終 章 12月(8)
少し更新が
「陣っ! お願いだから、麻莉子と友哉には何もしないで! 二人を助けてくれるんなら、何でもするから、お願いだから、二人には何もしないで!」
私の目に涙が溢れてくる。
「おやおや、波原さん。ここで泣いちゃうのかい? まだダメだよ、君には、大きな役割が残ってるんだからさ。余計な役者には、まずご退場願って、それからゆっくりと進めることにしようじゃない」
(――ご退場……?)
「止めてっ!! 二人には何もしないで!!」
「あのね、波原さん。実を言うと、君の怒りが増せば増すほど、僕にとっては都合がいいんだよね。こんな事をしなきゃならないのは僕の本位じゃないんだけどさ。波原さん、ごめんね」
そう言うと、陣は自分の指をパチンと鳴らした。それが合図であるかのように、私の後ろにいる麻莉子が、ふうっと息を吐いたのがわかった。慌てて涙を手でぬぐって後ろを振り向いた私の目に、にこっと笑う麻莉子の顔が映る。
そして、いつもと同じように話し出す麻莉子の言葉に。
「あっれー、小春ちゃん、どうしたのぉ~? 泣いてたみたいに目がうさぎさんだよぅ」
「麻莉子、麻莉子、麻莉子ぉっ!!」
だがしかし、そのまま麻莉子にしがみつこうとした私を引き離したのは、なんと桐生だった。
「なっ、なにする気!? 桐生、離してよ!」
本気の男の力には敵わないのか、私は桐生にズルズルと引きずられる。
「波原っ、台本にない事はするな!」
(――なみはら……)
桐生に、そう呼ばれる事が。
「台本って何の事よっ! あんたに怒鳴られたくらいで、ひるむ波原小春だとでも思ってんの!?」
その間にも、麻莉子は状況をある程度理解したのだろう。陣の姿をそこに見つけると、表情がきつく引き締まった。
「あんたは、陣ね!」
麻莉子は、少し逡巡し。
「 ……そっか、私、記憶を操られてたのか」
それから周りを見回すと、そばに友哉の姿を発見して麻莉子は慌てて駆け寄り、両手で身体を揺する。
「友哉くん! 友哉くぅん!!」
しかし、友哉は目の焦点が合わないままで、最初と同じようにそこに立っているだけだった。
(麻莉子には……麻莉子にだけは、鈴木さんと林さんのあんな姿は見せたくない!!)
私がそう思ったところで、目に入らないわけがなかった。続いて麻莉子の視線は、そこに倒れている鈴木さんと林さんの変わり果てた姿をとらえた。
「えっ、えっ、何、コレ……。どうして、どうして……林さんと、鈴木さんがぁ……」
手で口元を押さえ、かろうじて悲鳴を呑み込んだ麻莉子は、一歩二歩と後ずさる。だが麻莉子は、気丈にも陣を睨みつけると、こう言い放った。
「あんたの仕業ね! 女の子の気持ちを手玉にとって、いいように物事頼んで、挙句の果てにはこんな事まで!」
「へぇ~、久遠さんは、思ったより威勢がいいんだね。二人の死体を見たら、気絶するか腰を抜かすかと思ったんだけど、悲鳴もあげないとはね」
陣がにやにやと麻莉子の顔を眺めている。
桐生に羽交い絞めされて、身動きのとれない私は、麻莉子に大声で言葉を掛ける事しかできなかった。
「麻莉子、麻莉子! そいつの話なんて聞かなくていいから! こっちへ、はやくこっちへ来て!」
麻莉子はゆっくりと私の方を振り返ると、今度は淡々と話を始める。
「小春ちゃん、いい? 落ち着いて麻莉子の話を聞いてね」
(麻莉子?)
「あのね、ここまで来てしまったら、麻莉子の未来はもう決まってるの。残念なんだけど、麻莉子の役割はここでオシマイ」
「麻莉子、何言って……?」
続いて麻莉子は、陣に向かうと言葉を続ける。
「せめて小春ちゃんに話をする時間くらいは貰ってもいいよねぇ」
陣は一度すぅっと目を細めてから、嘲るように言い捨てる。
「僕は基本、優しいしね。それに久遠さんの最後のお願いなんだから、きいてあげないとね」
(最後のお願い――?)
