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第2章  5月(2)

どんどんいきますよ~♪

 しょっぱなから早朝当番は当たらないだろうとふんでいたのに、第1週目に自分が組み込まれているのを知った時にはめまいがした。これって運がいいというべきか、悪いというべきか。


 というワケで、眠い目をこすって、朝も早い7時半過ぎから、私は実習棟に通って来ている。

 一週間の朝の掃除当番も、今日が最終日。一週間はわりと早く過ぎ、あとはまた次の掃除当番まではゆっくり寝ていられるのが嬉しい

 今朝は、私以外4人ので2・3階の廊下を、私は1人で1階の廊下を掃除している。

 大きめの黄色い化学モップで、廊下の端から端まで往復するのが楽しい事と言ったら!

「今日も滑りがいいでーす」

 誰もいないのをいい事に、独り言の連発。

「掃除でテンションを上げられる波原小春、最強だーーーー」

 誰かが見ていたら絶対に変な人だと思われただろう。

「この波原小春がモップかけをする以上、廊下にゴミひとつだって残さん。いざぁー!!」

 だだだーーーーーーっ。

 どどどーーーーーーっ。

 廊下の距離は意外とあるから、朝からいい運動にもなる。今日が最後だと思うと、気分もますますノッてくる。

「一曲歌う? 歌っとく?」

 

 その時だった。

「波原さん」

 誰もいないと思っていた朝の廊下でふいに声を掛けられ、私は硬直する。

「……だよね?」

(今の、見られてた?)

 振り向いた私の視線の先には、始めてみる男子生徒が立っていた。

 上靴のラインの色を見て2年生だとは分かったのだけれど。

「あなた、誰ですか?」

 相手の素性を確かめるのが先決だとは思うけれど、同じ学園の先輩に向かって最初に発する言葉として、今の言葉が適切だったかどうかはやや疑問が残るところではある。

「ごめん、ごめん。そんなうさんくさそうな顔して見ないでよ」

 またもや顔に出ていたらしい。

(ポーカーフェイスの練習、必須)

 見た感じ、身長は172~3cmくらいで、太っているわけでも痩せているわけでもないし、顔の造作にもこれといって特徴もない。いわゆる、どこにでもいるようなタイプだ。

「君、今さ。僕の事、どこにでもいるようなタイプ、って思ったでしょ」

「!!!」

 イカン、イカン。余計な事は考えないようにしなきゃ。

「大丈夫、僕、全然怪しい者じゃないから」

「あのー。それって、怪しいセールスマンが最初にいう言葉と思いっきり同じなんですけど」

 二人、ややしばらくの間、視線の交錯。その後、男子生徒はいきなり笑い始める。

「あっはははははははははっ」

(なに、この人?)

「いやー、僕もたいがい怪しく見えるかもしれないけれど、君だって十分におかしな人だよね」


 その時の私は、モップを持ち上げて刀のように構えていたのだ。自分の身は自分で守るのが世の鉄則。ただしこのえせ刀の先は、大きな楕円形の化学モップではある。

「まずは波原さんさ、そのモップ、下ろしてくれないかなぁ。落ち着いて話もできないよ」

 そう言われて、私はとりあえずモップを床に下ろしはしたが、決して警戒心をといたワケじゃない。というのも、波原小春、自慢じゃないが、これまでに知らない男性から声を掛けられた経験はほぼゼロに近く、こういう場合の対処方法など皆目わからないからだ。


「まずは簡単に自己紹介からしようかな。ぼくの名前は小林隼人。星杜学園の2年で、占い研究会に所属しています。よろしく」

(占い研究会?)

 怪しい。

(占い研究会っていうのが、これまたうさんくさくないか?)

「で。君は、波原さんでいいのかな?」

「……ハイ」

 相手が名乗った手前、とりあえず返事くらいはしておく。

「突然声をかけて驚かせたのは悪かったけど、波原さんにどうしても話したいことがあってね。でも他の人には、二人でいるところを見られたくなくて、波原さんが一人でいる機会を探していたんだよ。今は時間もないしさ、できれば放課後にでも占研の部室の方に来て貰えないかな」

