉の回りで気温が10度くらい下がったような。
「つまり、そうですか。そういうことですか。小春さんは何の興味もないって事なんですね」
いったい何の話をしているんだろうか。
「あの~、えーーーーっと……?」
とまどう私に、友哉の呪詛の言葉が返ってきた。
「どうせ、どうせ、どうせ、小春さんはぼくになんて、これっぽっちも興味なんてないんですよね……。いいんです、そんな事、ぼくだって薄々は分かっているんです。でっ、でも、例えそうだとしても、それでもぼくは小春さんが、小春さんのことが……」
友哉が一人でぶつぶつ言っている。
「麻莉子~、友哉、いったい何言ってるの?」
「あーぁ。小春ちゃんがここまでニブちんだとぉ、さすがに麻莉子も何て言ったらいいのか分からないよぅ~」
(なんだ、それ?)
「とにかくねぇ、友哉くんは鍵屋さんの息子だからぁ、カギ開けなんて朝飯前ってことなのぉ」
「鍵屋の息子?」
「ぼっ、ぼく、クラスで最初の自己紹介の時にそう言いましたし、小春さんと始めてお弁当食べた日にも、そう言ったはずですけど」
「あれっ、そうだっけ~。ごめん、ごめん」
気まずい沈黙。
はたして私が悪いのだろうか?
「とにかく、まずは友哉にカギを開けて貰って、中に入ることにしようよ。それじゃ友哉、よろしく頼むね~。応援するから頑張って」
「はっ、はいっ。小春さんに応援して貰えたら、ぼく、巨大貸し金庫のカギだって開けられるような気がします」
どうやら私には、たいそうな威力があるらしい。友哉、ピンを1本取り出すと鍵穴に差込み、先ほどの言葉に違わず、ものの数秒で鍵を開けた。そばで見ていて、素直に感動してしまう。
「これはスゴイわ。友哉にこんな特技があるとは知らなかった」
「でも鍵開けが得意だなんて、あまりいいイメージありませんからね。こんなこと、誰にでもは言えませんよ。言えるのは、心許した友人とか、ぼくの事をわかって欲しい相手くらいです。ぼくの事をわかって欲しい相手っていうのはですね……」
ここで麻莉子、友哉の言葉をさえぎる。
「友哉くぅん。今はさぁ、ヘルメットに、水中めがねに、マスクだよぅ? 多少、時と場所と格好くらいは選んだほうが、麻莉子は良いと思うんだけどなぁぁ~」
「あっ、ハイ。そうですよね」
(???)
とにかく、二人の話がおさまったのを確かめてから声をかける。
「それじゃ開けるよ」
ギィィーーーーーーーーーーーーーーーッ。
蝶番のさび付いた音が耳に響く。学園長室内は、ひどくほこりが溜まっているものの、それほど荒れた感じはしない。大きな木製のデスク、応接セット、壁一面にはめこまれた木製の本棚、白髪頭の男性の肖像画が壁にポツンと取り残されている。変わったものも特はに見当たらない。
本棚の中もほぼ空っぽだったし、机の引き出しを開けてみても、使いかけの鉛筆や、紙ゴミのようなもの、あとは綿ぼこりだらけだ。
「特別に探すようなところもないね。初代学園長の日記なんて、あればとっくに発見されてるか、もともと最初からなかったかもしれないし」
私がそう言った時だった。麻莉子の声とかぶる。
「あった! 隠しひきだし!」
(隠しひきだし?)
隠し扉ならまだ聞くけれど、隠しひきだしとは。
「小春ちゃん、友哉くん、こっちこっち。ここ見てよぅ」
机の引き出しを開けながら中を確認していた麻莉子が、一番上の引き出しの、その上側部分にさらに小さな引き出しがあるのを指し示す。
どうやら引き出しをただ開けただけでは、分からないような造りになっていた。
「あっ、中にまた引き出しとは、これはかなり怪しいですね」
「でもぉ、やっぱり鍵が掛かっているのか、開かないの。友哉くん、ちょっとみてぇ」
麻莉子と友哉は居場所を入れ替わり、今度は友哉が熱心に覗きこんでいる。
「これも単純な鍵のようですよ。でも、鍵ではありませんね。どこかを押せばパチンとバネが開くような単純なしくみだとは思うんですが」
友哉、とても男らしい真剣な表情で取り組んでいる、と思う。残念ながら、水中メガネとマスクで顔は見えないが。
「ありました、きっとこれです」
隠し引き出しが、とうとう開けられるようになった。
「ねぇ、麻莉子。ここに日記帳が本当に残ってたりしたら、どうする?」
「どうしよう、小春ちゃん。麻莉子、なんだかドキドキしてきちゃったよぅ~」
「でさ、とんでもない事が書いてあったりしたらどうする? 殺人事件とか」
「えぇ~~~~っ、初代学園長は殺人鬼なのぉ? 小春ちゃんったら、そんな怖い事、言わ
ないでよぅ」
「それか、財宝の隠し場所が書いてあったりとか」
「それなら、また3人で財宝を求めて、探検だよぅ~」
「それじゃもしもさ、日記とかじゃなくて、魔法のランプみたいなものだったらどうする?」
「ランプの精が出てきたりとかしてぇ~。きゃぁ~~~、小春ちゃーーーーん」
「もしかするとさ……」
しばらく黙っていた友哉だったが、しびれを切らしたのか話しかける。
「あのぅ、まずは引き出し開けませんか?」
麻莉子と私、とりあえずはクダラナイ妄想を終了させ、ゴクリと喉を鳴らす。
ここまではワクワク気分で来たものの、正直言うと私は、ただ3人で楽しくプチ探検が出来れば良かっただけで、初代学園長の日記が見つかるなんて思っちゃいなかった。それよりも、日記自体だって、存在するかどうかなんて半信半疑だったし、たぶん麻莉子もそうだったんじゃないかと思う。
だいいち、もしも発見したりして、読んじゃいけない事が書いてあったりしたらどうするよ?
「友哉」
「なんですか」
「あのー、引き出し開けないでさ、このまま帰るってのはどうかな?」
「うん、麻莉子もねぇ、なんだかだんだんとこのまま帰りたくなってきちゃったなぁ~」
友哉、なぜだかこういう時にはきっぱりしている。
「二人ともここまで来ておきながら、今さら何を言ってるんですか。中に何が入ってるかなんてまだ分からないんですよ。空っぽかもしれませんしね」
(旧校舎に入るのを一番イヤがってたのは、友哉じゃなかったっけ?)
友哉、なんのためらいもなく、その引き出しを手前に引く。
(あぁ、友哉、なんでそんな大胆な)
かつ慎重に、奥の方からそうっとひっぱり出す友哉。
(何十年ぶりかでこの引き出しは、机の外へ出るんだろうな)
そして、とうとう友哉が隠し引き出しをすっかり取り出して机の上に置いた。
私たち3人の目(水中めがね越しではあるけれど)が、机の上に置かれた引き出しの内部に集中する。
そして私たちは見てしまった。なにやら分厚い日記帳のようなものが、そこに存在しているのを。
(イヤな感じがする)