大宮ふとん店と少女のまくらカバー
第1章 ふとん店のある町
埼玉県の上尾市という町に、ちょっとふしぎで、ちょっとおかしな布団屋さんがありました。
その名も 「大宮ふとん店」。
名前に「大宮」とついていますが、じつは大宮にはなく、上尾にあるのです。
「ややこしいねえ」と町の人は笑います。
大宮ふとん店は、いつ開いているのか、いつ閉まっているのか、だれにもわかりません。
朝から店のシャッターが閉まっていることもあれば、夕方になるといきなり開くこともあります。
おばあちゃんは算盤をはじきながら店番をしています。
お母さんは近所の人とおしゃべりに夢中で、お客さんが来てもなかなか気づきません。
お父さんはときどき店に顔を出しますが、すぐに競馬や競輪の話を始めてしまいます。
そんな、なんともゆるくて、のんびりしたお店。
それでも、大宮ふとん店はなぜか町の人たちに愛されていました。
そして、その家にはひとり娘―― 麗奈 がいました。
麗奈は町でも有名な美人で、イベントコンパニオンとしても活やくしています。
さらに「戦隊ヒロイン」として活動しているのです。
きらびやかな衣装を着てステージに立ち、子どもたちを笑顔にする。
町の誇りでありながら、じつは家族にいじられたり、ファンにからかわれたりする少しお茶目なお姉さんです。
そんな麗奈と、大宮ふとん店に、とても大切な出会いがありました。
第2章 小さな願い
ある日、一人の少女が両親に連れられて大宮ふとん店を訪れました。
その子は体が弱く、病院で過ごすことが多い子でした。
それでも、目はきらきらと輝き、夢を語るときは誰よりも力強い声になる子でした。
少女は、麗奈の大ファンでした。
戦隊ヒロインとしてステージに立つ麗奈の姿に、どれほど元気をもらったことでしょう。
「わたしも、いつか麗奈さんみたいにステージに立ちたい」
それが少女の小さな、けれど大きな夢でした。
少女はこの日、どうしても欲しいものがあって店に来たのです。
それは―― 麗奈のまくらカバー。
祖母と母が勝手に業者に発注して作ってしまった「麗奈グッズ」。
非公認ではあるけれど、ファンにとっては宝物のような品でした。
第3章 十一円のまくらカバー
お父さんは少女に言いました。
「このまくらカバー、特別に 11円 にしておくよ」
なぜ11円なのか?
それは、10円ではきれいすぎるし、タダではもらった感じにならないからです。
お父さんは考えました。
「少女が自分のお小遣いで買える値段でありながら、買ったという誇りを持てる額」
それが11円でした。
少女はポケットから、5円玉1枚と1円玉6枚を取り出しました。
両手で大事そうに握りしめ、そっとレジ台に置きました。
「お願いします」
祖母は算盤をはじきます。
「間違いなし、11円」
まるで儀式のように、その瞬間は静かに、そして温かく流れました。
少女の顔は、まるで宝物を手に入れたように輝いていました。
まくらカバーを胸に抱きしめ、にっこり笑ったのです。
麗奈はその姿を見て、心の奥がじんわりと熱くなりました。
思わず言いました。
「今度は一緒にステージに立ちましょうね」
少女は大きくうなずきました。
その夢が、彼女の心を支えていたのです。
第4章 小さな奇跡
まくらカバーを抱きしめた少女は、その後しばらく元気を取り戻しました。
病院の先生も驚くほどでした。
「まるで奇跡のようだ」と言われるほどに。
少女はまくらカバーをいつもそばに置いて眠りました。
「これがあると安心するの」
「麗奈さんと一緒にいるみたい」
その姿を見て、両親は涙をこらえながらほほえみました。
麗奈も胸がいっぱいになりました。
「この子にとって、わたしはただのヒーローじゃなくて、夢そのものなんだ」
第5章 さだめ
けれど、自然の流れには逆らえません。
少しの間元気を取り戻した少女も、やがて病気の勢いにはかなわなくなりました。
最後の日、少女はまくらカバーを胸に抱いたまま、にっこり笑いました。
「麗奈さん、ありがとう。わたし、ステージに立つ夢を見てたよ」
その笑顔は、静かで、でもとても力強いものでした。
麗奈はその日、自分の瞳から「汗のようなもの」が流れるのを止められませんでした。
第6章 写真の中で
少女と家族が大宮ふとん店に訪れたとき、みんなで「いんすたバエ」の看板の前で写真を撮りました。
祖母が描いたハエのイラストと、ダサいのぼりの横で笑顔を見せる少女。
それは不思議と、とても温かい写真でした。
この写真は、後に大宮ふとん店の店内に飾られることになります。
「ここに来た子がいたんだよ」
「大切なお客さんだよ」
訪れる人たちはその写真を見て、しんと静まり返ります。
そして、心がじんわりと温かくなるのでした。
第7章 道徳の教科書に
やがて、この出来事は上尾市内の小学校で道徳の授業に使われました。
先生は黒板に「買い物の大切さ」と書きました。
「タダであげるのはやさしさかもしれません。けれど、自分のお金で買ったということは、もっと大きな力になります」
子どもたちは静かに聞いていました。
「11円って、すごい金額だね」
「お金より大事な気持ちがあるんだ」
少女の話は、子どもたちの心に深くしみこんでいきました。
第8章 麗奈の変化
この出会いをきっかけに、麗奈は変わりました。
もともと「塩対応」で知られていた麗奈ですが、少しずつファンへの接し方が変わっていったのです。
「この子の分まで、私はステージに立つ」
「夢を背負うんじゃない、一緒に夢を見続けるんだ」
ファンへのサインも、以前より丁寧になりました。
「ありがとう」と心を込めるようになったのです。
大宮ふとん店のダサいノボリや「いんすたバエ」の看板は相変わらずでした。
けれど、そこには少女との思い出が息づいていました。
町の人は言います。
「大宮ふとん店は、ちょっとおかしなお店だけど、あの話は忘れられない」
エピローグ
麗奈は今日もステージに立っています。
ライトを浴びながら、ふと胸の中でつぶやきます。
――あの子、一緒に見てるよね。
会場のどこかで、少女が笑っている気がするのです。
麗奈はまぶしいほどの笑顔を浮かべ、客席に手を振りました。
その姿は、町の人たちにとって本物のヒーローに見えました。




