第6章 9月(2)
少しずつ、雰囲気が出てきます。
今回は、え? まさか桐生が……という展開になってます(笑。
☆☆☆
2学期が始まって、似たような毎日が過ぎている。
友哉と麻莉子も、学業や部活などに精を出して青春を満喫しているし、私は私で放課後は生徒会室に通う日々だ。
友哉と麻莉子は、その後、閉鎖棟で発見した日記の内容について話題にする事はなく、2人を巻き込みたくないと思う私にとっても、その事は好都合でもあった。3人で日記を発見して解読した事が、だんだんと遠い過去になっていくようで、寂しくないと言えばウソにはなるけれど。あまりにも現実離れしていたので、2人は真剣に考える事が怖くなったのかもしれない。
(3人の間では、このままでいい)
その分、私と桐生や早水坂との関係が太くなっていくのは、しょうがない事だったろう。
9月下旬の期末テストが終わったある日のこと。
学食でお昼を食べていた時に、麻莉子のいわくありげな発言から、話は始まった。
「いい? これから話す事はねぇ、発表前のトップシークレットなんだから、まだ二人とも口外しちゃダメなんだからねぇ」
一番口が軽そうな麻莉子にしては慎重な話出しに、ちょっと興味をそそられる。
それにしても、いつも不思議に思うんだけど、麻莉子はいったいどこから情報を仕入れてくるんだろうか。しかも今回は発表前とかって言っちゃってるし……。
やはり麻莉子、侮りがたし。
「麻莉子ちゃん、今日は何のハナシなんですか。ぼく、麻莉子ちゃんの話には、いつもわくわくさせられちゃってるんですよー」
「うん、じゃいぃい? 二人とも、耳の穴、よぉくかっぽじって聞いてよぅ」
(耳の穴かっぽじって……だなんて)
麻莉子らしからぬ言葉使いに、少々和む私ではある。
「まぁ明日かあさってには分かることなんだけどねぇ。今回の期末テストの結果なんだけどぉ」
そこで友哉が、思いっきり反応する。
「えっ!? 麻莉子ちゃんっ! とうとうぼく、桐生くんを抜いて1番ですかっ!?」
麻莉子の会話からなぜそういう流れになるのか、友哉の思考がよく分からない。
私が想像するとしたら、この展開だと。
「もしかして……私、また再試?」
残念ながら、私も、友哉と似たような発想だった。
「違う、違う。二人ともまるでダメダメだよぅ。ちっとも麻莉子の域には到達できてないなぁ~。これから話すのは、3年生のことだもん」
(3年生の?)
なんで、ここで3年生の話題になるのか見当もつかない私に対して、友哉は驚いたふうで麻子に問いただす。
「えっ? 麻莉子ちゃん。3年生のテスト結果の事って、それって、もしかすると」
「そうそう、友哉くん、そうなの、そうなんだよぅ。あの校則が出来て以来、始めての事だからって、関係者の間でも上を下への大騒ぎになってるみたいでさぁ」
「???」
私だけが話に乗れないのが、ちょっと悲しい。
「あのぅ、お二人さん。いったい何のお話で?」
「あっ、小春ちゃん、ごめんねぇ。小春ちゃんがにぶちんなのは、小春ちゃんのせいじゃないもんねぇ」
(……)
「麻莉子さ、それイヤミ? それとも私に対する挑戦? 売られたケンカは、例え相手が麻莉子だとしても、私は買うよ?」
「小春ちゃんったら、いやだなぁ~。これはお約束じゃないのよぅ」
(そんなお約束なんて、知りませんて)
「小春ちゃん、なんとねぇ、今回の期末テスト、トップを取ったのは生徒会長じゃないみたいなのぉ」
「うん。それはなんだか、マズイ予感がしなくもないですよね」
これは友哉の返事だ。
「それが何か?」
これは私の返事。
そして二人の視線が集まる。
「小春ちゃん。生徒会長の学年ではぁ、テストで1番をとった人が、暫定で校則を発布できるっていう星杜の伝統は覚えてるぅ?」
(あっ!)
