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第5章  8月(3)

小春が、桐生から秘密について聞くシーンになります。

二人のこれからの関係が、垣間見える最初の出来事でもあります。

これからの二人の関係にご期待下さい(笑。

☆☆☆

 体調の回復した桐生との修行の日々が再び始まったが、私はなかなか生徒会長から聞いた件について、桐生に尋ねる機会がなかった。というのも、それからというもの、桐生の機嫌がいつにも増して悪かったからだ。

 体調のせいなのかもしれないし、他に理由があるのかもしれないけれど、尋ねる時期を誤ってしまった暁には、二度と桐生からは話しを聞けないという事は、これまでの経験上、私にはよく分かっている。桐生は、話さないとなったら何が起きても話さないヤツなんだ。

 

 その日、修行に入る前のこと。

「波原」

 いつものように桐箱に収められている石を準備していた私は、桐生に話しかけられる。

「なに?」

 とくに桐生を見る事もなく返事をしたが、桐生が次の言葉をためらっているような気がして視線を送る。

「数日前、俺が体調を崩した日なんだが」

「あ? あぁ、そんな日もあったね」

 数日前の話しではあったが、適当に流す。

「その日は、なんだ、その、恭一が、会長が波原の修行につきそったんだろう?」

「そうだよ」


(この流れは、もしかすると、桐生に話しを聞けるんじゃない?)


「あいつ、おまえに何か余計な事を言ったようだな」

 すでに会長から話しを聞いていたらしい発言に、多少気が楽になる。

 今なら、桐生にも学園の秘密に関して何か質問しても大丈夫な気がする。

「でね、その事なんだけど……」

 と、話し出した私の言葉が、桐生の言葉とかぶる。

「波原。あいつが言った事は忘れてくれ」

(えっ? それは、自分には何も聞くなって意味ですか!?)

 私は出鼻をくじかれてしまい、動揺する。せっかく桐生からの話しを聞いた上で、総合的に判断をしようと目論んでいたのに。

「別に俺は、あの日、おまえの顔なんて見たかったわけじゃないんだ」

「私の……顔?」

 桐生は、いったいなんの話をしようとしている?

「俺は、おまえを一人前にする責務を担っている以上、その義務感からあの日も来ようと思っただけだ」

「え、なに?」

「……」

「そんな事、分かってるよ?」

 桐生の眉間に一瞬シワがよった。

 

 私は意を決して尋ねてみることにした。

「それよりも桐生。会長が学園の秘密について私に話してくれたのは……聞いてる?」

 ふっと息を吐いた桐生が、いつもの桐生の顔に戻るのが分かった。

「あっ、ああ。恭一から聞いた」

「なぁんだ。じゃ、もっと早く桐生に話してみれば良かった。なんか桐生、ずっと機嫌悪そうだったから、話しのキッカケをつかめないでいたんだよね」

「機嫌悪そうだった? 俺が?」

「そうだよ。いつにもまして顔つきが冷たいっていうか、恐ろしいっていうか」

「おまえは……。いったい俺のことをなんだと思っているんだ」

 桐生は何やらため息をついたように見えた。

「はぁ。確かに恭一の言うとおり、おまえはよほど鈍いらしいな」

「は? いきなり何?」

「なんでもない」

 会話がかみあっていないような、かみあっているような。


「わかった。で、その件に関して、俺にも聞きたい事があるってわけだな」

「うん。そう」

「よし。それじゃ聞いてみろ。答えられるものだけ答えてやる」

「ホントに!?」

 科学者の子孫として、桐生家だけが持っている秘密なんてものもあるんじゃないだろうか。早水坂家に代々語り継がれてきたように、桐生家だけに語り継がれてきているような事が。

 私はそんな部分を聞いてみたいと思っていたのだ。


(とりあえず日記の事は、桐生にも話さない方がいいよね)


