「君には聖女の輝きがない」と婚約破棄されたので、結界維持を辞めてみました
「リーゼロッテ・ベルンシュタイン! 君のような地味で華のない女との婚約は、これをもって破棄とする!」
王城の舞踏会場。
豪奢なシャンデリアの下、第一王子ジェラール様の甲高い声が響き渡りました。
音楽が止まり、周囲の貴族たちがざわめきます。
ジェラール様の腕にしっかりと絡みついているのは、私の義妹、マリエルでした。
「お姉様、ごめんなさいね? でも、真実の愛には逆らえなくて」
マリエルは全身からピンク色の微弱な光を放っています。
あれはただの『発光魔法』による演出ですが、魔術に疎いジェラール様や一般の方々には、それが「聖女の輝き」に見えているようでした。
「見ろ、マリエルのこの美しい聖なる光を! それに引き換え、君はどうだ? 魔力の色一つ見えない。聖女の家系に生まれながら恥ずかしくないのか」
ジェラール様が私を見下して嘲笑します。
私は……深く、深くため息をつきたくなるのを堪えました。
魔力の色が見えない?
当たり前です。
私が持っている魔力はすべて、この王城と王都全体を覆う『対魔獣結界』の維持に、二十四時間三百六十五日、常に注ぎ込み続けているのですから。
漏れ出る余剰魔力など一滴もありません。
「……ジェラール殿下。それは、本気でおっしゃっていますか?」
「くどい! 君のような無能は、聖女の役目も婚約者の座も荷が重いだろう。これからはマリエルがそのすべてを引き継ぐ。君は辺境の修道院へでも行って、その地味な顔を隠して暮らすがいい!」
周囲からは「やはりマリエル様こそ聖女」「姉の方はいつも眠そうで暗かったしな」という無責任な囁きが聞こえてきます。
いつも眠そうだったのは、貴方たちが毎晩宴を開いている間も、私は徹夜で結界のほころびを修復していたからなのですが。
……プツン、と。
私の中で、長年張り詰めていた糸が切れました。
ああ、もういいや。
幼い頃から「国のために」と教え込まれ、睡眠時間を削り、肌荒れを化粧で隠し、恋などする暇もなく尽くしてきました。
でも、求められていたのは「実務」ではなく、「飾り」だったのですね。
「承知いたしました」
私はカーテシー(膝礼)をしました。
かつてないほど優雅に、そして晴れやかに。
「婚約破棄の件、謹んでお受けいたします。これにて、私は『次期聖女』および『王都結界管理責任者』の任を解かれるということでよろしいですね?」
「はん、管理責任者? そんな名ばかりの役職、好きに捨てていくがいい!」
ジェラール様が手を振って私を追い払う仕草をしました。
その言葉、確かに聞きました。
「では――お疲れ様でした、私」
私は目を閉じ、体内の魔力回路を操作しました。
王城の地下深くに張り巡らせていた私の魔力パスを、バツン、バツンと切断します。
蛇口を閉めるように。
あるいは、コンセントを引き抜くように。
その、直後でした。
ズズズズズ……ッ!!
地響きのような重低音が響き、城全体が激しく揺れました。
シャンデリアがガシャンガシャンと音を立て、令嬢たちの悲鳴が上がります。
「な、なんだ!? 地震か!?」
「殿下! 空をご覧ください!」
窓際の貴族が叫びました。
夜空を覆っていた淡い黄金色のドーム――私が維持していた結界――が、ガラスのように砕け散り、霧散していくのが見えます。
それと同時に、どす黒い雲のような『瘴気』が、結界の消えた空へとなだれ込んできました。
「け、結界が消えた!? なぜだ! おいマリエル、お前の力でなんとかしろ!」
「えっ、ええっ!? む、無理ですわ殿下! 私、光る以外なにもできませんもの!」
「はあああ!?」
マリエルの発光魔法は、ただの初級魔法。
防御力など皆無です。
結界が消えれば、王都周辺に生息する魔獣たちが一斉に活性化します。
遠くから、魔獣の咆哮が聞こえ始めました。
「おい、リーゼロッテ! まさかお前、何かしたのか!?」
青ざめた顔で私に詰め寄ろうとするジェラール様。
ですが、私は冷淡に首を横に振りました。
「いいえ。何もしておりません。『何もしない』ことにしたのです。無能な私が管理する『名ばかりの役職』だそうですから、不要でしょう?」
「なっ……まさか、今まで本当にお前が……!?」
「今すぐ結界を張り直せ! これは王命だ!」
必死に叫ぶ王子に、私は微笑んで告げました。
「無理です。先ほど、貴方様の命令で私は解任されましたので。もう私には、王都を守る義理も資格もございません」
さようなら。
私は背を向け、出口へと歩き出しました。
しかし、騎士たちが私の行く手を阻もうと剣を抜きます。
「逃がすな! 捕らえて無理やりにでも結界を張らせろ!」
ジェラール様の醜悪な命令が響いた、その時。
ヒュオッ――!
