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「君には聖女の輝きがない」と婚約破棄されたので、結界維持を辞めてみました

作者: 夢見叶
掲載日:2025/12/31

「リーゼロッテ・ベルンシュタイン! 君のような地味で華のない女との婚約は、これをもって破棄とする!」


 王城の舞踏会場。

 豪奢なシャンデリアの下、第一王子ジェラール様の甲高い声が響き渡りました。

 音楽が止まり、周囲の貴族たちがざわめきます。

 ジェラール様の腕にしっかりと絡みついているのは、私の義妹、マリエルでした。


「お姉様、ごめんなさいね? でも、真実の愛には逆らえなくて」


 マリエルは全身からピンク色の微弱な光を放っています。

 あれはただの『発光魔法』による演出ですが、魔術に疎いジェラール様や一般の方々には、それが「聖女の輝き」に見えているようでした。


「見ろ、マリエルのこの美しい聖なる光を! それに引き換え、君はどうだ? 魔力の色一つ見えない。聖女の家系に生まれながら恥ずかしくないのか」


 ジェラール様が私を見下して嘲笑します。

 私は……深く、深くため息をつきたくなるのを堪えました。


 魔力の色が見えない?

 当たり前です。

 私が持っている魔力はすべて、この王城と王都全体を覆う『対魔獣結界』の維持に、二十四時間三百六十五日、常に注ぎ込み続けているのですから。

 漏れ出る余剰魔力など一滴もありません。


「……ジェラール殿下。それは、本気でおっしゃっていますか?」

「くどい! 君のような無能は、聖女の役目も婚約者の座も荷が重いだろう。これからはマリエルがそのすべてを引き継ぐ。君は辺境の修道院へでも行って、その地味な顔を隠して暮らすがいい!」


 周囲からは「やはりマリエル様こそ聖女」「姉の方はいつも眠そうで暗かったしな」という無責任な囁きが聞こえてきます。

 いつも眠そうだったのは、貴方たちが毎晩宴を開いている間も、私は徹夜で結界のほころびを修復していたからなのですが。


 ……プツン、と。

 私の中で、長年張り詰めていた糸が切れました。


 ああ、もういいや。

 幼い頃から「国のために」と教え込まれ、睡眠時間を削り、肌荒れを化粧で隠し、恋などする暇もなく尽くしてきました。

 でも、求められていたのは「実務」ではなく、「飾り」だったのですね。


「承知いたしました」


 私はカーテシー(膝礼)をしました。

 かつてないほど優雅に、そして晴れやかに。


「婚約破棄の件、謹んでお受けいたします。これにて、私は『次期聖女』および『王都結界管理責任者』の任を解かれるということでよろしいですね?」

「はん、管理責任者? そんな名ばかりの役職、好きに捨てていくがいい!」


 ジェラール様が手を振って私を追い払う仕草をしました。

 その言葉、確かに聞きました。


「では――お疲れ様でした、私」


 私は目を閉じ、体内の魔力回路を操作しました。

 王城の地下深くに張り巡らせていた私の魔力パスを、バツン、バツンと切断します。

 蛇口を閉めるように。

 あるいは、コンセントを引き抜くように。


 その、直後でした。


 ズズズズズ……ッ!!


 地響きのような重低音が響き、城全体が激しく揺れました。

 シャンデリアがガシャンガシャンと音を立て、令嬢たちの悲鳴が上がります。


「な、なんだ!? 地震か!?」

「殿下! 空をご覧ください!」


 窓際の貴族が叫びました。

 夜空を覆っていた淡い黄金色のドーム――私が維持していた結界――が、ガラスのように砕け散り、霧散していくのが見えます。

 それと同時に、どす黒い雲のような『瘴気』が、結界の消えた空へとなだれ込んできました。


「け、結界が消えた!? なぜだ! おいマリエル、お前の力でなんとかしろ!」

「えっ、ええっ!? む、無理ですわ殿下! 私、光る以外なにもできませんもの!」

「はあああ!?」


 マリエルの発光魔法は、ただの初級魔法。

 防御力など皆無です。

 結界が消えれば、王都周辺に生息する魔獣たちが一斉に活性化します。

 遠くから、魔獣の咆哮が聞こえ始めました。


「おい、リーゼロッテ! まさかお前、何かしたのか!?」


 青ざめた顔で私に詰め寄ろうとするジェラール様。

 ですが、私は冷淡に首を横に振りました。


「いいえ。何もしておりません。『何もしない』ことにしたのです。無能な私が管理する『名ばかりの役職』だそうですから、不要でしょう?」

「なっ……まさか、今まで本当にお前が……!?」

「今すぐ結界を張り直せ! これは王命だ!」


 必死に叫ぶ王子に、私は微笑んで告げました。


「無理です。先ほど、貴方様の命令で私は解任されましたので。もう私には、王都を守る義理も資格もございません」


 さようなら。

 私は背を向け、出口へと歩き出しました。

 しかし、騎士たちが私の行く手を阻もうと剣を抜きます。


「逃がすな! 捕らえて無理やりにでも結界を張らせろ!」


 ジェラール様の醜悪な命令が響いた、その時。


 ヒュオッ――!