麻莉子に説明されるまで、私は本当に忘れていたのだ。
確か、代々生徒会長が主席を守ってきているので、おかしな校則が発布される事もなく、当たり障りのない伝統なのだと、いつだったか麻莉子が話していた言葉を思い出す。
(前回は早水坂が1番で……発布された校則は、たしか、笑う角には福来る、だったか)
「麻莉子ちゃん。ちなみに誰が一番をとったんでしょうか?」
「それがね、友哉くん。圏外からいきなり、らしいんだよねぇ」
「圏外っていうことは、これまで10位以内には入ってなかった人なんですね?」
「うん、そうみたい。つまり大穴みたいなんだよぅ。なんだかねぇ、カンニングでもしたんじゃないかって、センセーたちの間でも大変なことになってるんだってぇ」
だから何だと言うんだろうか。さっぱり私には分からない。
「えーーーーっと、それってさ。そんなに大変な事……なのかな?」
私の素朴なこの質問は、的外れだったのだろうか。二人に一瞬緊張が走るのが分かった。
ところが。
「そんな事はぁ、麻莉子にだってよくわかんないなぁ~」
「はっ?」
「だってさぁ、誰が一番なのか分からないんだもん。その人がどんな校則を考えるかなんて、想像もつかないしぃ。っていうか、誰なのか分かったとしても、同じ事だけどさぁ」
「そうですね、まぁ確かに麻莉子ちゃんの言う通りでしょう。その人が良識ある人なら、おかしな校則を発布するなんてことはしないでしょうし、学園内で特に騒動が起きる事もないんじゃないでしょうか」
「ってことは、この結果がどうなるかは予想がつかないんだ?」
「うん、もちろんそうだよぅ。麻莉子、預言者じゃないもーん」
「……」
それじゃこの話の流れは、いったいどこに至るんだ?
「麻莉子さ、もったいぶったこの話のオチは何なの?」
「小春ちゃんってばぁ、もぅ~。オチなんて何もないんだよぅ。麻莉子は、ただ生徒会長が1番じゃなかったってことを話したかっただけなんだからぁ~」
(なんだ、それ?)
「小春さん。どっちにしてもあと数日でこの件についてはハッキリするでしょうから、ここはヒトツ、楽しみに待つことにしませんか。意外とセンスある校則が発表されたりするかもしれませんよ」
そして私たち3人は、久しぶりのメガ盛りオムライスを仲良く食べ続けたのだった。
さすがの私も、暑さで食欲が多少減退していたため、今日のところは3人一皿で十分だった。蛇足ではあるが、友哉と麻莉子の2人は、合わせて1人前も食べられず、私が2人前以上食べた事にはなるんだけど。
☆☆☆
その日の放課後、いつものように生徒会室へ直行した私は、いつものように元気よく生徒会室のドアを開けた。
「こんにちは~!」
そう言って足を踏み入れた私だったが、生徒会室にいた会長と副会長のただならぬ様子を目の当たりにし、反射的に
「……失礼しましたぁ……」
と言って、踏み出した一歩をやおら後ろへと戻す。そのままドアを閉めようとしたところへ、いつの間に来ていたものか、後ろに立っていた桐生に、私は後頭部をパコンとたたかれた。
「いたっ!」
そう言って振り返った私に向かって、桐生は
「何をぐずぐずしてるんだ。邪魔だ、早く中へ入ったらどうなんだ」
そう一言言い放ち、私の横をすりぬけて生徒会室の中へ入っていこうとする。
(だから、今はマズイんだってば!)
が、そんな私の心配をよそに、桐生と早水坂は普通に会話を始めた。
「波原が入り口で固まってるぞ。いったい二人で何してたんだ?」
「いや、な。小春くんが入って来た時は、ちょうど琴音が眩暈を起こして倒れそうになったんで、彼女を抱えてた時だったんだ。まぁ誤解されても仕方のないシチュエーションではあったかもしれないが」
(よろめいたところを抱きとめていた瞬間?)
いや、私は騙されない。だいいち、あの瞬間の生徒会室内は、そんな雰囲気じゃなかった。たとえ私が、自他共に認める空気の読めない人間なのだとしても、この波原小春、気の感覚・流れだけは敏感に感じられる事を忘れて貰って欲しくはない。
とはいえ、しかし、ここは大人になってヒトツ騙されたフリをしておこう。二人が恋人同士であったって、なんの問題もないんだから。
「そうだったんですか。私ったら、はやとちりしちゃったみたいですね」
こうして人は、大人の会話を身に着けていくのだ。なんだかそれもせつない気がする。
「ところで、あのぅ。なんで今日は皆さん、おそろいなんですか?」
とりあえずこの点は知っておかないと、こちらの心の準備もできないというものだ。
「あら? 桐生くん、波原さんには伝えてくれなかったの?」
藍原さんの言葉に、桐生が答える。
「前もって話しておいたら、波原は絶対に来ないだろうと思ったんでね。こいつは、ニブイ反面、変なところで当たりもしない裏読みをして、早とちりする傾向があるからな。あえて話さなかったんだ」
「なに? いったい何のこと?」
私の中で、不信感のバロメーターが一気に跳ね上がった。
「そんなに警戒しないでくれ、小春くん」
早見坂の猫なで声が、これまた私の不信感を増大させる。
「いえ、警戒してるワケじゃ……」
思いっきり警戒警報が鳴り響いていますけれど。
「実はな、小春くん。これは琴音の発案ではあるんだが、今日は小春くんと誠也の慰労会を開こうと思ってな」
「慰労会……ですか?」
「表向きは一応そういう事になるな」
「はいっ? それじゃ裏向きっていうのは、なんなんですかっ!?」
「波原さんったら、それを聞くのはヤボってものよ」
(ヤボってなんですか、ヤボって??)
