終 章 12月(4)
長くお付き合い頂いてきましたが、いよいよクライマックスが近付いてきました……!
Xデーのクリスマスイブを迎え、小春の不安感もピークに達します。教室内で、友哉と麻莉子との3人で交わす会話は、小春の心の支えです。
ラストまでお付き合い下さいませ。
☆☆☆
朝のHRが終了すると、あとはプログラムに則って次々とイベントが行われることになる。私は実行委員会に名前を連ねているので、クラスから離れて生徒会室へ集合し、委員会のメンバーと合流しなければならない。
すでにクラス内には、夏の学園祭とは違った意味で熱がこもっている。きっと学園中、そんな具合なんだろう。なんていっても、今日は恋人たちのクリスマスイブなのだ。
私は、桐生の席が相変わらず空席なのを横目で見ながら、友哉と麻莉子に話しかける。
「昨日のランチ、すごく美味しかったよ。友哉、ありがとうね」
「小春さんは、いつもおいしそうにたくさん食べてくれるから、本当に作りがいがありますよ」
「麻莉子も、いろいろとありがとう。麻莉子の情報には、これまでたくさん助けられたもんね」
友哉と麻莉子の顔が不安にくもっていく。
「なぁにぃ、小春ちゃん。そういうの、らしくないんじゃないのぉ~」
心なしか、いつもの麻莉子節もいまひとつ調子が出ていない。
今日の私には、二人にどうしても伝えたい事があった。
「友哉、麻莉子」
2人の表情は複雑そうだった。
「今まで……何も聞かないでいてくれて、ありがとね」
そんな私の言葉を聞いた二人が下を向いてしまう。教室内にはざわざわと楽しそうな会話が満ちているのに、私たち3人の周辺だけは静寂に包まれていた。
「明日さ、これまでの事、2人には全部話すつもり。だからさ……楽しみにしてて!」
私はできるだけ明るい声で、楽しそうに話してみせた。本当にそうできたかどうか自信なんてないけれど。
麻莉子がすがるような目で私を見上げてきた。
「小春ちゃん、本当? それじゃ明日、ぜ~ったいに話を聞かせてよぅ。約束だよぅ。もしも約束破ったら、おしおきしちゃうんだからねぇ~」
「麻莉子、あたしの目をちゃんと見て」
涙があふれそうな瞳の麻莉子と目があう。
「これまでにあたしが麻莉子にウソをついた事があった?」
「ううん、ない。一回もないよぅ……」
麻莉子は、か細い声で返事をすると下を向いてしまう。
「でしょ。大丈夫、波原小春、約束は必ず守るんだから!」
顔を上げた麻莉子の大きな瞳から、一粒の涙がつーっとこぼれ落ちていった。
「小春さん、明日から冬休みですけど、明日は3人でまたランチしませんか?」
「うん、それは楽しみ! 友哉が、美味しいお弁当を作ってくれるなんて、明日の来るのが待ち遠しいよ」
「はい! 小春さんのために、昨日のイブイブランチよりも、もっともっと美味しい物をたくさん作りますからね」
「うん、友哉、よろしく!」
友哉の目も、心なしか潤んでいるようだ。
はたして私には、最後まで堪えられるだろうか。
「麻莉子もぉ、麻莉子も友哉くんのお手伝いするよぅ。友哉くんと一緒に、おいしいお弁当作って、小春ちゃんに食べて貰うんだからぁ~」
(麻莉子……)
麻莉子は、やっぱりかわいい麻莉子だ。
「小春ちゃんねぇ、何かあったら、すぐに麻莉子に連絡ちょうだいよぅ。麻莉子、全身を耳にして携帯を持ち歩くからねぇ」
そう言って、ポケットから携帯を取り出すが。
「あれぇ? あれれ。なんだか電波が悪いやぁ。でも、小春ちゃん、ちゃんと連絡してよぅ。すぐに友哉くんと助けに行くからねぇ~」
「うん、わかったよ。ありがとう、麻莉子」
その後の言葉が続かない。
「それじゃ、友哉、麻莉子。私、そろそろ行くね」
(このまま時間が止まればいい)
「うん、分かったよぅ」
「小春さん、心はいつでも一緒ですからね」
(このまま友哉と麻莉子と過ごしたい)
「今日は後片付けもあって遅くなるだろうから、2人には会えないと思うけど……友哉、麻莉子、また明日!」
(どんな明日がくるのか)
「小春さん、また明日!」
「小春ちゃぁぁん、明日ねぇ!」
(波原小春、出動だ!!)
