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第4章  7月(4)

続きを読みたい!と、おっしゃって下さる、あなたのために!^^

驚愕の最後まで、気長に、ゆっくりとご一緒に(笑。

 それから数日たって私は、小林から貰った《大福グッズ》を2学年の掲示板の隅に貼り出した。

 大福グッズを貼ったために、2年生の掲示板前は一時騒然となりケガ人まで出たと後から聞かされたが、私は小林と連絡を取りたかっただけなので、それについての責任はないと思う。

 貼られた大福を、小林がちゃんと見てくれたかどうか不安だったが、私が放課後に訪れた3階の占研部室にはちゃんと小林が待っていてくれたので、どうやら私の貼り出した大福グッズは、無事にその役割を果たしてくれたようだ。


 今日も小林は、また例の大福のぬいぐるみに向かって集中している。前に来た時にも、なんともいえない空気感にやられたのを覚えているが、私の持つ力とやらが桐生との修行のお陰で研ぎ澄まされたせいなのか、今日は渦巻くような気の力をはっきりと全身で感じ取ることができた。

「こんにちはー」

 部室の扉を開けながら声を掛ける私を見て、小林は人懐っこい笑顔を浮かべる。その途端に強い気の力が霧消していくのがわかった。


『ねぇ、波原さん。波原さんと僕ってさ、大きく括ると同じカテゴリーの人間になると思わないかい?』


 小林の言葉を思い出し、彼も私と同じように特別な能力を持つ人間なのだと再認識する。

「やぁ波原さん、久しぶりだね。その顔つきからすると、いろいろな事があったようだね」

「はい」

 小林には、私がここへ来た理由なんてお見通しだろう。っていうか、なにか困った事でもない限り、ここへは来ることもないんだから、ちょっと考えればそういう事になるだろう。

 私は、机をはさんで小林の向かい側に座る。

「今日はね、まず手品を披露しようかな」

「手品、ですか」

「そう。いい、よく僕の手を見ていて」

 私は言われた通りに小林の手をじっと見つめる。

「それじゃいくよ。ワン、ツー、スリー」

 じっと見つめている右手をパチンと鳴らす。

「……」

「どうだい?」

「えと、どうだいと言われても」

 すっと小林が差し出した左手に、水羊羹が一個乗っている。

「あのー、小林先輩」

「ん?」

「私は右手を見てたんですけど? ただ近くにあった水羊羹を左手で取っただけじゃないんですか。それって手品なんですか?」

「はははは、そうむきにならなくても。波原さんが深刻そうな顔をしていたから、ちょっとした息抜きだよ」

「はぁ、そうなんですか。気を遣わせてしまってすみません」

 私は、遠慮なく水羊羹を手に取った。水羊羹とはなんともしぶいチョイスだとは思うが、きんきんに冷えた(水羊羹にきんきんに冷えた、という表現は正しいのか?)水羊羹を一口ずつ口に含むごとに教室内の暑さも遠のいていくようだ。その上品な甘みと冷たさがあいまって私は幸せな気持ちになり、そんな私の表情を見て小林がクスっと笑う。

「波原さんが食べている時の、おいしそうで幸せそうな表情を見ていると、まわりの人間もみんな幸せな気持ちになるんだろうね。本当に君って人は、なんでも食べさせてあげたくなる人だなぁ」

(いつでも、なんでも食べさせて下さいっ!)