「センケン?」

「あぁごめん、ごめん。占い研究会、通称『占研』ね」

「はぁ」

 占研、まぁ落語研究会でいうところの落研みたいな感じってことね。


 廊下の向こう側に人の姿がちらほら目につき始めると、小林と名乗った先輩は

「それじゃ波原さん、またね。絶対に僕の話は聞いておいた方がいいよ。占研は、部室棟の3階、ずらっと並ぶ部屋の一番奥になるから、行けばすぐに分かると思うよ。放課後、そこで待っている」

 そう言ってその場を立ち去ろうとするので、私は慌てて背中に向かって声をかけた。

「あのっ! あの、私、行くとも行かないともまだ答えてませんけど」

「だからね、波原さん。君は来た方が良いんだってば」

 小林という生徒は、きちんと説明もせずに自分の言いたい事だけ言うタイプの人間らしい。決して友達にはなりたくないタイプだ。

 そして最後の一言はこう。

「あ、それとね。もし近々生徒会室に行く用事があるんなら、その前に僕の話を聞いておく方が波原さんのためだよ」

 そんな意味ありげな捨てゼリフを残して、小林は足早に行ってしまったのだった。


☆☆☆

 それからの半日は、私はほとんど上の空で過ごしていたようだ。授業中も友哉のお弁当を食べている間も、心ここにあらずという感じで、ただ桐生に言われた一言だけは耳に残っている。桐生は『波原。間違うなよ』と一言だけ私に告げた。桐生にこの言葉を言われたのは、確か二度目のはずで、相変わらず桐生も理由をちゃんと話さない。

 わけのわからない事柄がどんどん蓄積されて、私のストレスもどんどん溜まるばかりなり。


 その日の放課後になると、私は小林が待つと言った占研の部室を探して、部室棟の階段を上がっていた。ほとんど使われていない部室棟奥側の階段なので、他に生徒の影は見当たらない。

 ちなみに、ここの棟には1階に運動会系の部室、2・3階に文科系の部室が並んでいる。部室棟を3階まで上がるのは始めてだったが、生徒たちの声や、吹奏楽部の音色やら合唱部の歌声やらが廊下に漏れてきていて、活気にあふれた、楽しそうな雰囲気に満ちていた。

 3階まで上がって踊り場から廊下に出ると、小林が言った通り、一番端の教室の扉に『占い研究会』というプレートが掛けられているのが目に入る。


「ここ、だよね」

 一瞬ためらったものの、引き戸になっている木製扉を少しだけ開けて、扉の隙間から中の様子をさぐりつつ、声を掛ける。

「ごめんください」

 部室を訪ねていって、ごめんくださいっていうのもどうかと思うが、言ってしまったものはしょうがない。 占い研究会という響きから想像されるような、薄暗くて怪しい感じはいっさいしない普通の部室だったので、私はいくぶん気抜けしてしまった。そう広くはない部室には誰もいない。

「なぁんだ。せっかく来たのに誰もいないじゃん」

 私は多少緊張していたらしい。肩から力が抜けていくのがわかった。

 が、その時、後ろから誰かに肩をポンとたたかれて、思わず飛び上がる。

「ひっ!?」

 後ろを振り向くと。

「小林……先輩」

 訪ねてきた本人が立っていた。

「あっ、また驚かせちゃったみたいだね。ごめん、ごめん。教室に忘れ物を取りに戻ってたんだ」

「いえ、あの、こっちこそ勝手に中を覗いたりしてスミマセン。一応声は掛けたんですけど」

 小林が先に部室内に入って行くので、私も続く。中に入って改めて部室内を見回してみたけれど、やっぱり普通の教室と同じだった。

「そんなに変わった雰囲気でもないんですね」

「あぁ、ここかい? そうだね、占いをするんじゃなくて、占いの研究をしているだけだ

しね」

「占いの研究、ですか?」

「そう、研究。あ、適当にその辺のイスに座っていいよ」

「ハイ」

 私は部屋の中央を占めている長テーブルにセッティングされたイスに座る。

「そんな一番端に座らなくても。もっとこっちにおいでよ」

 でも、あの。

 若い男女が狭い部室内に二人きりというシチュエーションってのは、まずくはないでしょうか?


