最終話「同じ台の勝利」
王都広場の金具が高く鳴り、第一部――剣の式が始まった。
数柱は四隅で遅延を撒き、歓声は膨らんで戻ってくる。だが、俺たちの白線は王都鍵で高く応え、歓声→拍へ変換する穴が既に開いている。
「間合い遵守率、板読み開始」
勇者カイルが旗を掲げ、剣士の下がり路を白線で示す。観客は声を抑え、足で拍を送る。剣先が熱を帯びても、旗が背で冷やす。
王都の副官たちが見せ場を作ろうと速度を煽る瞬間、間合い遵守率の板が赤を灯す。カイルは旗三白の合図を一拍だけ出し、剣列が半歩下がる。観客の拍は崩れない。止めた勇気へ拍が集まる。
> 〈剣の式・中間数〉
> 間合い遵守率:96%/退路明示:100%/歓声→拍変換:安定
剣は食わず、居場所を得た。
副官レオンの笑みが、ほんの一度止まる。
*
第二部――速度の式。
王都側は便益回廊の模型を持ち込み、“無税・即達”の言葉で広場を揺らす。四隅の数柱が残響を稼ぎ、分母を影で削る。
俺たちは可用塔を立て、アップタイムと停止理由を刻み続ける。停止の誇りが鐘と旗で宣言されると、数柱の遅延が一拍浮いた。嘘が乗る場所が、なくなる。
「数柱破り、入る」
ミラが鈴窓を二段逆相へ落とし、四隅に反位相の足拍を逆送する。セレンは分母公開板を柱の影へ押し出し、「影も観客」の宣言を赤字で上書き。グレイスが数え人の動線に監査印を固定し、外へ逃がさない。
数柱の影が薄くなり、レオンの外套がわずかに重く見えた。
> 〈速度の式・中間数〉
> 可用率:99.1%/停止正当:2/2(演習・回廊干渉)/遅延吸収:機能
速さは長さで包まれた。
*
第三部――声の式。
王都聖歌隊の聖香が風に乗る。だが香は白線内に限られ、外縁は無香。リリエラが条件板へ指を這わせ、同調ログが即時公開で灯る。
「上声『ま・ど』、中声『わ・す』、下声『名』――三声!」
ミラの合図で合唱が割れ、香の偏りが拍に溶ける。老人は足拍、子どもは影旗、町角歌いは間を支える。
> 〈声の式・中間数〉
> 拍整合度:97%/祈り同調:良/名の帯:維持
声は対象を持たず、場を支えた。
*
そして第四部――合同検証。
広場の四隅の数柱が最後の遅延を重ね、数え人は“善き市民”の色タグを握る。分母を沈め、分子を膨らませる古い手。
そこで、俺たちは順番を逆にした。
「先に分母を数える」
分母公開板の前で、監査印の前に列を作る。王都籍/来訪者/労/取引業者の色タグが配り直しされ、異議窓口が賑わう。
アウステルが読み上げ、グレイスが写しを作り、学匠会が掲示する。誰が観客かを、先に決めた。影にいた人々が光に入る。
数柱の影は、観客に吸収された。
「――投票」
王都案の票は歓声量×志願数。こちらは可用率×停止正当×拍整合度。そしてカイルの提案による剣の間合い遵守率が共通乗数として掛けられる。
レオンの眉がわずかに上がる。剣が居場所を守ったほど、声の票も伸びる。同じ台の規則だ。
票は板で刻まれ、色タグごとに分母付きで表示されていく。
王都籍、僅差。来訪者、大差でこちら。労、圧勝。取引業者、拮抗――だが無料配りの失速グラフが効いてわずかにこちら。
合計が揃った瞬間、白線の鈴窓が高音で三つ鳴った。固定の音。
> 結果:同じ台の勝利
> ・剣の式:間合い遵守率 95%超で有効
> ・声の式:可用率×停止正当×拍整合度で上回り
> ・総合:公開運用案 採択(監査印・学匠会印・聖女同調印)
広場に歓声が波のように起き、数柱の遅延が今度は邪魔になって自壊する。
副官レオンは笑みを整え、礼だけ残して退いた。速度は説明の前で速さだけではいられない。
*
終幕前、レオンの陰から薄灰の司祭服が一歩出る。昨夜と同じ第三の手。杖頭の黒箱は今日も音虫を忍ばせている。
来る。
ミラが耳を押さえ、俺が板に指を置く。
しかし――杖は上がらなかった。香の薄い短祈が、先に落ちたからだ。リリエラの声。
「条件に立たない祈りは、味がない」
聖女の条件が、司祭服の手を止めた。祈りは公開で甘くなる。密では苦い。
司祭服は口を結び、音を箱に戻す。
*
採択の瞬間、王都の石は軽く返事した。可用塔は王都版へ置き換えが決まり、分母公開板は広場の備品になる。善意箱は閲覧台の横。旗互換表は衛兵詰所の壁。
便益回廊は「未承認のまま」。撤去せず、使わせず。白線の小堤と鈴で封じる運用が、王都法務で了承された。
カイルが旗を下ろし、俺の肩を軽く叩く。「剣に居場所をくれた設計に、礼を」
「剣が居場所を守った数字に、礼を」
短い言葉の奥で、追放の夜に切れた線が蝶結びで結び直される。
リリエラがこちらへ歩み、香を薄めたまま言う。「加護は板と数に同調する。人は条件を背に立てばいい」
「条件は裏切らない」
彼女は微笑し、視線だけでアリシアに敬意を送った。
アリシアは印璽を掲げ、王都宣言を短く。
「公開は運用。運用は政治。政治は生活。――停止は恥でなく、誇り」
広場の拍がひとつになった。足で、名で、旗で。
*
夜。王都の星は浅く、音は乾いている。携帯白線は巻かれ、可用塔の下で孤児院チームが写本をまとめる。セレンは傾向を書き、ガロスは膝をさすり、ミラは王都鍵の穴を布で拭う。
アウステルは安全宣言の写しに署名し、グレイスは記録を封印する。次の都市でも、この台をそのまま置けるように。
俺は油紙の最後の欄に、一本だけ線を足した。
> 常設運用(LFS ver1.0)
> ・可用塔:王都・城下常設
> ・分母公開板:催事時必置
> ・旗互換表:王都・城下統一
> ・聖女同調:条件板掲示
> ・停止の誇り:鐘三打・板刻み、習慣
アリシアが横から覗き込み、そっと油紙を押さえた。
「契約結婚は、形式のために結んだ。でも――」
「形式は命綱だ。今日、意味になった」
俺が言うと、彼女は小さく笑った。王女の笑いでなく、現場監督の笑いで。
カイルは旗を巻き、剣には触れずに手を振る。リリエラは条件板に印を一つ足し、聖堂の影へ戻る。
数柱は撤去されるまで沈黙を学び、薄緑は無料より説明が速いことを知る。
白線の鈴窓が王都鍵でドレミと鳴った。
同じ台の上に、剣と声が並んで立っている。
分母は光の中にいる。
停止は誇りだ。
都市は、見せて守る術を手に入れた。
霧の街で目覚めた橋守が、遠い王都の石に伝言を送る。
核は低く笑い、蝶結びはほどけず、しかし開きやすい結びのまま次を待つ。
運用は続く。生活として。
詩は仕様書になり、仕様書は街路になる。
設計は、今日も息をしている。
――おしまい。
作者より(完結)
最後まで読んでくれて本当にありがとう!この物語が少しでも面白かったら、ブクマ・★評価・感想で見届けてもらえると嬉しいです。
また別の“運用系ファンタジー”で会いましょう。