 もちろん言葉には出さないけど。


 そして久しぶりに小林の声を聞いたせいだったのか、あの日見た、カップルの口喧嘩の光景が私の中に蘇ってくる。鈴木さんの走り去る後ろ姿と、その相手の男子生徒の声。

「本当はあまり見られたくなかったんだけどね」

 突然の小林の言葉に、私は口の中の水羊羹を吹き出しそうになる。

「あっ、あの、私、何かヒトリゴトでも言ってましたか?」

「波原さんは顔に出るから」

「えっ、そ、そうでしたか? ごほっ、ごほん」

「はい、水飲んで。そんなに驚かなくてもいいよ」

「はっ、はいっ。すみません」

 小林はどこからかミネラルウォーターのペットボトルを私に差し出す。これもかなりきんきんに冷やされていて、美味しい。

「すみません。立ち聞きする気も、覗き見する気も全然なかったんですけど、なりゆきじょう……」

「大丈夫、そんなこと分かってるから。波原さんには全然興味のない事でしょ?」

 そう断言されてしまうのもどうかとは思うけれど、確かに私は他人の色恋沙汰には興味なんてない。だいいち、自分の色恋沙汰にもほぼ興味ゼロだ。

「はぁ、まぁ」

「心配しなくても、あの後、彼女とはちゃんと仲直りしたよ。僕の気持ちに余裕がない時の事でね」

「そうなんですか」

「あっ、ごめん、ごめん。こんな話をするために来たんじゃないよね。さて、何から話そうか」

 私はミネラルウォーターをペットボトルからもう一口飲んで喉を潤しながら自分に言い聞かせる。

(小林を信じたわけじゃない。さらすカードには気をつけないと)

「そういえば波原さんが部室に入ってきた時から感じていたんだけど、ちょっと変わった気がまとわりついているようだね」

「変わった気、ですか?」

「そう。波原さんが発する気とは違う種類っていうのかな」

(小林は何でもお見通しってわけか)

 再び暑さと緊張感で、全身から汗が噴出してくる。

「ここ、暑いですね~」

「うん、今日は風もないしね」

 私はその辺にあった紙をうちわ代わりにして、パタパタとあおぐ。だが、いつまでも本題に入らないわけにもいかないし。


「あの小林先輩。……実は少し特別な事があって」

「うん。さっきも言ったけど、何かあったから僕に会いにきたんでしょ。君に関しての透視は二度としないとは思うけど、相談にはのるよ。でも、最後は自分の意思で決めないとね」

「あ、ハイ。分かってます。でも、あの、その事でなんていうか、その」

 小林は静かに私の目を見つめていたが、

「波原さん、両手を出して」

 そう言うと、小林は自分の掌を上に向けた状態で私の方に差し出してくる。

「えっ? はい」

 私は言われるままに、小林の上に自分の掌を重ねた。

「この暑い時に、手を繋ぐなんてさ、好きな相手とだって暑苦しくてイヤだろうけど、波原さん、ちょっとの時間、我慢してね」

 桐生との修行の成果なのだろう。重ねた瞬間から私には、掌を通じて小林の気が流れ込んでくるのを感じていた。そして私の気も、同じように小林に流れていっている事だろう。

「波原さん。今、きみが一番頭を悩ませている事柄を思い浮かべてみて」

 私の不安や疑問に対して、小林が指針を与えようとしてくれているのが分かった。今後は何も関与しないとは言いつつも、それなりに心配してくれているようだ。

 触れ合った手は、互いの体温もあってどんどん汗ばんでいく。

 なんていうか、とりあえず私も女の子なんで恥ずかしくはあるのだが、それは忘れる事にして集中して石板を思い浮かべてみる。それほど長い時間ではなかったと思うが、小林が私から手を外した。

「女の子の手を握るのは、恥ずかしいね」

(そんな事言われたら、言われた私の方がよっぽど恥ずかしくなりますけど)

「波原さん。僕の感覚に間違いがなければ、それは本物だと思うよ。なんだろう、重量感のある、そうだな、本みたいなものなのかな。詳しく聞きたいところだけど、うん、それは最後の時のお楽しみにとっておくことにしよう」

「最後の時……ですか」

「そう。最後。僕が透視した君の未来の最後に、って意味だよ」

「小林先輩、自分だけが見えた未来って、なんだかズルい響きですよね」

「ふふふ、そうかい。でも無数にある未来のうちの一つでしかないし、ちょっとした要素でいくらでも変わる未来だよ」

 いくらでも変わる未来。

 私は、小林が見たという学園内で起きる大事件とやらが起きないように力を尽くす事ができるんだろうか。


 ――クローン人間


「ところで小林先輩、ここの土地って本当に特別なエネルギーが宿る場所なんですよね」

「そうだよ。生徒会室付近では、気の流れが乱れる事も、前回に話したと思うけど」

(そうだった)

