クソニートと呼ばれた俺は、家を失った
※本作はカクヨムにも投稿しています。
第1話です。
「クソニートが兄とか恥ずかしいんだけど」
教室に、妹の声が響いた。
周囲の空気が、少しだけざわつく。
「だってさ、ずっと部屋に引きこもってるんだよ?ありえなくない?」
「えー、マジで?」
友人たちが興味津々に身を乗り出す。
「うちの親ももう限界って感じだし。正直、関わりたくないんだよね」
軽く笑う。
それは、どこまでも無邪気だった。
「てかさ、それより見て!」
別の友人がスマートフォンを掲げる。
「島波桃花の新作、今日発売だって!」
「えっ、マジ!?」
「それって、"終焉を拒む世界で君と"」
空気が一気に変わる。
「今回も初版めっちゃ多いらしいよ!」
「アニメも大ヒットしてるしね!」
「サイン会とか秒で埋まるやつじゃん!」
名前が出るだけで、場の熱が上がる。
島波桃花。
今、一番売れているラノベ作家の一人。
その新作とあれば、話題にならないわけがない。
「しかもさ!」
友人が画面を拡大する。
「今回の挿絵もあの人だよ!」
「やっぱり!?絶対そうだと思った!」
「この人の絵じゃないと無理だよね〜」
画面に映る、一枚のイラスト。
繊細で、圧倒的な完成度。
思わず息を呑むほどの美しさだった。
「この絵師、ほんと神」
「名前なんだっけ?」
「ハイスロープ」
「それそれ!」
妹も、思わず画面を覗き込む。
「……あ」
小さく、声が漏れた。
「ねえ、それさ」
友人が言う。
「ハイスロープって、高坂をそのまま英語にしてるんだって」
「え?」
思考が、一瞬止まる。
「ほら、High(高)Slope(坂)でしょ?」
画面に表示された名前。
――High Slope
「……」
胸の奥が、ざわつく。
「え、ちょっと待って……高坂って」
自分の名字と、同じ。
「……まさかね」
すぐに首を振る。
そんなはずがない。
だって――
――ふと、記憶がよぎる。
『お兄ちゃん、描いて!』
『またー?』
『だってお兄ちゃん、すごく上手だもん!』
幼い頃。
紙いっぱいに広がっていた、綺麗な絵。
自慢だった。
友達にも見せていた。
「……」
一瞬、言葉を失う。
「……似てるわけないじゃん」
無理やり、笑う。
「だって、あの人だよ?」
一拍。
「ただの、クソニートじゃん」
---
その頃。
俺は、自室にいた。
腹が、鳴る。
「……?」
おかしい。
いつもなら、この時間には部屋の前に食事が置かれているはずだった。
だが、今日はない。
スマホを見ても、通知はない。
仕方なく、立ち上がる。
ドアを開けるのは、いつぶりだろう。
廊下は、静まり返っていた。
「……?」
リビングへ向かう。
家具も、何もかも、消えていた。
生活の痕跡ごと、きれいに。
「……は?」
その時。
玄関のチャイムが鳴った。
---
「はい……」
ドアを開ける。
スーツ姿の男が、無表情で立っていた。
「高垣不動産です」
名刺を差し出される。
「本日はご連絡の件で参りました」
「連絡……?」
「はい。本物件はすでに売却済みとなっております」
思考が止まる。
「……は?」
「ご両親様より正式に売却手続きが完了しております」
差し出された書類。
そこにあるのは、見慣れた名字だった。
「本日中に退去をお願いしております」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「申し訳ありません」
一拍。
「応じていただけない場合は、法的手続きに移行いたします」
――家が、なくなった。
外に出される。
荷物は最低限。
スマホと、ノートパソコン。
それだけ。
現金は持っていない。
必要なかったからだ。
「……」
行く当てはない。
ただ、立ち尽くす。
何もない。
本当に、何もない。
スマホが、震えた。
画面を見る。
未読通知が、並んでいる。
編集部。
出版社。
見知らぬ番号。
「……」
一つ、ため息をつく。
「……締切、今日か」
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