第8章 11月
11月は今回だけです。
いよいよ12月に突入し、物語はクライマックスに向かっていきます。
友哉と麻莉子と小春、そして桐生や生徒会長の早見坂、副会長の藍原さんを、最後まで見守って下さいね。
☆☆☆
気がつけば、11月。
今月は、学園側が主催の『部費争奪戦・部活対抗秋の体育大会』がある。優勝した部には来年度の部費に加えて、なみ大抵ではないと言われる特別予算が割り当てられるため、体育会系の部に所属している生徒を中心に、この行事に掛けている生徒は数多いと言われている。
そんな体育大会の情報は、やはり麻莉子から私にもたらされた。
久しぶりに今日のランチタイムは、麻莉子と友哉3人揃ってのオールメンバーだ。三人揃って昼食を一緒に食べるだけで、どうしてこんなに気持がうきうきしているんだろう。私がこれまでに感じていた距離感なんて、一気にどこかにふっとんでいくようだ。
麻莉子がいつもの調子で話し続けているのを、私は隣で聞いている。
「だからぁ、前の年の体育大会が終わるとすぐにね、翌年に組む相手の部を探し始めるんだよぅ」
そんな私たち3人がおいしく食べているのは、照り焼き丼とサラダのセット。私は大盛りコース、二人が食べているのは普通盛りコース。私は、学食フリーパス券のお蔭で、お値段を気にする事なく大盛りコースをチョイスできたが、麻莉子はともかく、友哉はもう少し食べないとこれ以上は大きくなれないだろう。麻莉子の話を聞きながら、私は友哉の食べっぷりを観察することも怠らないでいた。事と次第によっては、私の分を取り分ける必要があるだろう。
「え? 組む相手の部って?」
いつものように、何も知らない私が質問をすることになる。
「小春ちゃんさぁ、もうちょっと普段からアンテナをはってた方が良いんじゃないかと、麻莉子は思うんだよねぇ」
麻莉子にため息をつかれる。
「それはですね、小春さん。体育大会って、部活対抗なんですけど、体育会系の部と文科系の部が組んでチームになるのが最低条件になんですよ」
友哉は、変わらずに優しい。そんな友哉の言葉を、おどけたふうでオウム返しに麻莉子が。
「なってるんでぇす」
(あぁ。麻莉子と友哉との会話って、こんなに楽しかったっけ?)
「え? そうなの? じゃ部活に入ってない私のような生徒はどうなるの?」
「それはねぇ、小春ちゃん、必然的に帰宅部連合部になるのよぅ。部活に入っていない生徒数によって編成されるチームの数は毎年違うんだってぇ。だから小春ちゃんは、このままだと帰宅部連合部に自動的に組み込まれるんだよぅ~」
「それじゃ2人は……麻莉子と友哉は、一緒のチームになるんだ」
「そういう事になりますね」
波原小春が一抹の寂しさを感じたとは、この2人には告げないでおこう。
「ふぅん。で、華道部はどことチームを組むか、もう決まってるわけ?」
「うん、もちろん決まってるんだよぅ。なんだかねぇ、去年の体育大会が終わった後で、すぐに決まったみたいなのぅ」
「去年の体育大会の後で、すぐに? なんとも気の早い事で」
「ところが小春さん、そうでもないようなんです。我が華道部はですね、今年はなんと柔道部と組むことになってます」
どういう意味で、『なんと』なのかが良く分からない。
「じゅーどーぶ?」
華道部と柔道部――似合っているような、不釣り合いなような。
「うーーーん。そりゃまた、なんで柔道部なわけ?」
「うふふ~、小春ちゃ~ん。そこはわりと有りがちな理由がありましてぇ」
麻莉子が、意味ありげな言葉をする。
「小春さん、ガチで、部に特別予算が欲しいところと、客観的に状況を把握して優勝は無理そうだと思うところとでは、チームの組み方も当然違ってくるとは思いませんか?」
「なんと、麻莉子と友哉くんが入部している華道部の部長はぁ~」
「柔道部の部長と付き合っているようなんです。……というのが、チームを組んだもっぱらの理由だと、華道部内ではささやかれています」
(付き合って?)
