終 章 12月(15)
このお話も、とうとうここまできました。長くお付き合い頂きまして、ありがとうございます。
ここから小春と桐生は……会長と藍原さんは……。
ラストまで、あと2回!
私はどれくらいの時間、大声で泣きわめいていたのだろうか。
しばらく様子を見守っていた桐生が、私の気持ちが少し落ち着いてきたところを見計らって、静かに声を掛けてくる。
「小春」
返事をする気力は、既に私には無い。
「俺が話す事を聞いてくれるか?」
「……?」
「俺は、これからもおまえと一緒に生きていきたいと思ってる」
桐生が何を話そうとしているのか、まるで見当がつかない。
「おまえは今日までよくやってくれた。龍底は、どうやらおまえの願いを聞き届けたらしい。おまえのお蔭で。今この時を境に、この時代にクローン人間が存在することはなくなるだろう。もしかすると、クローン人間がいたという過去そのものさえも、消失するかもしれない」
「そっか……それじゃ、あたしも今日ここで……」
私は、先ほどから同じ事を繰り返し考えている。
(いったいなんのために辛い思いを経験してきたんだろう……)
麻莉子の命が奪われ、友哉の精神が壊れ、鈴木さんや林さんの命もあいつに奪われた。私のせいで。
「桐生……聞かせて。クローン人間の存在がなくなるのなら、もしかすると麻莉子や友哉は……また元通り……に?」
「いや、残念ながら、それは俺にはわからない。全ては、これから明かされるだろう」
麻莉子と友哉が元通りの元気な2人に戻れるんなら、それ以上を何を求める事があるだろう。
「だがな、小春。こんな事はいいたくないが、久遠や紫月が例え元の2人に戻ろうとも、その2人の記憶の中に、小春、おまえが存在する事はない」
「……桐生に言われなくたって……分かってるよ……」
しかし、それが。
それが、どれほど残酷に響く言葉であることか。
4月に入学してから今日に至るまで、私たちは、3人でたくさんの時間を共有し、たくさんの思いを重ねてきた。共に笑い、共に泣き、2人なくして、私の星杜学園生活はありえなかった。
再び涙があふれてくる。
2人が助かるんなら、こんなに嬉しいことはない。でも、それは、私がそこで一緒に存在できない事を意味していた。
(麻莉子……! 友哉……!)
私は、どれほどにこの2人を好きだったことか。
今、この瞬間だって、どれほど大好きな存在であることか。
胸が痛くて痛くて痛くて痛くて、哀しみで張り裂けそうだ。
「本当にすまなかった。おまえを巻き込んだ事を悔んで、何度眠れない夜を送っただろう。おまえの事を……最初から知っていたのなら、俺は、俺は喜んで陣の手助けをしていただろう」
「き……りゅう……」
「だが、もうここには、お前の知っている久遠も紫月もいなくなる。おまえが生きていく場所も、もうここにはない」
「そんな事……わざわざ言われなくたって……」
涙で、視界がぼやける。
「そして……桐生家100年の願いをこの手で断ち切ろうとしているこの俺も……おまえと同じ存在なんだ」
「……桐生……」
ここまで来てしまった以上、桐生は、結局、裏切り者の烙印を押されてしまうんだろう。
(私と桐生は、ここで生きることは許されない)
「おまえはここで陣とともに消滅することになる」
「……」
私は、消滅した後でいったいどこへ行くんだろう。
龍底に願った通り、私の肉体や私の心は、龍底のエネルギーに取り込まれて、命を許される時が来るまで眠りにつくのだろうか。
桐生は、何やら逡巡しているようだったが、再び言葉を続ける。
「小春」
「……」
「これから2人で、俺たちが存在してもいい場所を探してみないか……?」
「……?」
「俺と一緒に、おまえの未来を生きていこう。クローン人間が、当たり前に幸せに生きられる世界で」
「桐生、それはいったいどういう……」
そんな場所がどこにあって、どうやったら行けるというのか。
さまざまな思いが、目まぐるしく頭の中で交錯する。
「桐生誠也! きさま、最初からこの僕を消滅させるつもりで近付いて来たんだな! この裏切り者め!! きさまに、桐生家100年の望みを断ち切る権利などないはず……!」
