終 章 12月(12)
クローン人間の陣は、どうなるのでしょうか。小春は、正しい力を使う事ができるのでしょうか。そして藍原さんの発言の真意は!?
どうぞ最後まで共に星杜学園を見守って下さい^^
すうっと大きく一つ息を吸い込もうとして、血の匂いにむせかえりそうになる。
「くっくっくっ。波原さん、いいねぇ、その鋭いまなざし。こんなぞくぞくした感覚を味わうのは始めてだよ」
一瞬、陣を哀れに思う気持ちがよぎる。
(でも……だからといって)
「あんたは、あんたは自分が望んでクローン人間として誕生したわけではないんだろうし、先行きが短い命に日々おびえながら生きることは、確かに辛かったんだろうと想像できなくはない。自分と同じ姿の人間の寿命が長い事が妬ましく、心底羨ましかったのかもしれない」
自分で選んだ『命』ではないはずだから。
「でも、仮に100歩譲って、私があんたの願いを理解できたとしても……ここまでする必要はどこにもなかった」
(鈴木さん、林さん、麻莉子……友哉)
「人の命を、自分の欲望を叶えるための道具に使ったことは決して許されない。人として決して許されないことを、あんたはしてしまった」
(落ち着け、落ち着け、落ち着くんだ、波原小春!)
「だから……あんたへの裁きは、私が今日ここでくだす!」
私と陣の間に、緊張感がどんどんと高まっていく。
「波原さん、さっきの僕の話を思い出して欲しいなぁ。僕はね、今日ここで神になるんだよ? 神たる僕に、たかだか人間の分際で裁きを下すだなんてさぁ、それはあまりにもおこがましい発言だよ」
陣は相変わらずニヤニヤとしていた。
「……あんたが神に?」
陣の言葉を聞いて、今度は私がふっと鼻で笑う。それを見た陣の片頬がピクリと引きつる。
「ふん。後で後悔する事は、最初からしない方が賢明だと思うけどね。僕を怒らせるなんて、先を見通せない頭の悪い人間のすることだよ、波原さん」
「私は頭の悪い人間で結構。頭の悪いに・ん・げ・んでね」
私の言葉は、陣の怒りに油を注いだようだった。表情が歪む。
「本当に波原さんは、何もわかっちゃいないようだね。言っておくけど、君の命を奪うことなんて、僕にとってはたやすいことなんだよね」
陣の表情から薄笑いが消えて、変わりにぞっとするような憎悪の表情が現れた。
「でも、残念ながら私の陽の力が必要なようだから、あんたにはそうすることが出来ないわけね」
小さくちっと舌打ちをするのが聞こえる。
「実際のところは、そういうことだね。まぁしょうがないよ、君は唯一の存在なんだし」
さらに高まる緊張感が、私の身体の内側で熱でも発しているかのように身体中が熱くなってくる。
「それと、もうひとつ。波原さんに伝えておかなきゃならない事があった」
「これ以上、なにを?」
「薄々は想像しているかもしれないんだけど、クローン人間って、実は僕一人きりじゃないんだよねぇ」
「――な……!?」
陣以外にもクローン人間が存在しているというその告白は、私の熱さを凍りつかせるのに十分な威力を持っていた。
「今さ、波原さんは、猛烈にクローン人間を消滅させたいって願ってるでしょ。確かに、大切な君の友達の命を弄んで殺しちゃったわけだし、僕のことを憎んでも憎みきれないのは、僕にだって分かるさ」
「う……」
「だけどね、考えてみてよ。なんの罪もない、今を善良に生きているクローン人間までも含めて、全て消滅させちゃうってのは、どうなの?」
「……」
「クスクス。笑っちゃうよね。それって、僕が今ここでしてきた事と何も変わらないんじゃない?」
(そんなはず……)
私がどう考えて良いのか分からずに頭が混乱して逡巡している時だった。
藍原さんの声が中庭に響き渡る。
「波原さんっ!!」
驚いた私は、藍原さんの方に振り返る。早見坂が、私の方に向かって走り寄ろうとする藍原さんの腕を掴んでいるのが見えた。
「波原さん、迷ってはダメよ! クローン人間は、今の時代に存在させてはいけないのっ!」
藍原さんの必死の言葉が私に突き刺さる。
「琴音!? いったいどうしたんだ、まずは落ち着け!」
早見坂が藍原さんを諌める言葉が重なる。
「善良に生きるクローン人間の存在を否定することになったとしても……それでも波原さんっ、クローン人間の存在はまだ認めてはいけないっ!」
「琴音、止めるんだ! それ以上、何も言うな!!」
早見坂が妙に慌てているようで、違和感を感じる。
(会長?)