「占いっていっても、古今東西いろいろなものがあるからね。波原さんは占いは好きかい?」

「雑誌とかによく出ている星占いとか血液型占いなんかは、読んだりしますけど」

 小林もイスに腰を掛ける。

「僕なんかが占いの事を話し始めるとね、歴史から紐解いていくから時間がどれだけあっても足りないくらいなんだけどね」

「はぁ」

「波原さんが占いに興味があったら、それこそ占いの話だけで今日は終わるところだったなぁ」

 どう反応していいのか分からない。

「他の部員さんはまだ来ないんですか?」

「今日はね、占研活動日じゃないから……誰も来ないよ」

 小林の目がキラリと光ったような気がして、思わず私はイスごと後ろに下がる。

「なぁんてね。波原さんは反応がいいから、ホントからかい甲斐があるよ」

(なんだ、この人?)

「話しがあるって言われたので、ここに来たんですけど、からかわれるだけなら、私これで失礼します」

 小林は、そんな私に向かって座り直すように手で促して、話しを続ける。

「波原さん、さっき占研では占いの研究をしてるだけだって言ったけど、僕ね、多少占いもできたりするんだよ」

「そう、なんですか」

「だから、もし波原さんさえよければ、波原さんを占ってみたいんだけど、どうかなぁ」

 なぜそういう流れになるんだろう。

「ですから私は、話があるって言われたからこうして来たんであって、占ってもらうために来たわけじゃありません」

「大丈夫、大丈夫。そんなに時間はかからないし、友達との話のネタにでもするつもりで軽い気持ちでさ。それにね、僕、波原さんのために、おいしいお菓子と飲み物も用意したんだよ」

 

 結局、私はおいしいお菓子と飲み物につられて、占ってもらうことになる。自分のありあまる食欲が恨めしい。

 占ってもらうために、私はテーブルをはさんで小林と向かい合うように座り直す。

「別に波原さんには何もしないから、気楽にしてていいよ」

(何かされたら訴えますけど)

 そして小林はどこから持ってきたのか、取り出した黒い物体を、目の前にポンと置いた。

「あのぅ、これは」

「あぁ、うん、気にしないで。これは僕が占う時の集中グッズなんだ」

 占う時のグッズというと、普通は水晶玉とかタロットカードとか、あとは手相を見るときの虫眼鏡とか、そんなイメージしか私には浮かばなかったのだけれど、どう見てもその黒い物体はぬいぐるみにしか見えない。

「ぬいぐるみ、ですよね」

「そう、黒猫のぬいぐるみだよ。これは特注でね。昔から黒猫には魔力があると言われてるんだけど、波原さんは聞いたことはないかな?」

「聞いたことはありますけれど」

「だろう?」

 でも、その黒猫のぬいぐるみは、太ってて不恰好で全体的にアンバランス、とてもユーモラスな姿をしていた。占いグッズとはいうけれど、どう見ても魔力があるようには見えず、見ているとその不細工さに思わず微笑みがもれる、というか。

「この黒猫の名前は『大福』というんだよ」

「……」

(そのネーミングセンスはいかがなもんなんでしょう)

 小林は、黒猫のぬいぐるみに両手を添えてじっと見つめながら、集中力をどんどんと高めていくようだった。

 それから顔を上げて、私の顔を睨むように凝視し始める。私を、というよりは、私を見ながらも、もっとどこか遠いところを見つめているような感じ、というべきか。

 10秒、20秒、30秒。小林の表情がどんどん険しくなっていく。


(どういう類の占いなんだろう)


「波原さん」

 そして突然名前を呼ばれる。

「うーーーん、困ったなぁ。波原さんは、僕に無理やり占われるハメになっちゃったけど、結果については聞かないっていう選択肢も、ありにしようかなぁ」

(自分から占うって言い出しながら、その意味深な発言はダメでしょう?)