陣のわめく声も、どこか遠くからにしか聞こえない。
「……わからないよ、桐生。そんなこと信じられないし、信じる事ができたって、あたしには決められない」
それは本当に正直な気持ちだった。
「あたしは、クローン人間を消滅させるためにここまできたんだもん。自分がクローン人間だって分かった途端、掌を返したように自分だけは生き続けたいなんて……そんなこと言えるわけ……」
桐生の身体をずるずると滑り落ちた私は、そのまま地面に座り込む。
「確かにおまえの言うとおりだな。そうだ、おまえはそういうヤツだった……。悪かった」
桐生は、座り込んだ私に自分の右手をそっと差し出してきた。私は、そんな桐生の顔を見上げる。
これまでの桐生との事が、走馬灯のように脳裏に浮かんでは消えていく。
私は、ゆっくりと桐生の手を取ると、立ち上がった。
「おまえを巻き込んでしまった俺に、責任をとらせてくれ。もう何も言わなくていい」
「桐生……」
「小春。たったひとつの希望があれば、どんな未来にでもたどりつける」
この言葉を桐生から聞くのは、これで二度目だった。
桐生に手を引かれて、ゆっくりと早見坂と藍原さんのところへ行く。
私たちに先に声を掛けてきたのは、早見坂の方だった。
ゆっくりと、一言桐生に。
「誠也、行くのか」
「あぁ。すまない、恭一」
2人の会話の不自然な内容に、私は一瞬とまどう。
「恭一には、学園内のこれからの後始末を頼むことになる」
「大丈夫だ、この私に任せておけ。心配はいらない」
私の手を握る桐生の手に、力がこもる。
「それで恭一。藍原はどうするんだ?」
そう問われた早見坂は、藍原さんに視線を向けた。2人は穏やかな表情で頷きあうと、ニッコリとほほ笑むが、その表情はどこか寂しそうに見えた。
「ここで最後の瞬間まで琴音のそばにいようと思う。誠也が本当の事を教えてくれたから、私と琴音は、思い残すことのない時間を共に過ごすことができた」
早見坂が、藍原さんに確認する。
「琴音、本当にいいんだな?」
藍原さんがコクリと頷いた。
「と、いうわけだ」
(藍原さん……は……)
「誠也、これまで本当にありがとう。おまえには、辛い役回りをさせてしまった」
桐生と早見坂は、そこでがっちりと握手を交した。
早見坂がポツリとつぶやく。
「陣の存在が消滅した後は、残るクローン人間も順に、消滅……するんだな」
「……あぁ」
答えた桐生の声も沈痛だった。
藍原さんは、私の前に近寄ると、大きな目に涙を浮かべながら私をハグしてくれた。
「波原さん、これまでありがとう。波原さんが一人辛い思いをしてここまでがんばってくれたから、今日ここでクローン人間の存在を消滅させる事ができるのよ」
「でも……藍原さんまでも……」
「波原さん、それ以上は言わないで」
「クローン人間が存在しない事になってしまえば、会長の記憶からは藍原さんの事も……」
「しーーーっ」
藍原さんは私から身体を放すと、人差し指を私の口にあてる。
「お互い、最後までいろいろと辛かったわね」
彼女の顔も涙でぐちゃぐちゃになっていた。それでも、きれいな人は泣き顔も美しかった。
(藍原さんも……クローン人間だった……)
「波原さん。そういうわけで、私は、ここでさよならするわ。会長の……いえ、恭一さんのそばに、最後のその瞬間までいたいから」
「最後の……瞬間……」
藍原さんは、自分が消滅するその瞬間まで、早見坂と一緒にいることを選んだのだった。
「だってね、恭一さんったら、桐生君や波原さんと一緒に行けって言うくせに、泣いているんだもの。そんな人、置いていけやしないわ。そう思うでしょう?」
藍原さんは、そう言って、また泣きながら笑った。
「藍原さん……」
「波原さん、お幸せにね。前だけを向いて生きていくのが、これからのあなたの仕事よ。もちろん私だって、最後まで幸せなんだから」
泣き笑いをする藍原さんの顔は、最後までやっぱりキレイだった。
星形の光は、同じように空へ向かって伸び続けている。
桐生が言った。
「小春、目を閉じろ」
私は、ゆっくりと目を閉じた。




