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第5章  8月(2)

ここから少しずつ、秘密が明かされていきます。それに伴い、人間関係も少しずつ濃密になっていくので、会話もなかなかに楽しくなります(のはず^^)。

☆☆☆


 今日は朝から雨が降っている。梅雨明けしたって雨が降る日はある。湿度が高いこの不快感は、何年経験しても慣れることなんてない。

「食べ物はすぐかびるしさ。おまけに身体もペタペタするし。でーもー。外に出ずに校舎にたどりつけるんだから、雨にあたることもないし、濡れなくて済むのはありがたい。傘なんて寮生には不必要~」

 などとひとりごちながら、今日も私は生徒会室に向かっている。私は大ざっぱな性格の半面、けっこう律儀な面も合わせ持っていたりするのだ。


 生徒会室の扉を引く。

「お疲れさまでーす」

 ところが、いつもは先に来ているはずの桐生の姿が今日は見当たらない。

 その代わりに、生徒会室には早水坂がいた。

「あ、会長。桐生はまだ来ていないんですか」

 ここは、早水坂に尋ねるのがスジだろう。

「どうやら誠也は昨夜から体調が悪いらしい。それでも無理して来そうな勢いだったので、私が来るなと厳命したんだ」

「そうですか」

 生徒会室で早水坂と二人っきりというこのシチュエーションは。

(これって絶好の機会なんじゃ?)

 今の私には、早水坂に聞きたい事が山ほどある。

「それにしても、誠也も自分の事になると不器用というか……まぁよほど小春くんの顔が見たかったんだろうとは想像がつくが」

 早水坂はそんな事をいいながら、くっくっと笑っている。

「会長、それはひどくうがった発言じゃありませんか? 桐生は、私の顔なんて、できるなら見たくないと思っているに違いありません。一緒に修業している私には、桐生の考えていることなんて手に取るようにわかります」

 早水坂が目を丸くして私の顔を見つめる。

「おやおや。なるほど、小春くんは、聞きしに勝るなんとか、のようだな」

「はい?」

 早水坂のなぞかけのような会話に、私の思考はついていけない。いいや、とにかくここは本題に入らないと。

「あの、会長。少し話しをしてもいいですか」

「ん? もちろん構わないが」

(そうだ、本題に入る前に……)

「では会長。あのですね……会長って、藍原副会長とはお付き合いをされてるんですか?」

「なんだ?」

「あ、いえ、その、深い意味は特にはなくて、なんていうか、藍原副会長は男子生徒の憧れの的で、私の友達もそうだったりするもので、一度聞いてみたかったっていうか……」

「それは、小春くんが私に興味を持っているという解釈をするが?」

(なんでそうなる!?)

「会長、その解釈はあきらかに間違っています」

 私はきっぱりと否定する。

「冗談だよ、冗談。小春くんからはフェロモンなんてものはみじんも感じられないからな」

(花の女子高生が、フェロモンがみじんも出てないなんて、そりゃすみませんでしたね!)

 ちょっとムッとくる。やはり、早水坂は嫌なヤツだ。

「申し訳ありませんでした。プライバシーに立ち入った質問をしてしまいました」

 質問を引っ込めたつもりなのに、会長は構わずに話しを続ける。

「琴音はね、本当にいい子なんだよ。なんといっても頭は切れるし、見た目とはうらはらに実行力も備えている。しかも彼女は、合気道の有段者でもあるんだ」

「ええーーーーーっ!?」

(あんな儚げな風情の女性が?)

「私は、入学してきた彼女を見た時に強く心に響くものを感じた。この子と一緒ならば、どんな事でもできるだろうと確信したものだ」

「早見坂会長が、一人でできない事なんてあるんですかぁ?」

「もちろん、ある」

 私が茶化した質問の意図はうまく伝わらず、答えた会長の表情は、あまりにも真剣だった。

「琴音が私のそばにいてくれなかったら、私は誠也とも小春くんとも、こうして繋がることなどできず、一人で迷い悩む日々を送るしかなかった。琴音は、私の心の同士なんだ」

「心の……同士」

 それが恋人同士とどう違うのかは私には分からなかったけれど、とりあえず早水坂の方から核心に触れた発言を振ってくれたので、ありがたく本題に移させて貰うことにする。

「会長」

「なんだ」

「お尋ねしたいことがあります」

 そう切り出した私の顔を、早水坂はじっと見つめている。

「以前、桐生から、自分の力をコントロールできないうちは、学園の秘密を聞く資格は私にはないと言われました。今はどうですか? 私にその資格は備わりましたか?」

「そうだな」

 早水坂は目を閉じて何かを考えているようだった。

「私には分からないことだらけなんです」

「確かにそれはそうだろう」

 早水坂の声色が、急に重くなる。

「小春くんは、我々を、というか、私を信じているか」

 一瞬、答えにぐっと詰まるが、ウソはつけない。

「ごめんなさい。今この時点では、会長の全てを信じているとは言えません」

「別に小春くんが謝ることはない。ではもう一つ」

「はい」

「今日、ここで何を聞いても、それが真実であれ、ウソであれ、絶対に他言しないと約束して貰えるか?」

 誰にも言わずに一人で抱えていることが、私の中にどれほどあるのかを、今ここで早水坂にぶちまけたいくらいだ。

「もちろんです。私の名誉にかけて誰にも話しません」

 しばらくの後、早水坂が苦しげに答える。

「……いいだろう」

 

