終 章 12月(11)
4月に星杜学園に進学し、12月の今日に至るまで、小春たちとともに過ごしてきた、たった一人のあなたへ。
ここからは、小春とクローン人間との直接対決が始まります。この先、麻莉子と友哉はどうなってしまうのでしょうか。はたして小春は、正しい力で、正しい結末を導くことができるのでしょうか。
最後まで、一緒に怒って、一緒に泣いて頂けますか?
陣以外、私も、早見坂も藍原さんも桐生も言葉を発しない。
(そうだ、桐生)
ここで桐生の存在が、私の中に昇ってくる。私は、桐生を振り返って問いだたす。必然的に声が荒ぶる。
「桐生ね、あんた、何とか言いなさいよ! これまでの事はどう説明するつもりなわけ!?」
私がその時に見た桐生は……薄く笑っていた。いつにもまして冷酷な表情で。
「俺は、俺の役割をきっちり果たしてきただけだが」
(――! こいつも絶対に許さない!!)
「あんたは、最初から会長も私も騙すつもりでいたってこと?」
「まぁ騙すつもりはなかったんだが、多少隠し事をしてた事にはなるのかな」
かつて修業をしてきた時に見ていた桐生と、今、目の前にいる私が始めて見る桐生と、いったいどちらが本当の桐生なんだろうか。
「なんで、なんで私に修行をさせたの!?」
「何度も言ってきただろう。おまえの力が必要だったからだよ」
「それって、クローン人間に永遠の命を与えるために!?」
桐生が目を細めた。
「ほぅ。おまえにしては、珍しく読みが早いじゃないか」
(じゃあ、じゃあ、星杜を救うためだと思って頑張ってきた、これまでの修行は……)
頭に血がかーっと上ってくる。
「ふざけんなーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
なんのために、鈴木さんや林さん、そして麻莉子までが死ななければならなかったのか。
なんのために、今、友哉は地面を這いずりまわって、咆哮をあげているのか。
怒りで全身の血が沸騰しそうになる。怒りで全身がぶるぶる震えてくる。
と、そんな私を見て、陣が嬉しそうに叫ぶ。
「いいよ、いいよ、波原さん。どんどん怒って、どんどん憎んで、どんどん恨んでよ。君の負の感情が強ければ強い程、龍底の力も増すんだからさ」
(今、な……んて?)
「龍底の力が増すと……どうなる……?」
「教えてほしいかい? そうだなぁ、君には聞く資格があることだし、教えてあげてもいいかな」
(聞く資格?)
陣は、私に種明かしができる事を楽しんでいるようだった。
「波原さんさぁ、なんで自分に特別な力があるのか、これまで不思議に思ったことはないかい? 自分の中に、そこにいる桐生と同じくらい、いや、もっと凄い力があるって事は、どう思う?」
「……」
そんな事、これまで考えてみたこともなかった。物心ついた頃から、私にはこの力が備わっていたから。
「あんまり考えた事がないって顔してるね。それじゃあね、波原さん。君のお母さんは、桐生家の血を受け継ぐ人間だよって言ったら?」
「!?」
「波原さんのお母さんは、君におじいさんの話をしてくれた事はないのかい? 波原さんのおじいさんにあたる人はね、ある日突然、桐生家と縁を切って飛び出して行った人なんだ」
そう言われれば、私にはあまり祖父の記憶がない。母と折り合いが悪かったように聞かされてはいたけれど、もしも陣の話が本当ならば、裏に何か事情があって、母はあえて私に隠していたということなのか。
「つまりは、おまえも大きなくくりで言えば、桐生の人間ってことだな」
桐生が口をはさんでくる。私は、思わず桐生を睨みつけた。
「あんた、今の話、知ってたわけ? 桐生の人間じゃないと秘密は教えられないとか、婚約するとか、全部わかっててそんな事を!?」
「ふっ。なかなかシャレた演出だったろう?」
(私は……バカだ!!!)
陣が続ける。
「君のおじいさんはね、桐生の中で陽の力を操れる唯一の人間だったんだよ。その後も桐生家に陰の力を操れる人間は続いたんだけどね、残念ながら陽の力を操ることのできる人間はいなくなってしまった。そしてその力は波原さんのお母さんに宿り、君にも継がれる事となる」
(お母さんにも……?)
そういえば、私の母は、私の力の事を不思議がりもしなければ、疎みもしなかった。それは、同じ力を持っていたからなのか。
「話しを龍底に戻すけど、簡単にいうと、龍底の力って、そこに居る人間の一番強い望みを叶える力のことなのさ」
(それじゃあ……私が強く望めば麻莉子を生き返らせる事ができる? 友哉を元に戻す事も、林さんや鈴木さんの命も?)