 ここの土地は特別で、偉大な自然の力が学園内に流れていると小林は話してくれた。

 生徒会室での事や修行の事などと考え合わせてみても、どちらの話も辻褄は合っている。

(全ては、私の未来に結びつく予定調和の出来事ということか)

 小林が私をじっと見ている。心の内を見透かされそうでどことなく不安になる。

「それと波原さん。君が関わった……モノ、でいいのかな。それって君と反対の気を発しているでしょ。波原さんも感じてたんじゃないのかな。うーん、そうだなぁ。気をつけた方がいいよ、としか今の僕には言えないけど、覚えておいて損はないと思う」

(石板のことか、日記のことか。両方か)

「反対の気って」


(どこかで、聞いたような)


「そのままの意味だよ。君と反対のモノ。プラスで言えばマイナスとか、陽なら陰って感じかな」

「陽と陰!」

 思わず声を出して、小林の言葉を繰り返してしまう。小林が目を細める。

「何か心当たりでも?」

 桐生との修行を始めるにあたって説明された言葉の中に、私が取り込むのは《地の気》の中でも陽のパワーであり、桐生が取り込むのは《地の気》の中での陰のパワーだと言ってなかったか?

 ということは、小林の言葉を信じるならば、私が日記から感じた力というのは、《地の気》の中でも、桐生と同じ陰のパワーなんだろう。

「私は、やっぱり気をつけた方がいいんですか」

 繰り返して尋ねる。

 暑くて汗が吹き出ているのか、緊張での冷や汗なのか、自分でも既に分からない。

「と、僕は思うんだけどね。あくまで個人的な忠告だから、波原さんがどうとらえようと勝手だよ」

「わかりました。ありがとうございます。そういえば、さっき小林先輩は私に変わった気がまとわりついていると言いましたよね」

「うん。始めはどういう気なのかは分からなかったけどね。波原さんが強力な気を発しているモノと接触した名残だったようだ」

 小林は、なかり正確に私に起こったことを理解しているようだ。

 私は、ここにきてようやく、星杜学園に入学してから私の身に起こった数々の不思議な経験や体験を、全て受け入れて信じようと、心を定める。

 この決断が間違っていたなら途中で方向転換すれば良いだけのことだ。

 小林がこれまで話してくれた事も、生徒会室での出来事も桐生の話も、そして初代学園長の日記もすべては真実で、それらは互いに密接に繋がっているに違いない。


「小林先輩!」

「ん?」

「先輩と話したい時に『黒猫大福』を掲示板に張りますから、またひとつ下さい」

「あぁ、分かった。でもね、波原さん。大福が、僕の大福だって事はヒミツにしておいてね」

 小林がいたずらっぽく微笑む。

「星杜新聞の『大福のヒトリゴト占い』コーナー、あれも先輩がやってるんですね」

「波原さんも目にしてくれたのかな。そうなんだ。新聞部の友人に頼まれて、最初はほんの軽い気持ちで占って載せたんだけど、予想外に人気が出ちゃってね」

「とても当たるって、私の友達も言ってました」

「まぁそれは僕が占っているわけだから、当然っていうのかな」

 自信たっぷりな感じがイヤミに聞こえないところは小林だからなのか?

 私は麻莉子が欲しがったあの大福グッズを一つ小林から貰うと、すっと席から立ち上がった。

「小林先輩、今日は突然の事だったのに、本当にありがとうございました。水羊羹もおいしかったです。ごちそうさまでした」

 頭を軽く下げる。

「こちらこそ波原さんと久しぶりに話せて楽しかったよ。君が、僕の見た未来に向かって突き進んでいるようでわくわくする」

 小林が言う。

 私は、もう一度軽く会釈をすると占研部室を後にした。


(何も起きないで、ずっと平穏な学園が続く未来が訪れますように)