 私は一呼吸おいて、こちらがさらしても良いカードを頭の中で確認してから、早水坂に質問を始めた。

「会長は……初代学園長と何か関係があるんですか」

「そうか、いきなりの直球だな」

「直球、でしたか」

「学園祭で、学園の歴史を年表にまとめて展示したんだったな。誠也から聞いている。そこで、その名前に出会ったわけか」

(年表を作成しただけではスルーだったと思いますが、日記帳に記されていたもので)

「早水坂源一郎。これが初代学園長の名前だが、彼は私の曽祖父にあたる」

(やっぱり!)

 あの日記を書いた人物が、早水坂のひいおじいさんだという事実は、果たしてどんな意味を持つのだろう。

「会長は、以前に桐生と二人で、学園には秘密があって、私の力が必要だと言ったことは覚えていますか?」

「もちろん覚えている。今でも君の力が必要だと思っている」

「それは、初代学園長に関わる秘密なんですね?」

「ああ、そうだ」


(どこから攻める?)


「会長は、その学園の秘密とやらをどうやって知ったんですか?」

「それは」

「それは?」

「代々、我が家に受け継がれてきている事だ。しかるべき時がくるまで」


(しかるべき時?)


「その秘密は、桐生と藍原さんも知っていますよね?」

「あぁ。私が二人にすべてを打ち明けた。小春くんや誠也のような力を持たない私には、仲間がどうしても必要だった」

「その秘密は、今ここで私にも聞かせて貰えるんですか?」

「そうだな……。残念ながら、小春くんに、ここですべてを包み隠さず話すことはできないが、それでも良いのであれば」

「もちろん話せるところまでで結構です」


 私は、たとえ断片的だとしても、ようやく学園の秘密を知るところまできたのだと思い、身を引き締める。

「私の曽祖父は、決して学校を運営したいわけではなかったようだが、理由があってこの学園を建てることにしたそうだ。そして曽祖父は、ある友人と二人、とても重大な実験に何年間も取り組んだようだが、その実験が成功をみる前に、曽祖父はその実験から手を引いたと言われている」

 早水坂の話す内容は、日記の内容と非常に酷似していた。

「そしてこれは、桐生と出会って始めて分かった事なんだが、曽祖父と一緒に実験をしていたその友人というのが、実は桐生の曽祖父にあたる人だったんだ」

(今、なんて!?)

クローン人間の生成実験に取り組んでいた二人が、早水坂と桐生の曽祖父だった!? 二人の子孫が、再びこの学園で出会った事は偶然だったのか。それとも……。

 早水坂は話しを続ける。

「しかし成功を見ないで終わったはずのその実験は、実は桐生の曽祖父の手によって密かに続けられていたとも言われている。しかも、現在に至るまで、その実験は続いているとも」

「えっ!? 実験していた当人たちはすでに亡くなっていますよね? それなのに今現在も実験が継続されてるなんて、おかしくないですか?」

「残念ながら詳しい事は私にもわからない。分かっているのは、その実験が100年後に完成するだろうということだけだ」

(100年後に……完成!?)

 ってことは、ってことは。早水坂の話しと日記の内容を照らし合わせて導き出される結論は。


(クローン人間が、今年中に誕生するってこと!?)


「曽祖父たちが取り組んでいた実験は、決して人として許されるものでなかった。それが我が早水坂家の認識だという事を小春くんには知っておいてもらいたい」

(クローン人間の生成実験)

「誠也と私が、そんな互いの身上を打ち明けあった時の驚きは口では言い表せない」

「私も、こんなに驚いたのは、久しぶりです」

「誠也と私は、今も継続されているその実験を阻止する義務が、自分たちにある事を互いに認識し合うこととなった。実験を完成させてはならない。それは、彼らの子孫である私たちの使命なんだ」

 日記には『クローン人間の実験を成功させたに違いない』と記述されていたが、早水坂家では、クローン人間は100年後に誕生するものと伝えられてきているようだ。

 果たしてクローン人間の実験は、どこまで進んでいたのか。


(次は、桐生の番か)

 

 私の中で、なにかが形をなそうと動き始めていた。


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