 それからしばらくの間、話しを聞いていたが、早水坂の話しと桐生の話しはおおむね一致していた。桐生と早水坂がお互い打ち明けあったそうだから、当然の事ではあるだろう。

 私は桐生に尋ねる。

「あのさ。桐生のひいおじいさんが内緒で実験を続けていたらしいって、早水坂家には伝わっているみたいなんだけど……ホントのところってどうなの?」

「ホントのところ、っていうのは?」

「会長ね、実験の内容については話せないけど、それは決して人として許されることじゃないものだった、その実験は今でも継続されているらしくて、自分たちにはそれを阻止する義務があるんだって言ってたんだよね」

「そうか」

「会長も桐生も、実験内容については多少なりとも知ってるんでしょ? 」


(実は私も知ってるんだけど)


「深い意味はないんだけど、ほら、こういうのってさ、なんていうか立場が違うと伝わり具合も違ってくるもんじゃない?」

 はっとしたような顔で桐生が私の顔を見つめる。

「波原にしては、なかなか鋭い見方だな、それは」

「まぁねぇ。本当は、その実験内容についても聞きたいところなんだけど、そこは私が大人になって我慢してる事はわかってよね」

「そう……か」

 桐生は一言答えたものの、その後の言葉は続かなかった。


(早水坂と桐生の話しって、同じ内容なのに、どこか違うような気がするのはなぜなんだろう)


「桐生。あんたさ、もしかして実験に関して桐生家に伝わってきている事、会長には話してないんじゃないの?」

 桐生の顔が一瞬ゆがんだ。

 と思ったのは、見間違いだったか。

「二人が取り組んでいた実験って何? 桐生家には、その実験についてはなんて伝わってきてるの? 実験ってどこまで進んでたの? もしかして成功してたりするの?」

 桐生が沈黙を続ける。

(こういう時の桐生は、何を聞いても話してくれないだよね)

 私がそう思った時だった。

 私の意に反して、桐生が苦しげな口調で話し出す。

「おまえが言った通り……早水坂家は、その後の実験のことは何も知らない」

「でも……桐生家には伝わってきてる、んだね」

 桐生が燃えるような瞳で私の顔をじっとみつめる。桐生のこんな瞳を見るのは始めてだ。


「波原、これが最初で最後だ。こうなってしまっては、もうしょうがない。お前には本当のことを話そう」

(えっ、いきなり、本当の事って!?)

予想外の展開になりそうで、ちょっと腰がひける。心の準備ができていない。

「ただし波原。この件は、誰にも漏らさないと約束してくれ。もちろん恭一にも、だ。俺が今からおまえに話そうとしている事は、桐生家以外の人間には漏らしてはならないという掟があって、俺は誰にも話したことがない」

(掟?)

 なんだか、だんだんとおどろおどろしい展開になってきているような気がするのは、私の思い違いだろうか。

「おまえが、一度興味を持ったものには、納得するまでとことん首を突っ込まないと気が済まない性格だってことは、俺には十分すぎるほどに分かっている」

「どうせ私は野次馬根性丸出しですけど、それが何か?」

「今、おまえに下手な動きをされる事で、好ましくない事態に陥ることだけは、どうしても避けたい。だから……背に腹は代えられない」

「下手な動きって、どういう意味よ!?」

「話してやろう」

 普段冷静沈着な桐生が、珍しく神経が高ぶらせている。

「待てよ。……サイアク波原が桐生家の人間になれば、掟を破ったことにはならないんじゃないか?」


(今、なんて言いましたかっ!?)


「桐生家の人間って、どういう意味よ!?」

「その覚悟を決めて貰えるなら、話して聞かそう」

「その覚悟って、どういう意味なのよ!?」

「どういう意味、どういう意味って……なんだ、おまえはバカのひとつ覚えみたいに。それだけの意味でしかないだろう」


 そうして桐生は私に話して聞かせてくれる事になる。

『二人が取り組んでいた実験は、桐生の曽祖父が一人で引き続き取り組み、その後ほどなくしてその実験は成功したのだ』と。


 桐生は、私がその実験内容を知らないという認識で話しているのだろうが、私は初代学園長の日記を読んでいたので、それがクローン人間生成実験である事を知っていた。

 なので、桐生の言葉を聞いた時に受けた私の驚愕と言ったら。

(ク、ク、クローン人間の生成実験って、とっくに成功してたってこと!? 初代学園長が心配していた通り!?)