「小林先輩、占いの結果って出たんですか。っていうか、いったい私の何を占ったんですか」

「なんていうのかなぁ。今日、僕が波原さんに話そうとしていた事に関連して、透視を少々ね」

「透視? 占いじゃなくて透視をしたんですか?」

「透視をすることで、未来を占うっていうか」

「よくわかりませんけど……」

 占いの結果は聞いた方がいいんだろうか。

「聞いていくかい」

「聞いた方がいいんなら聞かせて下さい」

 小林が顔を曇らせる。

「うーーーーん、どうなのかなぁ」

「そんな、どうなのかなぁって言われても」

「波原さんってさ、意思は強い方? 運命を信じるタイプ?」

「時と場合によりますけど、意思は強い方じゃないかと思います。運命があるとしても、自分で自分の進む道は決めたいです」

 小林は、黒猫のぬいぐるみにいったん目を落として何やら考え込んでいるようだった。それから顔を上げると、小林は私の目をじっと覗き込む。

「波原さん、君ってさ。普通の人にはない力を持っているでしょう?」

「えっ!?」

「でも、まだ自分では上手にコントロールができないようだ」

 黒猫のぬいぐるみに目を戻した小林は、次々と言葉を発していく。

「そうか。君がこの学園に入学してきたのは、運命というわけか」

「そして君のまわりには、誰か……君の力を知っている人間がいるようだ」

と、そこで小林は黒猫のぬいぐるみから両手を離す。

「波原さんは、入学してからいろいろと不思議なことを体験してきてるんじゃない?」

「……」

 今、ここでうかつな返事をする事は避けなければならない。それくらいの事は、私にだって分かる。

「僕の言葉を波原さんがどう受け止めるかは自由だけど、このままだと君は、君の持つその力ゆえに、これからこの学園内で起こる出来事に巻き込まれていくことになるだろうね」

「学園で起こる出来事?」

「それは残念ながら、僕にも今はまだはっきりとは見えないんだ。でも、これだけは言っておこうかな。その出来事に巻き込まれてしまったら、君がどんなに抗ったとしても、もうその運命から逃れることはできないよ。そして、君はたくさんの辛い経験をしなければならない」

「たくさんの、辛い、経験?」

 私の頭はショートしてしまって、思考が停止する。

「1年生が入ってきてから、学園の中で波動みたいなものが強くなったように感じていたんだけど、波原さん、君が原因だったんだって、今日、確信する事ができたよ」

(私が原因?)

「僕が言った事を君がどう捉えようとそれは構わないし、今日の事を口外する気も僕にはない。でも、もし何かあって君の身動きがとれなくなった時には、ここに僕がいることを思い出すといいよ」

(身動きがとれなくなるって)

「でね。今日、僕が波原さんに話したかったのはね、生徒会の人間には気を許さないようにって事なんだ。先だっての占いでそういう導きを得たんだけど、その理由についても、今日君と話してみて分ったような気がする」

「私には何がなんだか全然わかりませんけど」

 それ以外、私には言う言葉が見つからない。

「そうだよね。いきなりこんなこと言われてもね。悪かったね」

 小林は、黒猫大福のぬいぐるみを片付け始めた。

「波原さん、時々ここへ遊びにきてくるといいよ。少しずついろんな話をしていければい

いと思う」


☆☆☆

 それからの1週間はどうやって過ごしたのか、私の記憶の中にはあまりない。

 占研へ出向いた翌日の土日は学園内の図書館の隅で一人ひっそりと過ごし、月曜日からは朝起きて学校へ行って友哉のお弁当を食べて寮に戻る、そんないつも通りの生活を繰り返していたと思う。本当にこの期間には、例え宇宙人の襲来があったのだとしても、記憶の中にはないのだ。


 占研へ始めて尋ねていった金曜日から、ちょうど一週間たった同じ金曜日の放課後。私は再び占研に足を運んでいた。

 木製の引き戸をおずおずと開けて、私は声を掛ける。

 占研の部室では、小林が、あの黒猫のぬいぐるみを前にして何やら不思議なことをしているところだった。


「あの……こんにちは」

 小林は、顔をこちらに向けずに返事をする。

「波原さんかい。よく来てくれたね、しばらくその辺に適当に座ってて」

 私は遠慮がちに部室内に入って、今日は自分から小林近くのイスに座る。

「どうして私だって分ったんですか」

「そんなの、声を聞けばわかるよ」

 そうか。そう言われてみれば、それほど不思議な事でもなかった。

 

 その後も小林は、黒猫のぬいぐるみに両手を添えたまま、来た時と同じ格好で、微動だにせずそれを見つめ続けている。私はといえば、そんな小林の邪魔をするのも悪いと思い、そんな小林と黒猫のぬいぐるみを観察することぐらいしかできない。

 それにしても。身じろぎもせずに座っている小林がいるだけなのに、なぜ部室内の空気がこんなに不安定なんだろう。

(占研という名称に影響されすぎているのかも)

 やがて私は酩酊感に襲われる。お酒に酔ったことはもちろんないけれど、酩酊するっていうのはこんな感覚の延長に違いない。自分が自分でなくなっていくような、何かに包み込まれていくような。