そうして私は教室を出た。
☆☆☆
学園内、生徒たちの楽しそうなざわめきや歓声が溢れている。この創立記念前夜祭が、学園のどの行事ともまったく違う雰囲気を醸し出しているのは、そこかしこに満ち満ちているラブラブモードのせいか。
実行委員としての役割を、朝から忙しくこなしながら、私は中庭をとりまく廊下を歩いていた。
「来年は、普通にツリーを見たいなぁ……」
存在感のありあまるクリスマスツリーを眺めながら、私は一人つぶやく。
ツリーが出現した日から今日まで、私が毎日眺めてきたツリーには、生徒の数だけ金銀の玉が下がり、ホワイトとブルーの電飾が点滅して、中庭に幻想的な空間を作り出していた。
(桐生も、あれ、下げたのかなぁ)
桐生が、今日も欠席しているという事実が私の不安を2倍増しにしていた。なんだかんだ言っても、桐生の事を頼りにしていたのだと、今さらながら感じる自分が可笑しかった。
空は曇天、外はかなり冷え込んでいるだろう。
そんな私の耳に、遠くの方で話す女生徒の声が届く。
――「今日は、夕方から雪が降るかもしれないんだって」
――「なに、それ? マジぃ?」
――「ってことは、今年はホワイトクリスマスになるかもしれないんだー」
――「降ってくる雪を、一緒に眺められる相手がいる人はいいよねぇ」
――「きゃははは。眺める相手がいないからって、ヒガミじゃーん」
雪が降るかもしれない空をもう一度見上げて、私は生徒会室へと足を早めた。
早見坂がいるかもしれない。
「お疲れ様です」
「あ、波原さん、ごくろうさま」
創立記念前夜祭の実行委員長が忙しそうに動き回っていた。
「あのぅ、すみません。会長と副会長って、今、どちらにいらっしゃいますか?」
朝から一度も2人の姿を見かけていない。そして、その事がどうしてもひっかかって、胸騒ぎがしている。
「ん~~~、それがね、ここにはまだ来てないの。早見坂会長のことだから、あちこち忙しく動き回っているんじゃない?」
準備は滞りなく整えられており、担当の生徒たちもそれぞれ自分の割り当てに従って粛々と動いている。早見坂や藍原さんがいなくても、今のところは特に問題もなく、早見坂がどこで何をしていようとも構わないという感じだった。
(学園内の雰囲気や空気が、だんだん変化しているような……?)
「では、私はこれから会場係と合流します」
「うん、波原さん、よろしくね~」
私は生徒会室を後にした。
何かが起きないうちは、自分の割り当てられた責任を果たすべきだろう。そして私は、また制服のポケットから携帯電話を取り出して画面を確認する。今朝から何度、この画面を見たことか。
――「もうーーー、全然携帯繋がらないよ」
――「私のもダメだー」
――「大事な時に役に立たないんだからぁ」
――「いつもだったら、この辺は間違いなく電波が通じるんだけど、今日はどうしちゃったんだろ」
確認した私の画面も、やはり圏外マークのままだった。
誰にも連絡できない。早見坂にも藍原さんにも、友哉や麻莉子にだって連絡がとれない。
現在進行形で、正体の分からない巨大な力が学園内をどんどん侵食しているような気がして、パニックを起こしそうな自分がいる。
不安がどんどん募っていく。
学園内の状況を正確に確認し合える相手が欲しかった。
(桐生は……いない)
そんな私が、次の瞬間に脳裏に浮かべたのは……あの小林の顔だった。
(そうだ、小林先輩!)