「えーーーーーっ、なに、その理由!? 平たく言うと、華道部と柔道部は最初から戦線離脱宣言って感じ?」
「いえいて、もちろん全力は尽くしますよ。でも、客観的にみると……ってなわけなんです」
「麻莉子だって、がんばっちゃうけどねぇ」
にこにこ笑いながら、そんな事を話す二人を見ているだけで、こっちまでほんわかと幸せ気分だ。
(二人していいなぁ、楽しそうで)
「だけどねぇ、小春ちゃん。この方法でチームになると、時々大きな落とし穴があるんだよねぇ」
「落とし穴?」
「だって考えてもみてよぅ。ラブラブな二人が、体育大会までラブラブでいられる保障なんてどこにもないんだからさぁ」
「二人が別れる事になっちゃうと、0からスタートして相手を探さないとならなくなるわけなんですよ」
「へぇぇ~」
私にとっては、どうでもいい話だったので、それ以外に返事のしようがなかった。
「でね、小春ちゃん。そんな事になると、これがまた、聞くも涙、語るも涙の物語が目白押しにでねぇ~」
何度も言うが、私には興味のないことだ。
「説明してくれるのはありがたいんだけど、どっちかっていうと、私は肝心の競技種目の方が知りたい気分かな」
と、この質問にも、麻莉子は食いついてくれる。
「ハイッ、よくぞ聞いてくれましたぁ。小春ちゃんっ! そうそう、それそれ。そこんとこが我が星杜学園体育大会の醍醐味なのよぅ」
後を友哉が引き継ぐ。
「これがね、小春さん。毎年、違うんですね。毎年、先生たちがオリジナルの競技を考えるそうで。まぁ長い伝統がありますから、似たような種目になることは否めませんが、当日まで発表されませんから、どんなに気合をいれたところで、基本的には作戦を練る事も、練習をする事も出来ないというわけです」
波原小春魂が、本能的にうずき始めた。
「友哉、なにそれ!? おもしろそうじゃないの!?」
「でっしょ~? 小春ちゃん、そうなの、そうなのよぅ。だからね、体育大会は毎年盛り上がるわけなんですぅ~」
急に、私も一緒に盛り上がりたくなってくる。
「というわけで、ここで、ちょっと小春さんに相談があります」
友哉と麻莉子が頷き合った。
「小春ちゃんっ!」
「小春さんっ!」
「いきなり、な、なんなの?」
「今だけ華道部に入部してぇ、体育大会3人一緒でがんばりたくはありませんかぁ~?」
「ですね! ぼくも小春さんが一緒なら百人力だと思います!」
「3人一緒で!?」
華道部には全く興味はないけれど、2人の誘いは興味をそそられる。
「そういうのって大丈夫なの?」
「もちろんだよぉ~。だから小春ちゃんを誘ってるんじゃないよぅ。この時期はねぇ、星杜生徒の部活所属率が普段よりも格段に上がるんだよぅ」
(麻莉子よ、相変わらずキミのリサーチに落ち度はなさそうだな)
3人一緒に体育大会に参加できるのなら、華道部に一時入部したって良いんじゃなかろうか。
「ちなみに麻莉子。体育大会っていうくらいだし、もちろん運動系の競技なんだよね?」
ところが麻莉子が小首を傾ける。
「うーーーん、多分ねぇ。でも、こればっかりは誰にもわからないっていうかぁ」
「そうなの?」
「実はそうなんですよ、小春さん。過去には文科系の部活の方が活躍できる年もあったみたいですからね」
『部費争奪戦・部活対抗秋の体育大会』、なかなか奥が深そうだ。
そんな事を話している間にも、私の照り焼き丼はどんどん減っている。このままだと、友哉に取り分けるなんて無理っぽい。星杜学園学食メニューは、噂に違わず、どれをチョイスしても美味しすぎるのだ。
「で、麻莉子。情報通を自認する麻莉子のことだから、今年の競技種目はとうに調べがついてるんだろうね?」
麻莉子の目がきらーんと光ったかと思うと、人差し指でクイクイッと私たちに合図を寄越した。友哉と私は、引き込まれてすぐに顔を寄せる。麻莉子の声がぐっとひそめられる。
「いい? これは本当に3人だけの秘密にしてねぇ。ニュースソースは秘密なんだけどぉ」
私と友哉、コクコクと頷いて、麻莉子の次の言葉を待つ。
「今年の体育大会、その種目はぁ」
「その種目はっ!!?」
「だーかーらー。小春ちゃんったらぁ、声が大きいんだってばぁ」
「あっ、ごめん、ごめん。つい力が入っちゃってさ」
私は頭をポリポリ。
「『星杜学園半径500m四方、隠されたハンコを求めての謎解きオリエンテーリング!』」
「ほっほう!」
私の全身を巡る血が踊り始める。
「それはつまり、謎を解くのが文科系の役割、ハンコを求めて道なき道を切り開いていくのが体育会系の役割っていう事ね!」
(波原小春、道なき道を切り開く自信、大いにあり!)