(これ以上は)

 そう思った時だった。

 ようやく小林が沈黙を破り、声を発する。と同時に、重い空気感が突然に軽く変わった。

「ごめん、ごめん。波原さん、お待たせしちゃったね」

 我に返り、2・3度目をしばたかせる。別に何も変わったことは何もない。特別なことは何も起きていない。

「あれ? 波原さん、やっぱりちょっと影響受けちゃったみたいだね。内緒なんだけど、この大福には本当に魔力があるんだから、今後は気をつけてね。なんたって特注だからね」

 そういって小林は片目をつぶってみせる。

「はぁ、気をつけます」

 小林にまたからかわれたんだろうとも思いながらも、でも今まで私を包んでいた不可思議な感覚を思い返すと、まんざらウソでもないように聞こえるところがオソロシイ。


「さて、と。波原さん、よく来てくれたね。あれからずっと君が来てくれるのを待っていたんだよ」

 小林が黒猫のぬいぐるみを片付けながら話を続ける。

「そうなんですか」

「うん。君とはもっとちゃんと話してみたいと思っていたからね。前回は僕が一方的に話しただけで終わっちゃったし。もっとも、あんな話をいきなり聞かされたら、誰だって何て答えていいか分らなくなるだろうけどね」

 

 しばしの沈黙。


「で?」

「はいっ?」

「波原さん、ぼくに聞きたいことがあって、ここに来たんでしょ」

「え、まぁそうなんですけど」

「それじゃ黙ってないで、話したら?」

 いや、さっきから私は話そうと努力はしているのだ。ただ、どこから何を聞いていいのかぐちゃぐちゃで支離滅裂で爆発しそうになってるってだけの事で。


「どうする?」

「何をですか?」

「また出直してくるかい?」

「なんでそうなるんですか」

 どれだけの葛藤を繰り返して、どれだけの覚悟を決めて、ここへ来る決心をしたことか。

「あのぅ小林先輩。これから私がする質問なんですけど、前後脈絡なく質問してもいいですか」

「構わないよ」

「同じような事を繰り返し質問することになっても怒りませんか」

「ぼくはとても気が長い方でね」

「とんちんかんな質問をしても笑いませんか」

「いやぁ、それは笑うかもしれないけれど、波原さんの質問ならどんな質問でもちゃんと誠意を持って答えるつもりだよ。それとも笑ったらダメなのかい?」

「いえ……ダメってことじゃなくて、バカにされるのはイヤだなと思って」

「波原さん。バカにされても仕方ないのは僕のほうなんだよ。普通の人は、あんな話聞いたって妄想に取り付かれて、バカな事を口走っているヤツだって思うところだろ?」

 確かにそうなのかもしれないけれど、あの時の私は、衝撃的な内容を聞かされたことで、小林の言葉を信じないわけにはいかない状況に陥ってしまったのだ。


(まずはそこからか)


「小林先輩」

「お、いよいよ質問の嵐かな」

「小林先輩は、どうして私に特別な力があるって思ったんですか」

「……あれ?」

 小林の目がいたずらっぽく光ったような気がする。

「波原さん」

「はい」

「どうして『特別な力があるって思った』っていう尋ね方にしたの?」

「え?」

「そこは『特別な力があるって分った』って聞くところじゃない?」

(バレてる)

 私は小林から視線を外したくて、下を向く。

 私程度の人間がするような下手な小細工なんて、通用しないということか。

 すぅと息を吸ってから、また小林に視線を戻す。

「ごめんなさい。まだどこまで小林先輩を信じていいのか分らないんです」

「わかるよ。そうだよね」

「どこまで小林先輩の話を信じていいのかも分らないんです」

「うん、だから質問しに来てるんでしょ」

 そうだよ、そうなんだけど、でもだからって。

「波原さん。僕はこの間も言ったけど、君の事も、学園で起きるかもしれない事件についても、口外するつもりなんて全然ないんだ。僕は、僕に見えた未来が真実なのかどうか、ただそれを見届けたいだけだからさ」

