GET READY
高橋、木之下は、やさぐれた大学生だった。だった、と書くのは今は政治活動によって除籍処分を受けていることが理由なためで、それもあって「だった」とつけている。
「ありのまま生きろと言っても馬鹿馬鹿しくて嫌んなるよな。灯された虚構のLEDは眼を痛めるばかりでお話にならない。」
薄暗い部屋の中で高橋は、そう言いながら、蓬髪頭をくしゃくしゃと掻きながら酒を煽った。そして悲し気な溜め息を吐きつつ声を荒げながら、自らの中途半端な人生の途中を嘆いていた。
「俺はこんなはずじゃなかったんだから。お前らだってそう言いたいだろ?はぁ。昔は沢山の友達に囲まれて夢を語ってたのにさ、今ではどこの出身かも分かんないような男三人とバカみたいな話で酒を飲むようになっちまった」
高橋は酒で焼けた声をガラガラと荒げては、机の上のコインを回したり積み上げたりしていた。コインの高い音が、退廃した部屋の空気を切り裂いている。
「しれっとディスられてて草なんだ。」
穴の開いたソファに寝そべりながら煙草を吸っているのは木之下。彼は煙を吐きながら、かつての輝いていた頃の自分が映った集合写真に火をつけていた。そして彼もまた、缶ビールを嚥下しながら濃い溜め息を吐いていた。
「ここにいる人間なんて八割クズだからいいじゃねぇか。」
「残り二割はどこいったよ?」
「俺が殺した。」
「あっそ。」
アルコールとニコチンに酔った高橋と木之下。その会話は優しさを失っており、自分の醜さを晒し合っているだけのように映っていた。
「何もかもに苛付いちまった。今夜は飲むぞ。こんな腐った世界なんか、終わっちまえばいい。」
「それならせめて、瞼の裏側だけでも美しくあろうぜ。」
最年少の新島がスプライトのボトルを片手に絵を描いていた。彼はシュルレアリスム派の画家を自称しているが、なかなか才能の芽が出ないことに焦り、薬物と飲酒による酩酊感を題材にし始めていた。新島がスプライトに混ぜ出したのは新しく買ってきたアネトン。
「もうやめれ新島。脳血管がショートするぜ?」
木之下が何本目かの煙草に火を点けながら言った。しかし新島はとろけた顔をしながら、
「嘘つきまくりのバカ政治家め。ファック。俺はお前たちとは違うんだ。」と言っていた。
新島はグィッと二挙動で飲み干して、キャンバスをナイフで切り裂きながら「俺は王様なんだ」と訳の分からないことを誇張抜きで言い出していた。
「こいつもうイッちゃってる。」
「こうなると何を説いても無駄だべ。」
「夢みたい、夢見たい。そこで泥濘んで死にたい。消えちまえ」
新島は韻を踏みながら絵具を床に零して泣いていた。その泣き声は部屋に響けど、木之下や高橋が手を差し伸べることはない。救おうという、人間に備わった共感信号はショートしているのだ。
「何よりも真っ直ぐに生きてきた。そんな真面目さんたちが殺される世界でいいのか?なのに世間は聖人気取って花束作るんだぜ?キショいだろ?」
新島は飲んでいた。魔法の飲み物を。魔法の飲み物と呼んでいる、悪魔のカクテルを。
「リーンか……。芸術家も、壊れちまえばただの生き物だな。」
「お前も飲めよ木之下。今夜は忘れちまおうぜ?」
「あぁ……。これは酒なんかより信用できる。」
「……お前ら飲むのかよ?マジで死ぬぜ?」
「いいじゃん。遅かれ早かれ死ぬんだし。」
「酒を毎日飲んでるお前とそんな大差ないって。」
「……はぁ。仕方ねぇ。俺も付き合うやい。」
高橋と木之下と新島は、それぞれグラスに注ぎ、忘れたい記憶と夢に乾杯しながら飲んだ。脳中枢に行き届いて感覚を麻痺させて、どうにでもなれという多幸感をくれる。
そして白々と夜が明け始めた頃、三人の目に何かが灯った。その色は、朝焼けの色とはまた違っていた。
ゲットレディ……。三人は、合図して、静かに出発した。
この物語は、公式ホームページに掲載した掌編『GET READY』の加筆修正アレンジです。




