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第7章  10月(1) 

10月に入りました。

友哉はちょっとカワイイ感じで、小林はわけのわからないヒトです(笑。


読者の皆様。感想欄に、どうか励ましをお願いします!^^

☆☆☆

 目の前に座ってお弁当を食べている友哉は、さっきから落ち着かない様子で、顔色が赤くなったり青くなったり白くなったりしている。私は友哉お手製のお弁当をありがたく頂きつつ、そんな友哉の姿が面白くて、ついつい友哉に視線を走らせている。

「ぼ、ぼ、ぼくは、きっと人でなしなんだ……」

「で、でも、ぼくのこの全身に満ちる、かつて感じたことのない幸福感を、いったい誰が否定できるだろうか。いや、誰にもできやしない……」

 お弁当にろくに手もつけないまま友哉の独白は続いている。お昼休みが終わるまで、このまま延々と続きそうな勢いなのが面白い。

「友哉さぁ、さっきから一人で何をぶつぶつ言ってるの? 早くお弁当食べないと、お昼休みが終わっちゃうと思うけど」

 心配になって掛けた私の声に、友哉は我に返ったのか、ピクリと反応した。

「えっ? あっ、そ、そ、そうですよね。す、すみません」

「いや、謝ることはないんだけどねー。でも、友哉ったら、ホントにどうしちゃったのさ?」

 友哉が、目を白黒させる。

「どうしたって言うか、ぼ、ぼく、こうして小春さんと二人っきりでお弁当を食べている自分が嬉しすぎるって言うか……」

「うーーーん。友哉、その表現はさぁ、私的にはあんまり正しくないと思うんだけど」

 教室内、お昼休みでお弁当を食べている人たちは他にもいる。そんな中での『二人っきり』という表現は、決して正しいとは思えない。

「まぁでも、おしゃべりな麻莉子がいるのといないのとで大違いなのは、私も認めるけどね」

 実はここ最近の麻莉子は、私たちと一緒にお昼休みを過ごすことがめっきり少なくなっている。理由を聞いても、はっきりとした事は言わないのだが、どうせあの麻莉子の事だ。精力的に何かの情報集めでもしているか、もしかすると私たちにはナイショで、カレシができたなんて事も考えられなくはないだろう。

「小春さん、違います。ぼくが言ってるのは、そういう事じゃないんです」

「え?」

「ちょっと考えればすぐに分かる事じゃないですか。今のこの状況を幸せだなんて思ってしまうぼくは、まるで麻莉子ちゃんがいない事を喜んでるみたいで……」

「友哉、大丈夫、あたし、そんな事、ちっとも思ってないから。友哉がそんな人じゃない事くらい、分かってるよ」

 しかし、友哉は私の言葉なんか、まるで聞いていないようだった。

「だから、そんな……そんな、人として浅ましい気持ちが自分の中にあるって事が……。ぼくは、ぼくはっ、そんな自分が許せないっ!」

「そうなの、友哉。そんなもんなの? あのさぁ、ちょっと深呼吸してみようよ」

 落ち着かせようと思って言った私の言葉は、さらに友哉を熱くさせただけだった。

「そんなもんなんですっ! 小春さん、麻莉子ちゃんはぼくたち3人の仲間じゃないですかっ! ずっと一緒の仲良し3人組だったっていうのに! それなのに、ぼくは、ぼくは……」

「だって友哉、一緒にお弁当を食べなくたって、今も仲良し3人組みなのは変わってないよ? 何でそんなに自分を追い込んでるわけ?」

 私には、麻莉子がこの場にいない事が、なぜにそんなに問題なのか、どうしても分らない。

「あぁ、それなのに、それなのに。麻莉子ちゃんがいない事が辛いはずなのに、その一方でぼくは、こっ、こっ、小春さんと二人でこうして向かい合ってお弁当を食る事がこんなにも嬉しいんですっ!」

「……?」

 友哉は、ますますヒートアップ。声もどんどん大きくなり、私としても周囲の目がだんだんと気になり始めるところではある。

「しかも麻莉子ちゃんは、最近、どうも妙に様子がおかしいんです。小春さんだって、感じているんでしょう? 麻莉子ちゃん、絶対にぼくたちに何かを隠してますよね!?」

(そう、なのか?)