「……」

「じゃさっきの波原さんの質問に答えようか」

「はい」

「僕の占いっていうのはね、実は占いじゃなくて、透視そのものなんだよ」

「透視、ですか」

「そう。前回占った時にも、透視だってちらっと言ったんだけど、波原さんは覚えているかな」

「覚えているような、覚えていないような……」

「別に覚えている必要もないんだけど。それとね、一般的に言っても、透視研究会っていうよりは、占い研究会っていう方が、親しみやすいでしょう?」

「それは、確かに」

 小林は淡々と話を続ける。

「これは蛇足だけど、透視するって簡単に言っても、これがなかなかけっこうエネルギーを消費するんだ。透視をした後の心身の消耗度合いがとても激しいから、そうそう簡単には出来ないなんてことも、頭の隅に置いといて貰えると有難い」

 小林の集中具合を見ていると、確かに大変そうなオーラは感られる。そう、部室内の空気感さえも変えるくらいの勢いで。


「前回、波原さんを透視させて貰ったじゃない。それって学園内の波動っていうか、気の流れっていうか、そういうものを乱している原因が、本当に波原さんなのかどうかを、確かめたかったからなんだ」

「あのう。それってつまり、私が学園内の何かを乱しているという事なんでしょうか」

「あっと、これは失礼。言葉が悪かったね。乱しているんじゃなくて、影響を及ぼしているっていう方が近いな」

「……」

「僕には分かったんだよ。波原さんの身体の中を通り抜ける、普通の人にはありえない不思議な力がね。うまく表現できないんだけど、波原さんの外側からきた凄い力が波原さんの中で弾けるのを、僕は確かに感じたんだ」


(あぁ。この人は本当に分かるんだ)

 私は改めて実感する。


「僕は適当なことを話しているワケじゃないし、ましてやウソをついてるワケでもない。そして、今、波原さんに、とても興味をそそられている」

「珍しいかも、ですよね」

「ねぇ、波原さん。波原さんと僕ってさ、大きく括ると同じカテゴリーの人間になると思わないかい?」

(そう、なのか?)

 言わてみれば、不思議な力があるって意味では同じなんだろう。

「あとね、君を透視した時に、僕にはもう一つ重大なことが見えたんだけど、何か覚えているかな?」

「この学園で、近い将来大事件が起きる、ってことですよね。そして私は否応なくそこに巻き込まれていくことになって、でも、それは私の運命だって」

「そう。よく覚えていたね」

 この一週間で何度反復したことか。

「小林先輩は、その大事件は具体的に見えたんですか?」

「残念ながら、具体的には見えなかった。漠然としたイメージでしか捉えられなかった」

「私はそこでどんな役割を果たすんですか?」

 小林の顔が曇る。

「君は、他の誰にも出来ない事が課せられる。そして辛い経験も多くするだろう」

「そうですか」

「ただひとつ断っておきたいのはね。僕が透視する事って必ずしも100%正確じゃないって事さ。その時の調子とか、様々な要素がからんできて、精度は時々に応じて変化する」

「それじゃ『近い将来に学園内で起きる大事件』についても、起きない事があるって事なんですか」

「透視が100%でない以上は、そういう可能性もあるって事だよね」

「小林先輩が透視したのが、このまま進んでいく学園の未来の姿だったとしても、何かの要素が変わった場合には、その未来が変化する可能性はあるって事なんですか」

「その場合、僕は、無限にある未来のうちの一つを見たってことになるんだろうね」

(無限にある未来のうちの一つ……)

「わかりました」

 私はその場で立ち上がると、小林に向かって深々と頭を下げる。

「おやおや、波原さん。急にどうしたんだい?」

「小林先輩、お願いがあります。私を占研に入会させて下さいっ!」

 しかし、私が言い終わるか終わらないかのうちに、即効で小林の返事が返ってきた。

「ごめん、波原さん。その件についてはお断りさせて貰いたい」

「えっ? えぇーーーーーーーーーっ!?」

 なんで?

 なんで、なんで、なんで??? 

 入部したいという生徒を門前払いするなんて権利が、アナタにはあるんですか!? このせいでヤケになって、波原小春が健全な学園生活を送れなくなったとしたら、アナタにはその責任をとれるんですかっ!?


「わっ、わっ、私、今、すごい一大決心をして言ったんですけど、わかってます?」

「うん、わかってるつもりだよ」

「私、おいしいお菓子やジュースが無くたって、ちゃんと占研活動日には出るつもりでいるんですよ?」

「波原さん、そこが問題なのかい?」

と、そんな無駄なやりとりがしばらく続いたのだけれど、どうしても私の入会は認められなかった。

(こんな哀しい思いをする生徒が私の他にいるんでしょうか?)