藍原さんの、そんな意味ありげな言葉は、不信感に加えて私に不安感まで与えた。
そして、そんな私に、桐生の言葉。
「波原、そんなに深く考えなくてもいいんじゃないか」
いつになく優しい響きは、藍原さんから受けた私の不安感を4倍増しにする。3人が3人ともアヤシイ。
「小春くん、今日の修業は休みだ。今日は4人で、冷たいものでも食べながら、ざっくばらんにいろいろな話でもしようじゃないか」
(この、どうしようもない違和感は)
とはいえ、藍原さんが着々と準備するアイスクリームやら冷たいジュースやらお菓子たちは、私の気持ちを懐柔するのに十分すぎるほどの魅力を放っている。
「波原さん、このロールケーキはね、ネットでしか注文できないものなの。それもね、注文してからも順番待ちの人気商品なのよ。昨日やっと届いたところ。それで、届く日に合わせ4て人で食べようと思って、会長と打ち合わせていたというわけ」
藍原さんの白くて細い指が、次々とテーブルに食べ物や飲み物をセッティングしていく。本来ならば下級生が率先して手伝うべきなのだろうが、藍原さんの優雅で繊細な仕草に、私は思わず見惚れてしまっていた。藍原さんの周りにだけは、涼しい風が吹いてるように思える。
それなのに私はと言えば、藍原さんと同じ女性でありながら、全身から吹き出す青春の汗にまみれてすっかり臭くなっているような気がして、居心地が悪い事と言ったら。
「波原、なにボーっと突っ立ってるんだ。おまえも女なら、藍原の手伝いくらいしたらどうなんだ」
桐生の言葉にはっと我に返る。
(そうか。桐生は本当なら早水坂と同じ3年だから、2年の藍原さんを呼び捨てにしてもいいんだ)
などと関係ない事を、私が思い巡らせていたところ。
「桐生くん、大丈夫よ。波原さんは座っててちょうだいね。こんな事くらいしか私には出来ないんですもの。お二人は毎日修業で大変なんだから、今日は心身ともにゆっくり休めて貰いたいわ」
そしてにっこりと微笑むその表情、そんな顔を見れば、誰でも藍原さんを好きにもなるだろう。
私でさえも、思わず好きになりそうになったが、頭の中で警鐘が鳴り始める。
(いかん、いかん。藍原さんは、見た目に似合わずけっこう非情な人なんだった。合気道は有段者で、なんたって、冷血・傲慢早水坂会長の片腕としてバリバリ働いているくらいなんだもんね)
頭をぶんぶんとふって、藍原さんの妖気を振り払う。
そうしているうちに、慰労会、もっと分かりやすく言うならば『納涼お茶会』は始まった。
「うーーーーん、これ、絶品!」
藍原さんが取り寄せたというロールケーキを一口食べて、そのとろける美味しさに私は舌鼓を打つ。
世の中に、美味しいものがあるという幸せを全身で実感するひと時だ。
とは言え、桐生や早水坂が、甘いものを普通に食べているという光景は奇異に映る。
(2人にはなんだか似合わない)
桐生を見ていた私の視線に気付いたのだろう。
「波原、俺が甘いものを食べるのはおかしいか?」
「そ、そんな事、言ってないじゃん」
「そんな顔して見ていたからな」
桐生に突っ込まれて、しどろもどろになる。
「まぁ待て、誠也。だいたい誠也は、普段からそんな物言いばかりだから、小春くんに嫌われるんだぞ」
早水坂に口をはさまれて、桐生が慌てている。
「いきなりなんだよ。恭一こそ、甘いものを食べている生徒会長の図なんて、ファンの女子生徒たちは見せられないんじゃないのか」
「ファン? 私が甘いものに目がない事は、誠也だって知っているだろう。なんたって琴音の手作り菓子は、最高においしいからな」
(これは納涼おのろけ大会なんですかね?)