「なのに、そんな麻莉子ちゃんの事を、いなくて嬉しいと感じているぼくは、ぼくはっ……」

 もう誰にも友哉を止められない。

「大丈夫だよ、友哉。麻莉子のことだもん、あれで結構やり手だしさ、ほっといたって問題ないよ」

「そんな事、ありませんっ! それは、麻莉子ちゃんのことをまるで分かっていない発言です! 小春さんは、これまでいったい麻莉子ちゃんの何をみてきたんですかっ? 麻莉子ちゃんを放っておいた事で、取り返しの付かないことが起きたらどうするんです? 何かが起こってからでは遅いんですよ!!」

 なんだか……ハナシがどんどん大きくなってないか?

「分かった、分かったよ、友哉。私が悪かったってば。友哉の言ってる事はよぉ~く分かったからさ、ますば少し落ち着こうよ。みんなもこっちを見てるじゃん」

「落ち着く? 小春さん、何言ってるんですか。ぼくはいつも通り、冷静ですっ!」

(ダメだ、こりゃ……)

「それに、みんなって何ですか? みんながなんだって言うんです? 小春さんは、他人の目を気にして生きてるんですかっ?」

 話の中心がどこにあるんだか、もう分からない。どうやってこの場を収めれば良いものか。

 と、そこへ、いつの間にそばに来ていたものか、桐生が私たちに声を掛けてきた。桐生は、私たち二人にだけ聞こえるように、一言だけ告げて立ち去っていく。

「小春。それじゃ、放課後にまた生徒会室で」

 その言葉を聞いた途端だった。

 これまでの勢いはどこへやら、友哉は急に別人になったように無口になり、かつて見たこともないような男らしさで、大口を開けてお弁当をばくばくと食べ始めたのだ。

(いったい、なんのおまじないだったんだ?)

 『狐につままれた』というのは、こういう事を言うのだろうか。ここに麻莉子がいたら、なんて言ったんだろう。

(やっぱり小春ちゃんは、にぶちんだなぁ、ってか?)

 二人にどういう心の流れがあったのか理解不能だったけれど、とりあえず私も、おいしいお弁当を食べることに集中できたのだった。


 そうして、星杜学園の10月も、どんどんと過ぎてゆく。



☆☆☆

 私は再び占研を訪れている。

 本題に入る前に、軽く世間話などするつもりで、大福グッズの事を小林に質問していた。

「それじゃ新聞部の方から、やはり申し出があったんですね」

「そうなんだよ。僕も突然の事で驚いたんだけどね。なんでも、新しい校則のために必要だからって言うし、大福も結構人気もあるようだから、ご自由にどうぞって承諾したのさ」

「結構な人気ってもんじゃないですよ。めちゃめちゃ人気あるの、小林先輩は知らないんですか?」

「もちろん知ってるよ。僕の分身みたいな存在だから嬉しい限りさ。まぁ、僕が占っているんだから、的中率は高いしね」

「ところで……小林先輩。先輩は、新しい校則に関連する大福グッズの制作には関わったりしたんですか?」

「いや、あれには関わっていないよ。あ、でも、波原さんに渡している大福グッズは、正真正銘の僕のオリジナルさ。とは言っても、外注だけどね」

「ふふ、外注なんですか」

 私の脳裏にふと、小林と廊下で口ケンカをしていた鈴木さんの姿が浮かんできた。

(案外、本物の大福グッズ制作者は鈴木さんだったりして)

 そんな事を思ったりする。私がクスッと笑うのを見て

「大福グッズが外注なのは、面白いかい? それにしても新聞部の連中もわざわざそんな事に手を貸すなんて、よっぽど暇なんだろうね」

 小林はそう言って破顔する。

「そんな簡単に小林先輩は言ってますけど、その校則が発布されるや否や、大福グッズは大人気で、中庭は連日ぞろぞろと星型に歩く生徒で溢れてましたよ。中庭の芝生ときたら、生徒たちの歩いた跡で星型に禿げてましたもん」