麻莉子が、ふっと陣に優しい視線を送ったように感じたのは、私の見間違いだったのか。
「ありがとう。お礼は言っとく」
そうして麻莉子は、私に話しの続きを始めた。
「小春ちゃん、麻莉子がこれから話す事を忘れちゃ絶対にダメだよ!」
「麻莉子……いやだ……私、いやだよ!」
「小春ちゃん、落ち着いて! いい!?」
麻莉子の口調が強くなる。
「麻莉子の役割はここで終わっても、小春ちゃんの役割はこれからなんだからね!」
麻莉子は……麻莉子はこんなに冷静で、落ち着いた女の子だったろうか。
「小春ちゃん、あの詩を思い出して」
「あの詩……」
約束の星が近づき、深きに眠れる力は覚醒する
互いに呼び合うものが無となりし時、大いなるもの発露せり
そが目覚めしより、生は生に、死は死へと返り
新たる100年の時を刻み始むるなり
「小春ちゃん。小春ちゃんの役割はね、正しい力で『大いなるものを発露』させる事なの。決して間違った力で発露させちゃいけない」
「正しい……力……」
「陣は、小春ちゃんに憎しみや怒りの気持ちを感じさせて、間違った力を引き出そうとしているの。だから、小春ちゃん、感情に任せちゃだめだよ。感情に支配されそうになったら、麻莉子の言葉を思い出して、10数えて」
「麻莉子……」
「『正しい力で、大いなるものを発露させること』」
麻莉子は、すでに自分の死を受け入れていた。
「それが小春ちゃんの役割だよっ!」
とめどない涙が、頬を濡らしていく。
陣が、ちっと横で口を鳴らすのが聞こえた。
「久遠さんって、ホント意外と侮れないんだよねぇ。でも、ここでお別れだ。残念だな」
麻莉子は、陣の言葉にも何も動揺を見せない。
「最後に時間をくれたことだけは感謝する」
「うん、感謝されるのは悪くないな。それじゃ久遠さん、そろそろいいかい」
麻莉子が陣を睨みつける。声にならない声で、同じ言葉を繰り返す事しかできない私。
「麻莉子、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ……。私をおいていかないで、麻莉子、麻莉子、麻莉子……」
もう涙も鼻水もぐちゃぐちゃで。
「では、久遠さんも満足したようなので。皆さま、大変長らくお待たせ致しました」
陣のすっとぼけた声が、癇に障る。
「ここで、ようやく紫月くんの登場になります」
陣の声によって、友哉の腕がピクリと動いたようだった。
「友哉っ!?」
「それでは改めまして、紫月くんの最後の役割を発表させて頂きます」
陣の声が弾んでいる。
「紫月くんには、仲良し久遠さんを、自らの手で刺し殺してもらおうと思います」
「な……っ!!!」
ゆらりと友哉が腕を上げる。その手には、大型のナイフが握られていた。
(いつのまにっ!?)
友哉の表情がうつろなままで変わっていないのは、本人に意思がなく、陣に操られたままだからなのか。
ナイフを持った友哉がゆっくりと麻莉子に近付いていく。
「友哉ぁ! 目を覚ましてっっ!! 友哉、友哉ぁぁぁ!!!」
桐生は、相変わらず私を羽交い締めにしたままで、友哉と麻莉子のそばに行こうとする私の動きを封じている。
「このやろう、ちくしょう。桐生、放せ! 放せ! 放せ!!」
桐生の力は強く、がっちりと私を拘束し続ける。
「麻莉子、逃げて! ここから早く逃げだしてぇぇぇ!!」
それなのに。
それなのに麻莉子は、優しい表情で自分に近付いてくる友哉を見つめているだけだ。
「なんで、なんで麻莉子、麻莉子ぉぉ……」
友哉が麻莉子に近付く、一歩、また一歩。
「友哉くぅん。入学してから、いろいろ楽しかったよねぇ。友哉くんと小春ちゃんと3人で、いろんな事で、笑ったしぃ」
「麻莉子!」
「友哉くんのお弁当ねぇ、おいしかったよぅ」
「まりこっ!」
「麻莉子ね、友哉くんの恋心、叶うって思ってたんだけどなぁ」
そして麻莉子は、友哉を受け入れるように大きく腕を広げた。その姿は、どこかで見た聖母マリアの像のように、優しく慈愛に満ちていた。
「まりこぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
それから後の光景を、私は見ていない。
いや、見ていたとしても、私の脳は目の前で起きた光景を認識する事はできなかったろう。
私が次に見た光景は、友哉を腕の中に抱えたまま地面に座りこんでいる麻莉子の姿だった。
桐生の腕が緩み、支えを失った私の身体もその場に崩れ落ちる。
「麻莉子……? 友哉……?」
重くてしょうがない自分の身体がいまわしい。私は四つん這いになって、のろのろと2人のそばに近寄っていく。
「麻莉子……? 友哉……?」
す、と、友哉が麻莉子から離れて立ち上がった。
「友哉……?」
友哉の手は真っ赤に染まり、血まみれになっている。
そして。
さっきまで友哉の手に握られていたナイフは、深々と麻莉子の腹部に突き刺さっていた。
「あぁぁぁ麻莉子……!! 刺さってる、麻莉子、刺さってるよお!」
動揺して、自分が何を言ってるのかわからない。自分が情けない。
私は、麻莉子の上半身を支える。
「ナイフが……このナイフはどうしたらいいのぉ、ねぇ麻莉子ぉぉぉぉぉぉ……」
刺さった刃物は……抜いたら血が噴き出るから抜いちゃダメだったろうか。それとも、抜いた方が良かったんだろうか。
そんな時に、陣が、再びパチンと指を鳴らした。
(今度は……今度は、いったいなんの合図……?)
私は、陣の方にのろのろと視線を向けた。