「はいはい。それはそれは、ごちそうさま」
さすがの桐生もちょっとあきれ気味に見える。
ここで、早見坂は桐生に話を振った。
「それで誠也、おまえの方はその後どうなんだ」
「どう、って、何がだ」
「小春くんに、桐生家の人間になってくれって頼んだんだろう?」
思わず口にしていたジュースを噴出しそうになる。
「な、な、なんでっ? いきなり、なんでそんな話題がっ!?」
その後の桐生の話しぶりは、いつもと違ってキレが悪かった。おまけにため息までついている。
「やっぱりな。……そんな事だろうとは思ったんだ。お前が、慰労会を開くなんて言い出した時から、なんだかイヤな予感がしてたんだよな」
桐生は、バツが悪そうにしている。ように、見えた。
「ほぅ、誠也。私に向かってそんな口を聞いてもいいのかな。久遠麻莉子くんと中庭デートしてくれって泣いて頼んできたのは、どこのどいつだ?」
「恭一、おまえ、なにもここでそんな事言わなくても……」
(なんで麻莉子の名前が出てくる?)
私のまわりに?マークが飛び交っている。
「桐生、今の会長の話はどういうことなの? ちゃんと説明してよ」
だがしかし、『都合の悪い事はだんまり』の桐生が発動したようだった。
藍原さんがさらっと口にする。
「夏休み明けに、波原さんのクラスでちょっとした事件があったんでしょう?」
(あっ……!?)
「恭一、おまえは藍原にそんな事まで話してたのか?」
「誠也、私を責めるような発言だがな。琴音に黙ったままで他の女性とデートする事は、私には出来ないしな」
(おおおっ!? これで、二人がつき合っているのが確定したかっ!?)
二人が付き合っていることと、夏休みが明けた日のことがごっちゃになってぐるぐる回っている。
確か、麻莉子が、桐生と婚約の約束をしたのかと聞いてきたあの日、最後の方で桐生が麻莉子に何かをささやいていたが、多分それに関係することなのだろう。
「本当に恭一と藍原にかかったら……」
桐生が肩を落として、再びため息をついた。
「あの時は、それが最良の納め方だったんだよ。あの占いについては、久遠の言った事がほぼ正解だったのは、波原だって認めるだろう?」
(麻莉子の言った事が正解って、なに!?)
桐生は、気でも違ったんだろうか。何を言ってるんだろう。
「へっ!?」
「が、それを皆の前で認めてしまえば、波原にも俺にもいろいろと面倒な事が起きてくるのは目に見えていたし、あの時は一応否定してみせる必要があったんだ。波原の対応は、波原にしては珍しく正解だったし、ダメ押しの意味で、俺が恭一とのデートという人参をぶら下げて、久遠に最終的な火消し役をさせた」
(なんだって? なんだって、なんだって??)
桐生の今の話は、私の認識とは違う、断じて違う。
「あら桐生くん、そういう事だったの? でもね、本当のことなら否定する必要もなかったじゃない。返って、波原さんに男性が近寄って来なくなるから、認めた方が良かったように私には思えるけど」
藍原さんの言葉は、桐生の話が正しいという前提での発言だ。
「待って下さいっ! 桐生の話は違ってます! 占いの内容は、私と桐生には何も関係ない事でしたし、一応否定してみせたんじゃなくって、麻莉子が言った桐生との婚約話は、間違ってもありえないハナシだったんで、私は否定したんです!」
「誠也、小春くんが全力で否定しているぞ?」
会長と藍原さんがクスクスと笑う。
そこへ桐生。
「波原」
「な、なによ?」
「あの日、おまえは、桐生家の人間になると俺に約束したのは認めるな」
「それはまぁ、したことはしたけど……」
「ほら、みろ」
桐生の勝ち誇った顔が。
「ということは、ちゃんと分かってるって事じゃないか」
「は?」
そして、かつて見た事のないような優しい表情の桐生が、かつて聞いた事もないような優しい声で。
「おまえがいくら鈍くたって、これまで長く濃密な時間を俺と一緒に過ごしてきたんだ。薄々は感じてくれているんだろ?」
(こんな桐生は、不気味だ……)
「いったい何を感じれば良いわけ?」
桐生は、やれやれという感じで。
「そうか。この2人の前で、おまえはどうしても俺の口からはっきりと言わせたいというんだな。ならば、よかろう」
(なんなんだ、この展開?)
「あの時、俺が桐生家の人間になれと言ったのは、プロポーズの意味を込めていたんだが」
「……いっ!? ぷ・ぷろぽおず??」
「そして、おまえはそれを受けてくれた」
早水坂と藍原さんが拍手喝采、クラッカーを鳴らしたような気もするが、その瞬間、私の意識はスパークしてブラックアウト、その後で何がどうなったのか、記憶の中には一切残っていない。




