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継ぎ足しの魔法陣 ─ 似合うものは、自分では見えにくい

作者: 無為(MUi)
掲載日:2026/05/30

 

    ─ 自分に合う形は

 最初から決まっているとは限らない

     試して、繋いで

    少しずつ馴染んでいく ─ 

  

 

 

 

 

 作業場の扉を開けると、ひんやりとした空気が流れ出てきた。

窓のない石造りの部屋は薄暗く、壁際のランタンだけが頼りない光を揺らしている。


 床に描かれた魔法陣が、最初に目に入った。


「……また派手な色を──」


 赤いチョークで引かれた紋様は、素人目にも異様なほど複雑だ。俺には何が何だかさっぱりだが、やたら手が込んでいることだけは分かる。

周囲には紙束やメモ書きが散乱していて、イーヴォらしい惨状だった。


 問題は、その中心だ。


「おい」


 魔法陣の真ん中で、イーヴォがうつ伏せに倒れている。


「死ぬなとは言わないが、せめてベッドで寝ろ」

「……勝手に殺すな」


 薄く目を開け、掠れた声で続ける。


「……腹減ったんだけど」

「その前に湯を使え」

「飯が先がいい」

「フェイに頼んである」

「……あー、なんか身体がガチガチだわ」

「床で寝るからだ」

「寝る予定はなかった」


 そう言いながら注意深く立ち上がる。


「セーフ、陣は無事だ」

「何の魔法陣だ?」

「フェイの魔杖キャストの……。あれ、俺フェイに買い物メモ渡したっけ?」

「貰ってますよ」


 いつの間にか部屋の入口に立っていたフェイが口を開く。

返事はしたものの、そこから動く様子はない。


「……入って大丈夫なんですか、これ」

「起動してないから大丈夫〜」


 イーヴォの緩い声に多少は安心したのか、足元を気にしながら作業机へ盆を置く。


「温かいうちに食べた方がいいです。石の床で寝たりすると風邪を引きますよ」


 * * *


 フェイが部屋のあちこちに『発光ルミナス』をかけてくれたおかげで、部屋の不気味さは大分緩和されていた。


「『預かり物だ。落としたり割ったりしたら、作った奴が泣く。かなり本気で』」


 眉間にシワを寄せたフェイが、わざと低い声を作る。俺の真似らしいが全然似ていない。


「何それ、滅茶苦茶ウケるんだけど」

「『徹夜明けの魔導士が死にかけながら作った。扱いは察してくれ』」

「止めないか」

「ジュードがハッタリをかます日が来るなんてな。父さんは嬉しいぞ」

「勝手に俺の親になるな」


 パンを齧りながら笑っているのを見る限り、もう大丈夫そうだ。


「そもそも、何でベッドに沈んだはずのお前がここで倒れてるんだ?」

「腹減って目が覚めたんだけど、魔杖の調律用魔法陣作らなきゃーと思って」

「フェイ用にカスタマイズしてたらどんどん陣が拡大しちゃってー」

「これは面白くなるぞってあれやこれや足してたんだけど」

「……気がついたら寝てたって訳か」

「そう、それ」

「……なんか、すみません」

「気にすんな、よくあることだし」

「魔法陣の上で寝ることがですか?」

「横なら、しょっちゅうあるな」

「何だか色々新鮮です」


 * * *


 眠気が戻る前に済ませるかと言いながら、イーヴォが魔法陣の周りを片付け始める。 


「宝飾店に杖あった?」

「予算より安く済んだので、石はちょっと良いのにしてみました」

「何にしたん?」

「メモでお勧めされた日長石にしました」

「フェイっぽいよな、温かい光って感じ」

「月長石も綺麗だと思ったんですけど……」

「あー、アレはあれで “夜の御者” って感じで雰囲気出るよな」

「その辺は自分では良く分からないんですが、ジュードさんも『日長石の方が、お前らしい』って」


 かなり長いこと見比べた末に聞かれたので、返事には少し迷った。


「へぇ、分かってんじゃん」

「光が揺れる感じがランタンっぽいと思っただけだ」

「武器選びで背伸びしちゃったので、杖は自分らしくても良いかなって」

「ちゃんと自覚してて偉いぞ。じゃ、杖持ってきて」


 イーヴォがフェイの頭を軽く小突きながら笑う。前にも、こんなやり取りを見た気がする。


