終 章 12月(6)’
中断した12月(6)の続きです。
中庭でのシーンが、どんどん緊迫していきます。小春の運命は、どうなるのでしょうか。それぞれの登場人物たちを待ち受けるものは……
「お久しぶりです、小林先輩」
小林の顔は、とても嬉しそうに見えた。
「とうとうこの日がやって来た、と」
その言葉にも、私の感情が逆なでされる。これまで占研の部室で会ってきた小林が、つい先ほどまで話したくて探し回っていた小林が、目の前に立っている。
(私に近付いてきたのも、すべては……)
私は、唇を噛む。
「あぁ、違いましたね。あなたは、あたしに自己紹介をして名乗った小林隼人なんて名前じゃなく……本当は『陣聡介』さんとおっしゃるんですよね」
「うん、そうだよ。僕の名前は陣聡介っていうんだ。いや、別に小林でも陣でも、どっちで呼んで貰っても一向に構わないんだけね。どんな名前で呼ばれようとも、僕は僕であることに変わりはないからさ」
小林――いや、陣は、私が知っている占研の小林と何も変わらない様子で、にこやかにそこに立つ。
「会長、紹介します。彼が、陣聡介さん。会長を抜いて首位をとった生徒です」
陣は、おどけたように早見坂に向かってお辞儀をしてみせる。
「早見坂会長とは、今日がお初になるね。はじめまして、よろしく」
早見坂は、本当に陣がクローン人間なのかどうか、いぶかしんでいるに違いなかった。
「そうか……君が陣聡介くんか」
それっきり次の言葉を発することができない。
「ところで陣……先輩。なぜ、偽名を使ってまで私に近付いたんですか?」
「だってさ、波原さんを巻き込むためには、クローン人間の陣聡介で接触するよりも、占研の部長で、未来の透視能力がある小林の方が都合が良かったんだよ。未来を透視できるなんて、ナイスな設だったと思わないかい?」
(私を……巻き込む……?)
「できれば波原さんには、『小林は怪しい』って気付いて欲しかったんだけど、波原さんって他人ごとにはあまり関心を示さなかったからなぁ」
「小林先輩が怪しい……」
「とうとう最初の設定のまま今日まできちゃったけど、僕ね、波原さんが怪しみだしても大丈夫なように、他にもいろんなストーリーを考えてたんだよね」
そう言って陣は、あははと笑った。
「いろんなストーリー? 最初からそういうつもりで、あたしに……」
私はなぜ、わざわざ占研へ小林を訪ねたりしたんだろう。
あの日、小林と名乗った生徒の元を訪れさえしなければ。
「あぁ、それは違うよ、波原さん」
(読まれたか?)
「君はこの物語では準主役なんだから、どうあっても巻き込まれなければならない運命なのさ。あっ、ついでに言っておくけど、主役は当然ながらこの僕だよ」
(あたしは、自分で選んできたつもりでいながら、蓋を開けてみれば陣の思惑にまんまとはまって、踊らされていただけだった)
「さてと。桐生も登場したし、僕も登場した。ということは、これでこの中庭には全ての役者が揃ったというわけだね」
陣が中央まで進み出てきて、みんなの顔をぐるりと見渡す。
(友哉や麻莉子までが登場人物……?)
私の頭の中でプチンと何かが切れた。
「私たちは、あなたの台本に踊らされる役者じゃないっ!」
呆れたような表情で、陣が私を見る。
「おやおや、そこに反応されるとは思わなかったな。今のは、あくまでもモノの例えなんだから、そんな過剰な反応なんてしないでよ」
おどけたように話す陣は、あきらかに私を小バカにしていた。
「いい? 波原さん、見てて」
陣はパチンと指を鳴らした。と、どこからか湯気のたつ紙袋が現れる。
「たいしたことのない手品で恥ずかしいんだけどね。では波原さん、この袋に入っているものはな~んだ?」
この場に少しも似つかわしくない陣の突飛な行動に面食らう。
(いったい何を?)