絶対零度の凍てつく風が吹き荒れ、騎士たちの足元を一瞬で氷漬けにしました。
会場の気温が急激に下がります。
カツン、カツン、と。
静まり返ったホールに、冷徹な足音が響きました。
「……騒々しい。私の『安眠薬』に、薄汚い手で触れようとするな」
現れたのは、漆黒のローブを纏った長身の男。
銀色の長髪に、氷のように冷たい碧眼。
この国最強の魔術師にして、王族すら畏怖する『魔塔主』――アレクセイ公爵でした。
「ア、アレクセイ公爵……! ちょうどよかった、その女を捕まえろ! 国を危険に晒した反逆者だ!」
「反逆者? ……ふん」
アレクセイ様は鼻で笑うと、ジェラール様を一瞥もしません。
代わりに、私の目の前まで来ると、その冷たい表情を一変させ、とろけるような甘い眼差しを向けてきました。
「リーゼロッテ。……待っていたぞ」
「え……アレクセイ様?」
「君がこの愚か者たちに見切りをつけるのを、ずっと待っていた」
彼は躊躇なく私の腰を抱き寄せると、耳元で低く囁きました。
「君は知らないだろうが、私は重度の魔力過多症でね。他人の魔力ノイズがうるさくて、一睡もできない日々を過ごしていたんだ」
「は、はあ……」
「だが、君の魔力だけは違う。静謐で、清らかで……君が結界に魔力を流している夜だけが、私が唯一安らげる時間だった」
アレクセイ様の手が、私の頬を優しく撫でます。
その指先は震えているようにも見えました。
「君が結界の維持を辞めると気配で分かったから、急いで迎えに来た。……もう、国のためになど魔力を使う必要はない。これからは、私の為だけに使ってくれないか?」
「そ、それって……」
「君が傍にいてくれないと、私は死んでしまう(寝不足で)。……頼む、私の妻になってくれ」
公衆の面前での、あまりに唐突な求婚。
ですが、その瞳は真剣そのもので、縋るような熱さえ帯びていました。
今まで「地味だ」「無能だ」と言われ続けてきた私を、この人は「必要だ」と言ってくれる。
それも、国最強の魔術師様が。
「……私で、よろしいのですか?」
「君以外はいらない」
即答でした。
私の胸の奥が、じんわりと温かくなります。
「おいアレクセイ! 勝手なことを! その女がいなければ、王都はどうなるんだ!」
ジェラール様が喚いていますが、アレクセイ様は私を抱きかかえたまま、冷たく言い放ちました。
「知ったことか。聖女がいるのだろう? 光っている間に、せいぜい頑張ることだ」
「なっ……!?」
「行くぞ、リーゼロッテ。私の屋敷には、君が一生遊んで暮らせるだけの資産と、最高級の寝具を用意してある」
アレクセイ様が指を弾くと、私たちの姿は転移魔法の光に包まれました。
消えゆく視界の端で、窓ガラスが割れ、魔獣の群れが城壁を越えてくるのが見えました。
ジェラール様の絶叫と、マリエルの悲鳴が聞こえますが――もう、私には関係のないことです。
***
その後、王都は大混乱に陥りましたが、アレクセイ様が(私の安眠環境を守るためだけに)屋敷の周りに張った結界だけは無事でした。
泣きついてきた王家に対し、アレクセイ様は法外な対価と引き換えに、一時的な魔道具を貸し出したそうです。もちろん、私が直接手を貸すことは二度とありませんでした。
ジェラール様は廃嫡、マリエルは詐欺罪で修道院送りになったとか。
私は今、アレクセイ様の膝の上で、彼に抱きしめられながらこの手記を書いています。
彼は私が傍にいると、猫のように安心して眠ってしまうのです。
「……リーゼロッテ、どこにも行かないでくれ」
「はい、アレクセイ様」
地味で無能と言われた私は今、世界で一番甘やかされる幸福な日々を送っています。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
「スカッとした!」「アレクセイ様最高!」と思っていただけたら、
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