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終 章  12月(9)

ここまで長くお付き合い下さったみなさま。

小春や、麻莉子、友哉を愛して下さっているみなさま。

一緒に泣いて貰えますか?(笑

「あぁぁっ、麻莉子ちゃんっ!!?」

 友哉の声だった。指を鳴らしたのは、友哉の意識を戻す合図だったのだろう。

「まっ、まっ、麻莉子ちゃん、麻莉子ちゃんっ!?」

 上半身を抱えられて倒れている麻莉子を見た友哉は、慌てて膝をつき麻莉子の様子をみようとする。

「これは……?」

 麻莉子の身体に刺さる刃物を見つけた友哉は、パニックを起こしそうになりながらも、冷静さを保とうと自分を律しているのが私にも伝わってくる。

「あぁぁ、いったい何があったの!? どうして……どうして、麻莉子ちゃんが、こんなことに……。いったい誰が……。麻莉子ちゃん、痛いよね、痛いでしょ。誰か、誰か救急車を、早く救急車!」

 友哉は泣きそうだった。

「麻莉子ちゃん、痛いだろうけど、がんばって、麻莉子ちゃん! ぼくも一緒に病院へ行くから、なんの心配もいらないからね」

 そして、次の瞬間。

「あ……れ?」

 友哉は、血にまみれた自分の両方の掌を上に向けて、理解できないというような不思議そうな表情をした。

「え……、ぼく……?」

(まずい!!)

「友哉、違うよ! 違うから!」

 それ以上、他に何が言えただろう。

「なに、これ!? もしかして、ぼっ、ぼくが、ぼくが麻莉子ちゃんを……?」

(ダメだ! このままじゃ、友哉の繊細な神経が……)

「違う、友哉、違うから! 友哉は関係ないよっ!!」


「あーーーーーーーーっはっはっはっは!」


 突然に大声で笑う陣の声が中庭に響き渡った。

 その聞き覚えのある声にはっとしたように、友哉はきょろきょろとあたりを見まわして声の主を探すような仕草をみせた。

 友哉の止めた視線の先に。

「陣……先輩」

 友哉の声は震えていた。

「やぁ紫月くん、こんにちは」

 燃えるような瞳で、友哉は陣を睨みつけている。

「なんだか君、とんでもない事をしちゃったようだけど、いったいどうするんだい?」

 私は反射的に叫んでいた。

(友哉が壊れてしまう)

「陣!! 何も言うな!! それ以上言ったら、あたしが許さないっ!!!」

 友哉の全身が、わなわなと震えだし始める。

「友哉、聞かないで! そいつの言うことは聞いちゃダメ!!」

 友哉は、再び自分の掌を眺め、それからのろのろと麻莉子の腹部に刺さる刃物に視線を移していく。

 どくどくと流れ出る血を抑えようとしている私の手も鮮血に染まり、麻莉子の顔色はすでに青白く変わって血の気が失せていた。


 次の瞬間。

 友哉の絶叫が中庭に響き渡った。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」


(友哉……!!)

 血のついた手で覆った友哉の顔が、麻莉子の血で真っ赤に染まっていた。

「ぼくが、ぼくが、ぼくが!!」

「ぼくが、麻莉子ちゃんをこの手で刺したんだ!!!」

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 頭を抱えこんだまま、友哉は地面に突っ伏した。

「ぼくだ、ぼくだ、ぼくなんだ。麻莉子ちゃんを刺したのは、このぼくだったんだぁぁぁ!!!」

「友哉、違う、違うんだってば!」

 どんなに声を枯らして叫んでも、私の声は友哉には届かなかった。


(なんで、なんでこんなひどい事が!)


「あーあ。紫月くんも、これで正気を保つのは難しくなっちゃったねぇ。紫月くん自身でいられるのも、あとどれくらいかなぁ」

 陣は、へらへらと楽しそうな薄笑いを浮かべている。

「なんで友哉を、麻莉子を……ッ!! 許さない、許さない、あたしは絶対にあんたを許さないっ!!」

 怒りが爆発寸しそうになったその時、麻莉子の力ない手が私の袖口を掴むのがわかった。慌てて、麻莉子に視線を落とした私は、麻莉子の口元がかすかに動くのを見る。

「まりこ、まりこ、ダメだよ、しゃべっちゃダメ!」

 麻莉子の口から、血がこぽっと溢れた。

「……ちゃん、こ……はるちゃん……」

 かすかに、ようやく聞き取れるくらいの麻莉子の言葉に、私は耳を近づけた。麻莉子の頬に当てた私の掌は、麻莉子の体温が下がっていくのを、どうすることもできずに感じ続けることしかできない。

「まりこ、しゃべっちゃダメだってば。しゃべらないで、お願いだから……、まりこ、まりこ……」

 それでも麻莉子は、口をパクパクと動かして、何かを話そうとしている。麻莉子の顔色は、紙のように真っ白でほとんど色がない。

「小春ちゃ……ん。とも、やくんは悪くない……から」

 麻莉子はこんな時にあっても、自分以外の事を気にかけていた。

「麻莉子、分かってる……そんなこと、分かってるよ、麻莉子……」

 力なくほほ笑んだ麻莉子が、頬をなでていた私の手に掌を添えてくる。私の瞳からこぼれ落ちた涙が、麻莉子の頬を濡らした。

「まりこね……大丈夫だから……うっ……」

 麻莉子の口から、ごぼごぼっと血が溢れてくる。

 もう。拭っても拭っても。

(拭いきれない――……!)

「麻莉子、もういいよ。もう分かったから、もう何も言わないで……。お願いだから、もう……」


(どうして、どうして麻莉子がこんな目に……!?)

 

「麻莉子、麻莉子、麻莉子、麻莉子、麻莉子、麻莉子、麻莉子ぉぉぉぉーーーーーーーーー……!!」

 

 このどうしようもない怒りは。

 このどうしようもない憤りは。


「こ、はる、ちゃん……。ダメなの、怒ったらダメ……。あいつの……おもわくに……はまっちゃダメ。こはるちゃんが怒ったら……」

「麻莉子、分かったよ。分かったから、もうこれ以上しゃべらないで!」


(絶対に許さない!!)


「こ……はる……ちゃん。麻莉子の最後の……お願い……ただしい……力で、大いなるものを発露……させて」

 重ねていた麻莉子の手が、ゆっくりと私の手から離れていった。

「え……? まりこ……まりこ?」

 今、麻莉子の命が、私の目の前で永遠に消えようとしている。

 なのに、黙ってそれを見ている事しかできない辛さを、私は言葉にする術をもっていない。


(絶対に……絶対に……!!)


「いやだ、いやだよ!!麻莉子、あたしを置いていくの!? あたしをここに一人にしないで!!」

「こ、は、る……ちゃん、泣いてる……時間はないから……まりこの言葉……わすれないで……いい……? 小春ちゃん……10数えて、それ……か……ら」

 話している途中で、麻莉子のまぶたがゆっくりと閉じられていく。

 麻莉子の目じりから、つうっと一筋の涙がこぼれ落ちていった。


「まりこっ!!!まりこっ!!!まりこぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーー!!!」



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