 私が門前払いをくらわねばならなかった最大の要因は、小林いわく、自分と私の繋がりを他の人に知られたくないためだという。『他の人』が誰を意味しているのかはよく分からない。

(案外、恋人だったりとかね)


「波原さん、話しは変わるけどね、ここの土地柄のせいなのか、実はこの星杜学園内には自然界のエネルギーっていうかパワーみたいなものが、とても強く流れているんだよ。波原さんは感じた事はないかな?」

「うーーーん、あんまり気にしたことないのでよく分りません」

「高い方から低い方へ流れていく水のような清らかで澄んだエネルギーで、この学園内は満ちている」

「はぁ」

「まぁこんな話を聞かされても最初は戸惑うだけだよね。でも波原さんが神経を研ぎ澄ませるなら、絶対に感じることができるだろう」

「そんなもんですか」

「うん、騙されたと思って挑戦してみてよ。そしてね、この学園内を流れているエネルギーは、ある特定の場所でだけ乱れていることがよくあるんだ」

 小林がニヤリとする。

「と、こう言えば、いくら波原さんでもピンとくるんじゃないかな?」

(『いくら波原さんでも』っていう表現はどうかと思いますが)

「その特定の場所っていうのが、生徒会室なんですね」

「ご名答。そして、特にこれという理由もないんだけど、僕はどうしても生徒会室あたりからは良い感じを受けないんだ」

(確かにあの生徒会長がいれば、エネルギーがどうこうっていうのを別にしても、絶対に良い感じは受けないよね)

「波原さん、あそこにはきっと何かがある」

「何か、ですか」

「そう、何か。何だかわからない何か。だから、もしも生徒会の人間と接する機会がある時には、決して気を許さないようにしてほしい。気をつけてほしいんだ」

「何に気をつければ良いんですか?」

「それは、君自身が身をもって知ることになるだろう」

 説明になってるんだか、はぐらかされているんだかハッキリ分からなかったが、とにかく生徒会周辺については要注意ということだけは理解できた。

「小林先輩、ちょっとお聞きしたいんですが、その良い感じを受けない生徒会と、先輩が透視した時に見えた学園の大事件っていうのは、何か関係があるんですか?」

 小林は一呼吸おくと、目をすうっと細める。

「それを聞いて波原さん、どうするの?」

「え? だって心構えとかできるじゃないですか」

「波原さんは、僕が波原さんを透視して見た未来に向かって進んでいくのかい?」

(……?)

「僕ができるアドバイスはここまでだよ。これからは、波原さんが自分で決めて運命を選び取っていくんだ。僕は、僕の透視がどこまで正しかったのかを見届ける事に専念するよ」

(なんだ、この中途半端感)

「僕は、波原さんがどんな人間なのかとても興味があった。波原さんを透視することで、波原さん自身のことが見えればそれで良かった。ところが、透視した時におぼろげながら見えた未来は、僕の想像をはるかに超えていたので、ますます君に興味がわいた。でもね、正直言うと、波原さんがどんな運命に巻き込まれようとも、波原さんにどんな結末が訪れようとも、あんまり興味はないんだよね。僕はただ、僕の透視がどこまで正確なのかを知りたいだけだからね」

「……」

「あ、誤解しないでほしいんだけど、僕は波原さんの事は好きだから、Likeって意味でだよ。だから何か困ったことがある時には、これからもいつでも相談にのるからね」

「そう……ですか」

「僕が波原さんに声を掛けた事が良かったのか悪かったのか僕にはわからない。波原さんがここへ来たことが、正しかったのか間違っていたのかも僕にはわからない。でも、もう多分、僕たちは一歩を踏み出してしまったんだと思う。波原さんは進むしかないんだ、自分の運命に向かって」


(私はこれからどうなるんだろう?)


「それと波原さん。申し訳ないんだけど、しばらくここへは来ないで欲しい。どうしても話したいことがある時には……そうだな、これを渡しておこうかな。教室棟の階段踊り場に、専用の掲示板があるのは知っているだろう? そこの2学年用掲示板の隅にでも貼り付けておいてくれれば、僕はその日、ここで君を待つことにするよ。おいしいお茶とお菓子を用意してね」


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