継ぎ足しの魔法陣 ─ 似合うものは、自分では見えにくい
─ 自分に合う形は
最初から決まっているとは限らない
試して、繋いで
少しずつ馴染んでいく ─
作業場の扉を開けると、ひんやりとした空気が流れ出てきた。
窓のない石造りの部屋は薄暗く、壁際のランタンだけが頼りない光を揺らしている。
床に描かれた魔法陣が、最初に目に入った。
「……また派手な色を──」
赤いチョークで引かれた紋様は、素人目にも異様なほど複雑だ。俺には何が何だかさっぱりだが、やたら手が込んでいることだけは分かる。
周囲には紙束やメモ書きが散乱していて、イーヴォらしい惨状だった。
問題は、その中心だ。
「おい」
魔法陣の真ん中で、イーヴォがうつ伏せに倒れている。
「死ぬなとは言わないが、せめてベッドで寝ろ」
「……勝手に殺すな」
薄く目を開け、掠れた声で続ける。
「……腹減ったんだけど」
「その前に湯を使え」
「飯が先がいい」
「フェイに頼んである」
「……あー、なんか身体がガチガチだわ」
「床で寝るからだ」
「寝る予定はなかった」
そう言いながら注意深く立ち上がる。
「セーフ、陣は無事だ」
「何の魔法陣だ?」
「フェイの魔杖の……。あれ、俺フェイに買い物メモ渡したっけ?」
「貰ってますよ」
いつの間にか部屋の入口に立っていたフェイが口を開く。
返事はしたものの、そこから動く様子はない。
「……入って大丈夫なんですか、これ」
「起動してないから大丈夫〜」
イーヴォの緩い声に多少は安心したのか、足元を気にしながら作業机へ盆を置く。
「温かいうちに食べた方がいいです。石の床で寝たりすると風邪を引きますよ」
* * *
フェイが部屋のあちこちに『発光』をかけてくれたおかげで、部屋の不気味さは大分緩和されていた。
「『預かり物だ。落としたり割ったりしたら、作った奴が泣く。かなり本気で』」
眉間にシワを寄せたフェイが、わざと低い声を作る。俺の真似らしいが全然似ていない。
「何それ、滅茶苦茶ウケるんだけど」
「『徹夜明けの魔導士が死にかけながら作った。扱いは察してくれ』」
「止めないか」
「ジュードがハッタリをかます日が来るなんてな。父さんは嬉しいぞ」
「勝手に俺の親になるな」
パンを齧りながら笑っているのを見る限り、もう大丈夫そうだ。
「そもそも、何でベッドに沈んだはずのお前がここで倒れてるんだ?」
「腹減って目が覚めたんだけど、魔杖の調律用魔法陣作らなきゃーと思って」
「フェイ用にカスタマイズしてたらどんどん陣が拡大しちゃってー」
「これは面白くなるぞってあれやこれや足してたんだけど」
「……気がついたら寝てたって訳か」
「そう、それ」
「……なんか、すみません」
「気にすんな、よくあることだし」
「魔法陣の上で寝ることがですか?」
「横なら、しょっちゅうあるな」
「何だか色々新鮮です」
* * *
眠気が戻る前に済ませるかと言いながら、イーヴォが魔法陣の周りを片付け始める。
「宝飾店に杖あった?」
「予算より安く済んだので、石はちょっと良いのにしてみました」
「何にしたん?」
「メモでお勧めされた日長石にしました」
「フェイっぽいよな、温かい光って感じ」
「月長石も綺麗だと思ったんですけど……」
「あー、アレはあれで “夜の御者” って感じで雰囲気出るよな」
「その辺は自分では良く分からないんですが、ジュードさんも『日長石の方が、お前らしい』って」
かなり長いこと見比べた末に聞かれたので、返事には少し迷った。
「へぇ、分かってんじゃん」
「光が揺れる感じがランタンっぽいと思っただけだ」
「武器選びで背伸びしちゃったので、杖は自分らしくても良いかなって」
「ちゃんと自覚してて偉いぞ。じゃ、杖持ってきて」
イーヴォがフェイの頭を軽く小突きながら笑う。前にも、こんなやり取りを見た気がする。
「……どこかで──」
「弓の調整の時?」