「この学園を守るために、波原さんはたくさん辛い経験をしてきたのでしょう? あなたには果たすべき義務があると言った久遠さんの言葉を思い出して!」
「琴音、頼むから、もう何も言わないでくれ。頼む、琴音!」
早見坂が藍原さんにすがるように叫ぶその言葉が。
「正しい力で大いなるものを発露させるの! その時に、波原さんの願いが正しければ、必ず聞き届けられるから。それができるのは、ここにはあなたしかいないのよ!」
「藍原さん……?」
「信じて、これまでのことを! 救って、この星杜学園を!」
陣が藍原さんの見すえていた。
「ふぅん。何も知らないっていうのは、何でも言えるってことなんだねぇ。キレイな顔して、勇ましいことだ。今日は、勇ましい女の子を見るのはこれで二人目だよ」
(まさか藍原さんまでも?)
「陣! 藍原さんには何もするなっ!!」
私は反射的に叫んでいた。
陣が不思議そうな表情で私を見る。
「なんで僕がそんな事を? 波原さんに頼まれなくたって、ぼくは藍原さんには何もしやしないよ?」
早見坂や陣の言動に、私の中で何かがひっかかる。桐生は、冷たい表情を崩していない。
(なんだろう?)
「さて、と。波原さん。ここらあたりで君の力を発動してくれないかなぁ。そろそろ桐生との修行の成果を見せてくれない?」
(なんでこいつのいいなりになんか)
「彼女たちの死を無駄にしないようにしなきゃね」
「――っっっ!!」
「波原さんのせいで、死ぬハメになっちゃったんだよ?」
「まだ……ここにきて、まだ言うか」
「でもさ、久遠さんの最後は、ちょっと僕の想定外だったんだよねぇ。もっと怯えて泣き叫んでくれた方が、波原さんの怒り度合いも増したと思うんだけど」
陣がクスクスと笑う。
必死に抑えていた感情も、もはやここまでだった。
「麻莉子ォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
空に向かって、私は麻莉子の名前を叫んだ。怒りの感情でのみ込まれそうになる自分自身を、私は始めて知った。
私の中でどす黒い感情がどんどんと膨れ吹きあがり、このまま負の感情のままに身を委ねて、陣にぶつけてしまいたくなる。外に出ようと暴れもがいている。
(思い出さない。今は思い出しちゃいけない、自分を無にしなければ……)
3人で過ごした日々を、ここで思い出したりなんかしたら、私はもう自分の気持ちをコントロールすることなんてできないだろう。
目を閉じる。
(イチ、ニィ、サン、シ、ゴ)
「いいねぇ~、伝わってくるよ、波原さんの感情が。さぁもっと、もっと。波原さんの力は、こんなもんじゃないよねぇ?」
(ロク、シチ、ハチ、キュウ)
「うん、いいよ、いい。どんどんきてる!」
陣の表情が、嬉しそうに紅潮し、その瞳も不気味に重く光っている。
「さぁ、もういいかな」
陣が、すぅっと精神を集中し始める。
「波原さん。それじゃ見ててね。ここからは僕が、君と同じ大きさの陰の力を発動させていくよ」
言うが早いか、陰の力が辺りに立ち上ってくるのが私にも感じられる。
「陽の力と陰の力が拮抗する時、出現する龍底よ。われら桐生家の100年来の望みを、今ここに!!」
陣が、陰のエネルギーを増幅させている。
増幅させるに従って、中庭で激しく渦巻いていた気が、どんどんと静まっていく。
陽と陰の気が凄い勢いで拮抗していく。
(正しい力で大いなるものを発露させる――)
麻莉子の願い、麻莉子が自分の命をかけてまで私に伝えてくれた事。
(麻莉子、友哉――私の永遠の友達)