「そのようですね。麻莉子ちゃんが言った競技名を聞く限りだと、今年はそんな感じになるんじゃないでしょうか」
3人でにやりと笑う。
「頭脳の友哉くんとぉ、体力勝負の小春ちゃん、そしてこの麻莉子の情報力が揃えば、もう怖いものなんてなしでっしょー?」
(麻莉子よ、体力勝負の小春ちゃん、ってのはどうかと思うが)
3人で閉鎖棟を探検したあの夏の日が蘇ってくる。
「部費なんてどうでもいいけど、波原小春が参加する限り、狙うはてっぺんただヒトツ!」
「華道部に特別予算を!」
「ついでに、柔道部にも特別予算を!」
最近はずっと気の重い日々が続いていたが、久し振りにわくわく感が戻ってくる。学園の気の不安定さをすっかり忘れて、私は遠足を待ち焦がれるような小学生の気持ちを味わっていた。
ものすごい勢いで、11月は過ぎていく。
☆☆☆
そうして体育大会も無事に終わった。華道部と柔道部のチームは優勝を逃したものの、友哉と麻莉子と私はとても楽しい、痛快な時間を共に過ごす事ができた。
ところが私は、麻莉子がぼそっと呟いた言葉で、目の前に近付く現実に引き戻されることになった。
「体育大会も無事に終わったし、残すは創立記念前夜祭だけかぁ~。いよいよ覚悟を決めなきゃねぇ~……」
そんな麻莉子の言葉を聞いた友哉の表情までが、これまたいつになく悲壮で、これまでそんな二人の気持ちを汲み取れなかった自分の鈍さに、私は衝撃を受けることになる。
(友哉も麻莉子も、日記の事、忘れてるわけじゃないんだ)
これまで私は、友哉も麻莉子も、初代学園長の日記なんて頭の隅にでも追いやってるに違いないと思い込んでいた。現実として捉えるには、あまりにも重過ぎる内容に、私はあえてそう思い込もうとしていたのかもしれない。
学園を救う責務は私一人に課せられているんだから、二人には忘れて貰って構わないなんて、ヒロイン感に酔っていたのかもしれない。
でも実際のところは、あの日から2人とも、日記の内容をそれぞれ胸のうちに重く抱え、悩み迷い続けてきていた。もしかすると、自分にできる事が分からないままでいる2人の方が、私よりもずっと辛い日々を送っていたのかもしれない。
(果たせるかどうかは分からないけれど、私にはなすべき事が示されている)
2人を騙しているようで申し訳なく思いつつも、その一方で、まだ2人に真実を話すわけにはいかないとも思う自分がいた。
(友哉と麻莉子は、これ以上絶対に巻き込まない)
自分の気持ちを確認し、強く言い聞かせる。
この私に学園を守るという使命が本当に課せられているのなら、私がその責務を果たしさえすれば、明るく楽しい学園生活は続くはずだ。ならば、すべてが終わったその後で、友哉と麻莉子に、すべてを話せばいい事じゃないか。 星杜学園と、目の前の大事な2人の友を救うために、波原小春がどれだけ活躍したのかを、最初から最後まで細大もらさずに話して聞かせよう。
その時には、多少は盛ったって許されるだろう。きっと2人は身を乗り出して、目をキラキラさせながら、その顛末に聞き入ってくれるに違いない。時には大笑いしながら、時には感動で瞳を潤ませながら。
(それまでは絶対にダメだ)
それからの私は、自分から二人との距離を置くようにした。最初の頃のように2人と行動を共にする時間が増えれば、修行もクローン人間の事も、自分の中でどんどん比重が軽くなりそうで怖かった。3人で参加した体育大会があまりにも楽しすぎて、私の心を惑わせもしたのだが。
(この寂しさも、あと一ヶ月の辛抱。気付いた時には、全てが終わっているはず)
少し離れたところから、いつも心配そうに私を見ている二人の視線が、今までと変わらずに仲良し3人組であることを、私に感じさせてくれた。それが、他の何にも勝る勇気の源であった事を、友哉と麻莉子に伝えられないのが一番辛かった。
(友哉、麻莉子。ありがとね)