「覚えてるのか」
「あの頃はチビっこくて可愛かったのに、今やこれだぜ」
「ちょっと想像出来ません」
「フェイはデカくても可愛いぞー」
「ちょっ、髪の毛かき回すの止めて下さいよ」
フェイの髪をぐしゃぐしゃにしながら笑っているイーヴォを見て、俺は小さな溜息を吐く。
「眠くなる前に調律するんじゃなかったのか?」
「おぉう、忘れてたわ」
イーヴォは作業机に大きめの紙を広げ、床の魔法陣を縮めたような図を描き始めた。線が増えるたびに意味が分からなくなっていく。
「ここが起点」
「まず、魔力を三原色相当に分離」
「各波長を別回路で加速」
「ここが収束点。位相を同期して白色光にするところな」
「で、ここの回路でぐるぐるグワッと圧縮して」
「ドンッ!!」
「これを杖に覚えさせる」
「こんだけ」
途中から急に説明が雑になったせいで、簡単なのか大変なのかよく分からない。
「じゃ、起動するぞー」
「杖はどこに置くんですか? というか踏んでいいんですかこれ」
「擦らなければ大丈夫。グルグルってなってるとこ置いて。そう、そこ」
「魔法陣の真ん中じゃないんですね」
「継ぎ足し継ぎ足しで描いたから導媒定着点がズレてるんだ。大分不格好だけど気にすんな」
(それでこんな歪な形なのか)
「置いたら起動するから、俺がいいって言うまでそこで杖に魔力流してて」
「人が乗ったままで大丈夫なんですか?」
「生体には作用しない。めっちゃ光るから目瞑ってて」
(目を瞑る? 逆に怖いんだが)
長年の経験からイーヴォの技術は信頼している。だが、徹夜明け魔導士は信用ならない。
「ジュードも目閉じてろよ」
イーヴォが起点に手のひらを重ねる。
「三、二、一 ──」
反射的に目を細めた瞬間、魔法陣が白く弾けた。
「っ……!」
白い光が視界に焼き付き、遅れて目の奥が痛み出す。
「終わったんですか?」
「……らしいな」
「オッケー、成功成功〜」
「こんなに複雑な魔法陣なのに一瞬なんですね」
「準備は長いけど発動は一瞬、それが魔導」
「ドヤるなよ」
「……お前、目瞑ってなかっただろ?」
「……半分は閉じてた」
ようやく痛みが引いて来た目を押さえながら、反論にもならない言葉を返す。
「見た目は変わらないんですね。ちょっと試してみていいですか」
「魔力変換効率極限まで上げたから、そのつもりで試せよ」
「え、ちょっと怖いです」
「攻撃魔法じゃないから大丈夫、多分」
「多分?」
「俺、光魔術の使い手じゃないから確信は出来ない」
「……皆さん、目瞑ってて下さい。出来るだけ抑えて流します」
フェイが石壁に魔杖を向けて呪文を唱える。
「『発光』」
「…………え、」
「…………これは……?」
──石壁全体が仄かな光に包まれていた。
いや、壁だけじゃない。天井と床までが発光している。
「──? 効果範囲どうなってんだ?」
「やり過ぎだ、馬鹿」
「すみませんっ」
「フェイのことじゃない。お前だ」
「……離れた場所に照射した場合、同一素材総てに効果が及ぶ……? いや……」
駄目だ、聞いてない。この挙動には覚えが有り過ぎる。
「素材単位で認識してる……?」「いや違う、光じゃない、導媒側か?」「待て、位相が壁面全体へ……?」「収束点をもう一段階……」「いや循環側?」「……なんで繋がる?」
「……ええと、どうしましょう」
「静かに。今すげぇ面白いとこだから」
「面白がるな。この階以外に被害が広がってたらどうするつもりだ」
「確かに。重要操作端末を連れて確認する必要がある」
「重要操作端末?」
「多分、お前のことだ。フェイ」
─End─
【次回予告】
人は時々、理屈より先に惹かれてしまう。
理由は後から考えればいい。
そう割り切れるほど、ジュードは器用ではなかった。
それでも、目を離せないものがある。
※次回は、『ザエッダの弓手 16:欲しくなった理由』の予定です。