「僕はそのあたりは別に興味はないんだよね。ぼくの興味を引いたのは、大福の著作権料として新聞部から貰った菓子折りだけさ」

「菓子折りっ!?」

 私の反応が早かった事に恐れをなしたのか、小林は慌てて付け加える。

「もちろん全部おいしく食べたけどね」

「……」

 失言したとでも思ったのか、小林が視線をそらしてあらぬ方向を向いているので、そろそろ頃合いかと思い、持参した1枚の紙を小林の前にそろりと差し出した。


 約束の星が近づき、深きに眠れる力は覚醒する

 互いに呼び合うものが無となりし時、大いなるもの発露せり

 そが目覚めしより、生は生に、死は死へと返り

 新たる100年の時を刻み始むるなり

 

 何も言わずに、すと紙と取り上げた小林は、その文字にさっと目を走らせると、急に真顔になって、ややしばらくの間、その紙を凝視していた。

(やっぱり……何かを感じている?)

 占研の部室は、秋も近付いてきたせいか多少爽やかな感じがする……事はなく、なんだか空気が濃度を増して重くなったような気さえしてくる。

(小林の雰囲気が変わったせいか――?)

 何度か黙読したようだった小林が、ようやくと顔を上げると口を開いた。

「波原さん、この詩はどこから?」

「……」

「って聞いても、答えて貰えないだろうから、あえて聞かない事にするけどね」

「ハイ、ごめんなさい」

「つまり。波原さんがここを訪れて、これをぼくに見せたってことは、この文章について僕の感想を聞きたいって事だよね? 別に大福の話をしにきたわけじゃないんだろうし」

 小林には、私の目的などとうの昔にお見通しだったんだろう。今さら誤魔化す必要なんてどこにもない。

「実は、どんな意味があるのか分からなくて困っているんです。小林先輩に透視して貰った学園の未来に関係があるんだろうとは思ってるんですけど……。それと、今年中に何か大変な事が起きるだろうっていう事もなんとなくは分かるんですけど、それ以上は何も……」

 私は正直に答えた。

「で?」

「は?」

 小林が、目を細めて私を見つめている。その瞳に射すくめられ、背筋に一瞬電流が走るような感覚を覚える。

(この人は、つかみどころがない)

 桐生と修行を積んでいる私は、最初に小林と会った頃とは比べ物にならない程、自分の力をコントロールする能力が高まっている。気を感じたり操ったりする技術に関しても、あの桐生から多少褒められる程度には、いい線まで到達しているはずなのだ。

 それなのに。

(どうしてなんだろう)

 小林が纏っている気は、よくわからないままだ。重い空気感や小林の周りの濃密な気を、感じる事くらいしかできないできる。

(不思議だ)

 そんな私の思考をさえぎるように、小林が話しを続ける。

「波原さん。僕は、この詩を読み解けばいいのかい?」

「えっ? 小林先輩は、この詩が何を意味しているのか分かるんですか!?」

「いや、もちろん今のままじゃ分らないよ」

「えっ……と?」

「波原さんの未来を透視してみようか、って提案だったんだけどね」

「透視……ですか」

「そうすれば間違いなく、この詩の意味するところは分かると思うよ」

 私は透視をして貰っていいものかどうか迷っていた。返答に困って、しばらく黙りこんでいた私だったが、そんな様子を見かねたのか小林が笑う。小林の周りの空気が、ふっと軽くなった。

「あはは。波原さん、ごめん、ごめん。ちょっとイジワルな事を言っちゃったようだね」

 破顔した小林の表情が急に人懐っこくなった。

「透視しようかなんて言ったけど、以前に波原さんに告げた言葉通り、ぼくは波原さんを透視するつもりはないんだよね」

「はい。私も見て貰おうかと思って、一瞬心がぐらつきました。未来は、分かっちゃいけないですよね」

「うん、そうだね。波原さんはやっぱりとても正直で、ステキな人だ」

「えっ……、なんでそうなるんですか」

 褒められる事が、苦手で恥ずかしい人は少なくないと思うが、私もその一人ではある。顔が赤くなってたりしないか心配になる。

「そうだなぁ。増幅したり減衰したりする力を、学園内で感じ続けてはいるんだけど……波原さんにもいろんな力が増しているようだね。最近の生徒会室辺りの気の流れっていうか、パワーは普通じゃないな」