 私の反応は、尋常じゃなかっただろう。

 でも、そんな私を見て、桐生がどう思うかなんて考える余裕なんて、その時の私にはまったく無かった。

(クローン人間がいたとしたら、いったい何が起きるっていうわけ?)


 決して他人には漏らしてはならないという掟を破って話してしまった桐生は、桐生家に伝わる秘密を淡々と語り続ける。

「今まで誰にも語ることがなかった桐生家の悲願。おまえはこれを聞く始めての他人になるってわけだな。それもまた一興か」

(私が、始めての他人になる)

「桐生家には、『大いなるその日が来る時、桐生の命ある者から特別に選ばれし者、偉大なる事業の担い手となり、その集大成に浴する栄光を受けるであろう』と言い伝えられている」

「桐生。大いなるその時っていうのは、もしかすると」

「そうだ、この学園が創立されてより100年後、つまり今年がそうだという事だ」

「でも早見坂会長は」

 桐生は、私の言葉をさえぎる。

「恭一は、100年後に実験が成功するかもしれないから、それを阻止したいと話していただろう?」

「そう」

「早水坂家に、どういう経緯でそういう伝わり方をしてきたのかは俺には分からないが、少なくとも100年後、つまり今年中に何かが起きるという認識は、早水坂家と桐生家で共通している」

「今年中に何かが起きる……」

「だから俺はそれを利用させて貰うことにしたんだ」

「え!? ち、ち、ち、ち、ちょっと待って、その発言、おかしくない?」

「なぜだ?」

「桐生は、学園を守りたいんだよね?」

「そうだが」

「それは、実験の成功を阻止したいという会長の思いと一致してるんだよね?」

「俺はそう思っているが?」

「それじゃ聞くけど、桐生は、桐生家の悲願を果たしたいんじゃないんだよね?」

「俺は桐生家の人間だが、曽祖父の実験については早水坂家の考え方と同じだと思って貰って構わない」

「じゃあ、もしかすると、それって……それって、桐生は、桐生家の人間としては……裏切り者になっちゃうってことなの?」

「……」

 桐生は答えなかった。答えないという事が答えだったのかもしれない。

 でも、桐生も早水坂も、曽祖父たちの実験の影響で何かを引き起こす事だけは阻止しようとしている。それは間違いない事だろう。


 私のとまどいに答えるかのように桐生が言う。

「頼むから、おまえが持つその力を早くコントロールできるようになってくれ。それだけが、100年後の龍底が現れる時に起こるだろう何かに、唯一対抗できることなんだ」

「……」

「波原が、修行にひたすらに取り組んでくれる事しか、今は打つ手がない。学園に生徒たちの気が満ちる時、その気に触発されて龍底が現れる可能性は高い。しかし、それが明日なのかあさってなのかは誰にも分からないんだ」

「早見坂会長は、100周年創立記念祭に目星をつけているようだったけど」

「俺もその可能性が一番高いとは踏んでいるが、それは、あくまで目星でしかない」

 

 桐生の話は分かったような、分からないような、でも一番分からないのは、なぜこの私がこの話に関わってきているのかだった。

「最後にひとつ」

「言ってみろ」

「どうして私じゃなきゃダメなの? 桐生だって力を持っているじゃない」

「それは……」

 桐生が静かに目を閉じる。

「まず一番の理由は、以前にも言ったと思うが、おまえの持つ気、操るパワーというものが、桐生家が宿す『陰』と真逆の『陽』であること。そして、おまえの秘める潜在能力がとてつもなく大きいことだ。そういうこともあって、仮に俺のパワーが波原に勝っていようとも、それが陰の気である以上、今回は役にたたない」

「今回は……?」

「桐生家の陰のパワーは、実験の集大成となるべき偉業の担い手となるための力だからな」

「桐生は、偉業の担い手になるわけ?」

 私には理解できない事ばかりだ。

「とにかく、おまえの力が必要だという事だけは変わらない。頼むから、恭一や俺の話しを信じてくれ」

 桐生の瞳が強く訴えかけてくる。


「それと、忘れるな。おまえは桐生家の秘密を聞いた人間だからな」

 

 そう言って、桐生はニヤリと笑った。


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