「いい、波原さん。ちょっと考えれば理解できるだろうけど、桐生家100年来の望みに勝る願いを持つ人間が、はたしてこの場に存在すると思うかい?」
「桐生家の……望み」
「その桐生家の家系図には、間違いなく波原さんも入っている」
「あたしは……ちが……う」
否定する私の言葉は弱々しい。
「そして龍底は、我が桐生家100年の願いを聞き届けて、今日、ここで僕に永遠の命を与えてくれるんだ! これこそが、あの日波原さんを透視した時に僕がみた結末だよ!」
陣は高らかに宣言した。
(あの日……小林と名乗った陣の見た未来が、今ここで現実になろうとしている……?)
だめだ、だめだ、だめだ、そんな事はさせちゃいけない。
決して許されない望みなんだ。
「もう少しだけ分かりやすく説明するとね、永遠の命っていうのは、大地の持つエネルギーと、僕のエネルギーを一体化させること。大地のエネルギーは、地球が破滅しない限りは無尽蔵でしょ。地球の気を操れる波原さんだったら、十分実感して貰えるとは思うんだけど」
「大地のエネルギー……」
「そのエネルギーを繋ぐパイプが太くて丈夫な方がいいのは、誰が考えても分かる事さ。そして、そのパイプを繋いで開くために、僕には龍底の力が必要ってわけ」
陣の表情は、熱にでも浮かされたように激しく上気している。
「『互いに呼び合うものが無となりし時、大いなるもの発露せり』、互いに呼び合うものとは、陰の力と陽の力! 陰の力と陽の力がぶつかり合い、互いに打ち消しあって無となる時に、大いなるもの――すなわち龍底は現れる!」
陣はとうとうと話を続ける。
「だから、波原さんには、どんどん怒って、憎んで、恨んでほしいわけ。人間の感情の中で、負の感情ほど強いエネルギーを発するものはないからね。波原さんの感情が強くなればなるほど、大地から吸い上げる陽の力も強くなる。そしてその力を無にするために、僕は同じ強さの陰の力を発動させる」
(そうか。陽のエネルギーが増せば増すほど、龍底の力が増すんだ)
そして次の桐生の言葉を聞いて、私は決定的なダメージを受けることとなる。
「ここに、おまえが陽の力を蓄積させてきた石がある。これで陽の力も倍増だな」
桐生は、いつのまにかその石を手に持っていた。
私が、修業中にエネルギーを蓄え続けてきたあの石が。
ある日、生徒会室から紛失してしまって、行方のわからなかったあの石が。
「――やっぱり。桐生のしわざだったんだ」
石を盗んだのは桐生じゃないと最後まで信じたかった私の淡い望みも、粉々に打ち砕かれた。
「本来、持ち出したりしたくはなかったんだ。疑われたり勘ぐられたりするのが得策じゃないのは明白だしな。ところがおまえのエネルギーが予想外に強かったのが誤算だったよ。俺が思っていたよりもずっと早い時期に、石への蓄積量が飽和状態に達してしまって、あのまま蓄積を続けていけば、石が砕け散ってしまうことになりかねなかった。それじゃもとのもくあみだろう? それでやむを得ず、緊急処置ということで一時的に俺が預かった」
(私の修行は、こんなことのために……)
辛かった日々を思い出す。でもそれも、大好きな星杜学園を守るためと言い聞かせて、私は耐え忍んできたのだ。
それなのに、その辛さは、単にクローン人間の望みをかなえるためのものだったなんて。
爆発しそうな怒りを抑えようとして、頭が痛くなる。頭が吹っ飛びそうになる。目の前にチカチカと星が飛ぶ。
「林さんや鈴木さんの命を奪って……麻莉子の命をあんなふうに奪って、友哉の神経をズタズタにして……」
私はふらりと立ち上がった。
(麻莉子、怒っちゃダメなんだよね。冷静でいないといけないんだよね)
「それもこれも、自分の望みを叶えるために強い力が必要だからだなんて……」
(10まで数えるんだよね、麻莉子)
イチ、ニィ、サン、シ、ゴ、……
「あんたがクローン人間かどうかなんて、今となってはどうでもいい。倫理観がどうとか、時代にそぐわないとか、そんな事は私にとっては関係ない」
(麻莉子、私を守って)
「私の友人たちを、そして私の大切な麻莉子と友哉を、こんなふうにしたあんたを私は許さない。絶対に許すことはできない」
(友哉、私に力を)
「陣、私は断言する。今日ここで、あんたに永遠の命が与えられる事は絶対にない。桐生家とあんたの望みが叶う事は、絶対にありえない」