 小林は、私の修行について、気の強さや流れでうすうす感じているんだろう。

「しかもね、最近は、この学園全体で何かが動き始めているようにも思えるんだけど、波原さんは何か感じてないかい?」

「えっと……あのぅ」

 そう小林に言われてみれば、確かに学園内の気が少しばかり歪んでいるかもしれないとは思うのだが、言葉を変えて言えば、私の認識はその程度でしかないという事だ。

「それじゃね、波原さん。せっかく君がここに足を運んでくれた事だし、特別に、僕が今の段階で分かることを君に話そうかな」

 やはり小林は、学園の近い未来を知っているのか。

「波原さん、この詩はね。まさしく君個人の未来を暗示する詩だよ」

(私の未来……?)

「そして嬉しい事に、僕が波原さんを透視した時に見た未来に、間違いなく進んできているね。うん。僕の透視は、どうやらここまでは正しいようだ」

「そう、ですか」

「そうそう。そして、これは波原さんのせいじゃないんだけど……違う未来へ進むための分岐点を、どうやら見逃してしまっているね。ってことは、ここまで進んで来たことは必然だった、って事なんだろうな」

「それは、つまり、この先、何も起こらない普通の未来は訪れないって意味ですか?」

「そうだね、ここまで来てしまってはね」

「……」

「僕には詳しい事は分からないけれど、波原さんは、いろんな事を知りすぎたのかもしれないし、力をつけすぎたのかもしれない。でもそれは、僕の見た未来へ進む過程である以上、しょうがないことだと思う」

 小林の言う事を信じるならば、私は違う未来に進むための選択を逃したらしい。

 ということは、大変な事が起きる未来を、私が招いてしまったという事なんだろうか。

「あぁ、違うよ。波原さんのせいじゃない。やっぱりぼくの見た未来が、本当の未来だってことさ」

(本当の、未来)

「そしてここからは、波原さんや生徒会の人間にとって、とても重要な事」

(生徒会の人間?)

「よく聞いてね。その日はね、間違いなく12月24日だよ。うん、だからそれまでは大丈夫、せいぜい準備を整えておくんだね」

 小林は、そう断言した。反射的に口を開きそうになった私を、小林が封じる。

「なぜわかるのか、って聞くのはナシだよ。ぼくも、波原さんが持ってきた詩の出所は聞かなかったろう?」

 そして小林の次の言葉は、私に多大なるショックを与える事になる。

「でね、波原さん。よく聞いて欲しいんだけど」

「はい」

「僕と君が会うのは、今日が最後だ」

「え? それはどういう――」


「これから星杜学園は、怒涛のように一つの未来に向けて突き進んでいく。君はもう、僕に会いにきてはいけない」

 

 それほど頻繁に小林の元を訪れていたつもりもなかったし、これからもそのつもりだったというのに、会いたくても会えないという事は、私にとって打撃だった。

「なぜですか」

「なぜ、か。そう聞かれるとなぁ」

 逡巡していた小林は

「そうだなぁ。波原さんに納得してもらえる答えは、今の僕にはできそうにもないから……僕の方の勝手な都合、ってことで理解して貰えるとありがたい」

そう言うと、すっとその顔は無表情となり、小林は、私との間に透明な幕を一枚降ろした。


 占研の部室を出る時に一つずつ受け取っていたオリジナルの大福グッズは、今日は私の手にはない。大福グッズを持っているいう事実が、どれほど私の心を支えていたかを始めて知る事となった。


(もう小林と話す機会は無いんだ)

 

 部室から出て廊下を歩く私は、心が崩れ落ちそうになる自分に気付いて、心細さを感じずにはいられなかった。


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