どうしようもなくわき上がってくる不安感を抑えられない。
「いい……匂いがしますから、わかります」
「さすがは波原さんだ。うん、うん、食べる事にかけては超一流、っと」
「それは何の真似なんですか」
陣のわけのわからない行動に、私は少しずついらつき始める。
「そう、これね、焼き芋なんだけど」
(ここで焼き芋なんか)
「これね、鈴木さんが大好きでね」
鈴木さんの名前が、突然陣の口から飛び出したことて、急速に嫌な予感を覚える。
「よく、せがまれたっけなぁ」
陣はそう言うと、ゆっくりと一歩ずつ鈴木さんの方に歩み寄って行く。鈴木さんは虚ろな目をしたまま微動だにせず、先ほどからと同じ場所にたたずんだままだ。
「待って下さい、陣先輩。この4人の状態、いえ、学園内の生徒たちが陥っている4人と同じような状態は、陣先輩が引き起こした事なんですか!?」
「んん~、さぁどうだろ?」
鈴木さんの前にきて立ち止まった陣が、誰に聞かせるわけでもなくつぶやくのが聞こえる。
「たった1度の頼み事くらいで、恋人顔されてもねぇ」
(恋人顔?)
「波原さん、入学してすぐの寮祭で、この子に何か言われたでしょ?」
『他人には見えないものが、私には見えたりするの』
『波原さん、足を取られた感じがしなかった?』
『波原さん、気をつけて』
確かに、レース後の中庭で、私は鈴木さんから忠告を受けた記憶がある。
「あれってね、鈴木さんにそう言うようにって、僕が言い含めただけなんだ。この子には、特別な能力なんてないよ」
「え……?」
「でも、波原さんの足が何かに掴まれたのは、本当の事さ。力を使った本人が言うんだから、間違いないでしょ」
やけに楽しそうに、陣が話す。
鈴木さんは何かを見たのではなくて、陣に言われたままを、単に私に告げただけなのか。
「なんで鈴木さんを選んだの?」
「だってさぁ、波原さんに運動能力で対抗できそうなのって、とりあえずは鈴木さんしか見当たらなかったんだよね」
そう言うと、陣は、憎々しげに鈴木さんの顔を眺める。
「まったく……冗談じゃない」
陣の様子が変だ。私が占研で見ていた彼とは、明らかに様子が違う。
「それなのにさ……たったそれくらいで、私がどれだけ練習したかわかるか、だの……走っている間がどんなに苦しかったか、だのって……」
陣の瞳に、暗い闇がゆらぐ。
「いちいちいちいち、うるさいんだよ!!」
そう言い終わるや否や、陣は手に持っていた焼き芋を、鈴木さんに向けて投げつけた。かろうじて、それは鈴木さんの耳横をかすめただけで、本人に当たりはしなかったが、その勢いに鈴木さんの横髪が後ろになびく。
「あぁぁ、失敗しちゃったな。鈴木さんの好物を食べさせてあげようと思ったのに。ちょっと力が入りすぎた」
へらへらと笑う陣の姿に、いいようのない怒りがこみ上がってくる。
「なにをするつもりだったの!?」
「どうしてそんなに怒ってるのかな? ん? 怒ってるわけでもないのかなぁ」
(こいつは!!)
「陣。あんたは気は確かなの!?」
「ここでいきなり呼び捨てになる、と」
陣が何をしようとしているのか、何を考えているのか、想像も出来ない。
「鈴木さんはね、それからも、会ってくれないだの、冷たいだのって……不完全な人間ごときが立場をわきまえず、僕に文句を言ってくるなんておかしいとは思わないかい?」
(不完全な、人間……ごとき?)
そして陣は、その場に立つ鈴木さんの肩口をぽんと押した。鈴木さんはバランスを崩してそのままスローモーションのようにゆっくりと後ろに倒れていく。仰向けのまま地面にどうっと音を立てて、鈴木さんが倒れる。
「鈴木さん、鈴木さんっ!」
駆け寄って、上半身を抱き起こす。倒れるところを、ただ見ているだけしかできず、思うように動かない自分の身体が歯がゆい。
(そうだったのか)
あの日、廊下で聞いた二人の痴話ゲンカの裏には、こんないきさつがあったのだ。
『波原さんには全然興味のない事でしょ?』
そうして陣は私の性格もよく把握していた。
(興味本位ででも、鈴木さんに接触していたら、変わっていたかもしれない)
「どうだろうなぁ。さっきも言ったけど、僕、いろんなストーリーを考えていたからね。結局はどう転んでも、僕の思い描く今日に至るんだよ」
陣は、私の思考をすべて読み取るように、そう答えた。
「で、次は、林さんの番か」