「……どこかで──」

「弓の調整の時?」

「覚えてるのか」

「あの頃はチビっこくて可愛かったのに、今やこれだぜ」

「ちょっと想像出来ません」

「フェイはデカくても可愛いぞー」

「ちょっ、髪の毛かき回すの止めて下さいよ」


 フェイの髪をぐしゃぐしゃにしながら笑っているイーヴォを見て、俺は小さな溜息を吐く。


「眠くなる前に調律するんじゃなかったのか?」

「おぉう、忘れてたわ」



 イーヴォは作業机に大きめの紙を広げ、床の魔法陣を縮めたような図を描き始めた。線が増えるたびに意味が分からなくなっていく。


「ここが起点」

「まず、魔力を三原色相当に分離」

「各波長を別回路で加速」

「ここが収束点。位相を同期して白色光にするところな」

「で、ここの回路でぐるぐるグワッと圧縮して」

「ドンッ!!」

「これを杖に覚えさせる」

「こんだけ」


 途中から急に説明が雑になったせいで、簡単なのか大変なのかよく分からない。


「じゃ、起動するぞー」

「杖はどこに置くんですか? というか踏んでいいんですかこれ」

「擦らなければ大丈夫。グルグルってなってるとこ置いて。そう、そこ」

「魔法陣の真ん中じゃないんですね」

「継ぎ足し継ぎ足しで描いたから導媒定着点がズレてるんだ。大分不格好だけど気にすんな」


(それでこんな歪な形なのか)


「置いたら起動するから、俺がいいって言うまでそこで杖に魔力流してて」

「人が乗ったままで大丈夫なんですか?」

「生体には作用しない。めっちゃ光るから目瞑ってて」


(目を瞑る? 逆に怖いんだが)


 長年の経験からイーヴォの技術は信頼している。だが、徹夜明け魔導士は信用ならない。


「ジュードも目閉じてろよ」


 イーヴォが起点に手のひらを重ねる。


「三、二、一 ──」


 反射的に目を細めた瞬間、魔法陣が白く弾けた。


「っ……!」


 白い光が視界に焼き付き、遅れて目の奥が痛み出す。


「終わったんですか?」

「……らしいな」

「オッケー、成功成功〜」

「こんなに複雑な魔法陣なのに一瞬なんですね」

「準備は長いけど発動は一瞬、それが魔導」

「ドヤるなよ」

「……お前、目瞑ってなかっただろ?」

「……半分は閉じてた」


 ようやく痛みが引いて来た目を押さえながら、反論にもならない言葉を返す。


「見た目は変わらないんですね。ちょっと試してみていいですか」

「魔力変換効率極限まで上げたから、そのつもりで試せよ」

「え、ちょっと怖いです」

「攻撃魔法じゃないから大丈夫、多分」

「多分?」

「俺、光魔術の使い手じゃないから確信は出来ない」

「……皆さん、目瞑ってて下さい。出来るだけ抑えて流します」


 フェイが石壁に魔杖を向けて呪文を唱える。


「『発光ルミナス』」

「…………え、」

「…………これは……?」


 ──石壁全体が仄かな光に包まれていた。

いや、壁だけじゃない。天井と床までが発光している。


「──? 効果範囲どうなってんだ?」

「やり過ぎだ、馬鹿」

「すみませんっ」

「フェイのことじゃない。お前だ」

「……離れた場所に照射した場合、同一素材総てに効果が及ぶ……? いや……」


 駄目だ、聞いてない。この挙動には覚えが有り過ぎる。


「素材単位で認識してる……?」「いや違う、光じゃない、導媒側か?」「待て、位相が壁面全体へ……?」「収束点をもう一段階……」「いや循環側?」「……なんで繋がる?」

「……ええと、どうしましょう」

「静かに。今すげぇ面白いとこだから」

「面白がるな。この階以外に被害が広がってたらどうするつもりだ」

「確かに。重要操作端末を連れて確認する必要がある」

「重要操作端末?」

「多分、お前のことだ。フェイ」







 ─End─


 

【次回予告】

 人は時々、理屈より先に惹かれてしまう。

理由は後から考えればいい。

そう割り切れるほど、ジュードは器用ではなかった。


 それでも、目を離せないものがある。



※次回は、『ザエッダの弓手 16:欲しくなった理由』の予定です。

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