☆☆☆

 それからはあっと言う間に日にちが過ぎていき、1年生は始めての星杜学園祭を体験することとなる。

 友哉や麻莉子は、星杜学園の年表作りや、クラス内の出し物の準備や華道部での準備などで忙しくしていたし、私もそれなりに忙しかったので、日記について話す事はなかった。日記の事はとりあえず保留にして、学園祭の準備に集中することにしたが、それぞれ胸のうちでは何かしらくすぶっていたとは思う。

 学園祭当日、華道部の展示では、友哉と麻莉子の二人で準備したパフォーマンスが大好評だったとか、我がクラスの舞台発表では、桐生と仲京香のダンスが拍手喝さいを浴びたとか(デュエットダンスをするなんて、私はちっとも知らなかった)、私たち3人で制作した年表は見向きもされなかったとか、各クラスの模擬店めぐりに精を出したとか、とにかく熱気むんむん、それはそれは楽しいひとときを過ごした。

 学園祭っていうのは、いつの時代も盛り上がるものなのだろう。若いエネルギーが溢れんばかり、学園内の高揚した雰囲気に私のテンションもあがりっぱなしで浮かれっぱなしだった。


 友哉と麻莉子のハイテンションっぷりも、見ていて笑えたぐらいだ。しかしその一方で私たちは、心の中にわだかまりも抱えてもいた。学園祭が終わった後で向き合うことになるだろうあの日記は、学園祭の明るさとは対照的に圧倒的な闇を抱えている。私たち3人だけしか日記の内容を知らないという事実の重さが、心の内からずっと離れずにあるのだ。


 学園祭最後の夜、私たち3人は全校生徒が集まる校庭で、夜空に打ち上げられる花火を見ていた。


 ぴゅーーーーーーーーーーーっ、ドン、ドドン。


 赤や黄色の大輪の花が次々と夜空に咲く様子は、見ていて本当に美しい。そしてその華やかな大輪の花も、次の瞬間には、はかなげに散っていってしまう。花火が美しいのは、はかないからだなんて誰かが言ってなかったか。

 心地よい風が吹く校庭で、私たち3人は息をのんで夜空を見上げている。

「小春ちゃん、キレイだねぇ~」

 麻莉子の言葉に、私は一言しか返事ができない。

「うん、ホントに」

 そして友哉が花火に見惚れながら、なにやら呟いている。

「小春さんと二人で、花火を見る事ができるなんて、幸せすぎて、ぼ、ぼ、ぼくはこのまま気を失ってしまいそうです」

(二人で見てる、という表現は正確じゃないと思うけど)

 なんて思ってるところへ、麻莉子の一言。

「小春ちゃ~ん、あのねぇ、たとえ思ったとしてもぉ、言っちゃダメなんだからね~」

「えっ?」

 闇の中に、ほんのりと白く浮かぶ麻莉子の顔を見つめた私に向かって、人差し指を唇にあてて麻莉子はしーーっと言った。言ったかどうかは聞こえなかったけど。

(なんのこと?)

「あー、これで学園祭も終わるのかー」

 柄にもなく、私の口からはそんな言葉が漏れる。

「うん、とっても楽しい学園祭だったよねぇ。これでもう終わりなんて淋し過ぎるよぅ。麻莉子、燃え尽き症候群になっちゃいそぅ~」

「ぼくもですよ。本当にいろんな事がありすぎて」


 夜空の花火を見上げて感動に浸っているものの、私たちの心は既に先の方を向いている。

目を逸らしていても良いという大義名分は、この花火が終わると同時に消失してしまうのだ。でも、だからこそ、せめて花火を見上げている最後のこの短い時間くらいは、星杜学園の一生徒として青春を満喫していたい。

 夜空に上がる花火が、見上げる二人の横顔を刹那に照らす。赤や青に浮かびあがる二人の横顔を見ているだけで、涙が出そうになるのはなぜなんだろう。だれか私の胸が熱くなる理由を教えてほしい。

(この3人で、この花火を見る夜は、今日だけなんだ)


 誰からともなく肩を組みあった私たちは、夜空を彩る花火を最後の一瞬まで見上げ続けていた。



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