小林には、事が過ぎるまで会わないと言われたけれど、会いに行くのも行かないのも、そこは私の自由のはずだ。私は腕時計で時間を確認する。
(この時間は、教室で待機しているはず)
一度そう思ってしまうと、この状況を正確に把握し共有できる相手は、小林を置いて他にはいないように思えて、小林と話しがしたくてしょうがなくなる。
(落ち着け、落ち着け、波原小春。まだ何も起きちゃいない)
私は、2年生の教室へ向かうことに決め、廊下を走る。小林のクラスを知らない私は、とりあえず廊下端の1組からあたることに決める。
1年生が、2年生のクラスを訪問するというのは、普段ならけっこう勇気を必要とする場面ではあるんだけれど、今はそんな事考えている暇もない。腕に巻かれた実行委員の腕章が頼りの綱だ。
「すみません!」
ガラガラと扉の開く音で、生徒たちの視線が私に集まった。
「あっ、あの。2年生の小林先輩を探しているんですが、何組かご存じの方がいましたら、教えて下さい!」
腕章効果なのだろうか、すんなりと声があがる。
「あー、小林ね。隣のクラスだよ」
「そうですか! ありがとうございます」
お礼を言ってぺこりと頭を下げた私に、続けて思いもよらない言葉が掛けられる。
「君さー、1年生の波原さんでしょ?」
「は?」
「噂の波原さん」
「……波原小春ですけど」
「がんばってね! けっこうファンは多いみたいだよ!」
「ハイ……?」
何の話をされているんだか分からないままカラ返事だけして、私は隣のクラスの扉をノックする。
「あの、小林先輩いますか!?」
私の顔に集中した視線が、次に一人の男子生徒の顔に集まっていくのが分かった。
(……え?)
クラスの視線を集めたその男子生徒は、なんだか嬉しそうな表情をしながら私の方に歩み寄ってきたかと思うと、いきなり親しげに声を掛けてくる。
「いやぁ、波原さんが僕の事を訪ねてきてくれるなんて凄いなぁ。僕の事、知っててくれたんだね!」
「えっと」
どうやら、残念な事に小林違いのようだった。
「僕に何の用かな? まさか、いきなりの愛の告白だったりして?」
(なんだ? この場違いなセリフ)
違った意味で私はパニックを起こしそうになる。
「ごめんなさい。私の探しているのは、小林……小林隼人先輩の方なんです」
人違いであることを強調したつもりだった。
「だからさぁ、僕がその小林隼人だけど。この学年には、小林という苗字の生徒は僕しかいないしねー」
意味が分からない。
「あの……占い研究会の部長さん……ですか?」
「うん、そうだよ」
(違う!!!)
私がこれまで会って話してきた小林は、今、私の目の前に立っている生徒じゃない。
数度しか会っていなくても、別人であることくらいは分かる。
(身長172~173㎝くらいで、太っているわけでも痩せているわけでもなく、顔の造作も特徴のない、いわゆるどこにでもいるような……)
「あれ? 探している相手は僕じゃないんだ?」
「小林……先輩。あの、私の事、知りませんよね?」
「もちろん知ってるさ。なんたって僕は、ツリーに下げた玉に、波原さんの名前を書いたくらいだからね!」
(いったい何の話をしているんだろう)
「小林という苗字の生徒さんは、2学年には先輩お一人だけなんですね?」
「うん、そうだけど」
小林という生徒の方も、だんだんといぶかしげな表情になっていく。
(そういえばあの時、麻莉子は……)
『ん~~~、たしかにねぇ~。見た感じだって、どこにでもいそうなフツーなタイプで、そんな賢そうには見えなかったなぁ~』
(そうだったのか!!!)
私の中で、全てが繋がり、全身にぶわっと鳥肌がたった。
(そうだったのか! あいつは!!)