 絶対零度の凍てつく風が吹き荒れ、騎士たちの足元を一瞬で氷漬けにしました。

 会場の気温が急激に下がります。

 カツン、カツン、と。

 静まり返ったホールに、冷徹な足音が響きました。


「……騒々しい。私の『安眠薬』に、薄汚い手で触れようとするな」


 現れたのは、漆黒のローブを纏った長身の男。

 銀色の長髪に、氷のように冷たい碧眼。

 この国最強の魔術師にして、王族すら畏怖する『魔塔主』――アレクセイ公爵でした。


「ア、アレクセイ公爵……! ちょうどよかった、その女を捕まえろ! 国を危険に晒した反逆者だ!」

「反逆者? ……ふん」


 アレクセイ様は鼻で笑うと、ジェラール様を一瞥もしません。

 代わりに、私の目の前まで来ると、その冷たい表情を一変させ、とろけるような甘い眼差しを向けてきました。


「リーゼロッテ。……待っていたぞ」

「え……アレクセイ様?」

「君がこの愚か者たちに見切りをつけるのを、ずっと待っていた」


 彼は躊躇なく私の腰を抱き寄せると、耳元で低く囁きました。


「君は知らないだろうが、私は重度の魔力過多症でね。他人の魔力ノイズがうるさくて、一睡もできない日々を過ごしていたんだ」

「は、はあ……」

「だが、君の魔力だけは違う。静謐で、清らかで……君が結界に魔力を流している夜だけが、私が唯一安らげる時間だった」


 アレクセイ様の手が、私の頬を優しく撫でます。

 その指先は震えているようにも見えました。


「君が結界の維持を辞めると気配で分かったから、急いで迎えに来た。……もう、国のためになど魔力を使う必要はない。これからは、私の為だけに使ってくれないか?」

「そ、それって……」

「君が傍にいてくれないと、私は死んでしまう(寝不足で)。……頼む、私の妻になってくれ」


 公衆の面前での、あまりに唐突な求婚。

 ですが、その瞳は真剣そのもので、縋るような熱さえ帯びていました。

 今まで「地味だ」「無能だ」と言われ続けてきた私を、この人は「必要だ」と言ってくれる。

 それも、国最強の魔術師様が。


「……私で、よろしいのですか?」

「君以外はいらない」


 即答でした。

 私の胸の奥が、じんわりと温かくなります。


「おいアレクセイ! 勝手なことを! その女がいなければ、王都はどうなるんだ!」


 ジェラール様が喚いていますが、アレクセイ様は私を抱きかかえたまま、冷たく言い放ちました。


「知ったことか。聖女マリエルがいるのだろう? 光っている間に、せいぜい頑張ることだ」

「なっ……!?」

「行くぞ、リーゼロッテ。私の屋敷には、君が一生遊んで暮らせるだけの資産と、最高級の寝具を用意してある」


 アレクセイ様が指を弾くと、私たちの姿は転移魔法の光に包まれました。

 消えゆく視界の端で、窓ガラスが割れ、魔獣の群れが城壁を越えてくるのが見えました。

 ジェラール様の絶叫と、マリエルの悲鳴が聞こえますが――もう、私には関係のないことです。


 ***


 その後、王都は大混乱に陥りましたが、アレクセイ様が(私の安眠環境を守るためだけに)屋敷の周りに張った結界だけは無事でした。

 泣きついてきた王家に対し、アレクセイ様は法外な対価と引き換えに、一時的な魔道具を貸し出したそうです。もちろん、私が直接手を貸すことは二度とありませんでした。


 ジェラール様は廃嫡、マリエルは詐欺罪で修道院送りになったとか。


 私は今、アレクセイ様の膝の上で、彼に抱きしめられながらこの手記を書いています。

 彼は私が傍にいると、猫のように安心して眠ってしまうのです。

 

「……リーゼロッテ、どこにも行かないでくれ」

「はい、アレクセイ様」


 地味で無能と言われた私は今、世界で一番甘やかされる幸福な日々を送っています。

最後まで読んでいただきありがとうございます!

「スカッとした!」「アレクセイ様最高!」と思っていただけたら、

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