第10話「王都広場・設計図」
翌朝。稼働率板の下に二週間の砂時計を描き、白線の鈴窓を王都行きの鍵に半音上げた。湿地の匂いに代わって、石畳の乾いた埃の気配が鼻の奥で鳴る。王都広場の公開模擬戦――“剣の式”と“声の式”。両方を同じ台に載せる設計が要る。
「移動計画から。速度は“遅れを飲み込む構造”で担保する」
俺は板に二重環を描いた。外環は輸送、内環は情報。外側を荷と人が回り、内側を拍と数が走る。
> 王都遠征・運用設計(第1版)
> ① 隊列:先行(帳場車+旗隊)/中核(王女・監査・法務・設計)/後衛(補給+影旗)
> ② 白線携行:携帯白線(麻紐+鈴窓+夜光粉)を張り替え式で展開
> ③ 可用率中継:道中の宿場で可用率板(小)を立て、遅れも公開
> ④ 祈り同調:聖女加護の条件板を複写携行、数字と同調を移動で維持
> ⑤ 非常停止:拍崩落/旗三連誤読/声分裂 → 全列白+鐘三打+王女宣言
「王都広場に白線を引けるの?」
アリシアが問う。俺は頷き、許可の段取りを示した。
> 王都側・事前交渉
> ・監査局:会場図面の写し許可
> ・法務官:白線仮設の安全宣言
> ・学匠会:仕様書の公開写本・写図の置き場
> ・衛兵隊:旗言語の互換表(誤読防止)
「旗言語は互換が命ね」
王女が印璽を撫でる。旗を巡る誤読は政治だ。色も角度も、都市ごとに少しずつ違う。違いを仕様で埋める。
ミラは携帯白線の鈴窓に、別の穴を増やした。「王都鍵。音が高くて硬い。石の返事が早い」
ガロスは荷の重心を見、セレンは道中の数を握る。カイルは旗束を持ち、「旗角の練度をあと二段上げる」と短く言った。
*
昼下がり。王都からの返信が早馬で届いた。監査局の許可状、アウステル作成の安全宣言案、学匠会の閲覧台の図、そして衛兵隊の旗互換表。
そこに、第一王子派の追伸が挟まっていた。副官レオンの筆。
> 王都広場・式次第(王都案)
> ・第一部:剣の式(勇者隊演武・兵装披露・民兵志願受付)
> ・第二部:速度の式(回廊実演・“便益”告知)
> ・第三部:声の式(王都聖歌隊による祝祷・聖香散布)
> ・第四部:合同検証(観客評価投票・数え人による集計)
数え人。王都広場の大規模催事で票や人数を数える専門職だが、問題は分母だ。誰を観客に含め、誰を除くか。王都案の分母は、たいてい王都の**“善き市民”で閉じる。“外からの者”はしれっと外される**。
「分母を公開する」
俺は板に大きな円を描き、斜線で内と外を塗り分けた。
> 分母公開板(Denominator Board)案
> ・誰を“観客”に含むかを前日から掲示
> ・“王都籍”/“来訪者”/“労”/“取引業者”の色タグ
> ・数え人の位置と視野角を見取り図で明示
> ・異議窓口:その場で色タグの変更可(監査立会い)
グレイスが即座に頷く。「第四部の“観客投票”は、数え方が勝負。公開なら、嘘はできない」
アウステルは口元を結び、補足する。「数え人の選任にも異議を出せるようにする。ギルドの“雇われ数え”を外す」
セレンは板の下段に小さな注を記した。「分母は説明。数字の味が変わる」
*
剣の式は、敵ではない。居場所の一部だ。カイルと俺は並んで座り、第一部の設計を詰めた。
> 剣の式・共通仕様
> ・間合い優先:観客との距離を板で示す
> ・旗互換:王都仕様と相互変換表を掲示
> ・退路:白線で裏列を仮設。剣の**“下がり路”を可視化**
> ・拍:観客の足拍は“剣の呼吸”に合わせ、声は抑制(剣に声を被せない)
「剣が見せ場を食う形にはしない。居場所を作る」
カイルは旗を一本立て、その影に剣の位置を重ねて見せた。「旗の背中に剣を置く」
王都の勇者隊副官たちが送ってきた演武案には、突発的な速度増が混ざっていた。観客の歓声で速度を煽る意図が見える。
「歓声は拍に翻訳する。声は抑制の器具ではなく、翻案の器具だ」
ミラが鈴窓で**“歓声→拍”の変換穴を作り、学匠会が変換手順を写**した。
*
第二部の“速度の式”は、王都側が回廊を正当化する舞台だ。未承認回廊を式で無罪にしようとする。
対抗は可用率と停止ログの公開。速さを長さで包む。
> **速度の式・対案**
> ・**稼働率塔(可用塔)**:会場に**仮設塔**。**アップタイム**と**停止理由**を**板**で刻み続ける
> ・**停止の誇り**:危険時の**停止**を**旗**と**鐘**で宣言。**守った停止**として**拍**を受ける
> ・**遅延吸収**:定時波の**遅延**を**次波**が飲む図解。**遅れ**の**信用化**
> ・**善意箱**:分配を**観客参加**で実演。**無料**を**透明**に**変換**
グレイスは「停止の誇り」に印をつけた。「止める勇気の可視化は、法の味方」
*
第三部の“声の式”は、一見こちらの土俵だが、王都聖歌隊の祝祷+聖香散布が分母を歪める。香は票に効く。
リリエラは条件を板に追記してくれた。
> 聖女加護 同調条件・都版
> ① 香散布は白線内のみ(外縁は無香ゾーン)
> ② 賛美詞は対象不指定(人ではなく空気へ)
> ③ 合唱は三声割り(上:濁し/中:守り/下:名)
> ④ 同調ログを即時公開(学匠会写本+監査印)
「香は拍で割れる」
ミラは匂いの波形を穴へ重ね、香の片寄りが拍に出た瞬間、濁しの声が中和に入る設計を作った。匂いは嘘をつけても、拍は嘘をつけない。
*
残るは第四部――観客評価投票。王都側は“数え人”で結果を作ってくる。ここが核心だ。
俺は板に二本の式を書き分けた。
> 剣の式(王都案):優劣=「歓声量」×「志願数」
> 声の式(都版):優劣=「可用率」×「停止正当数」×「拍整合度」
「志願数は分母でいくらでも揺らぐ。拍整合度に分母は少ない。足と鈴が数えるから」
セレンが頷き、「剣の式に“間合い遵守率”を掛けろ」と提案してきた。「剣が住民の安全距離を守った割合。それも票だ」
「いい。居場所を作った剣が勝つ」
カイルは旗を回して角度を確認し、「間合いの板を俺が読む」と請け負った。「剣の恥じゃない。運用だ」
*
王都への移動前夜、町角歌い(ストリートの歌い手)たちが広場に集まった。合唱、コール&レスポンス、数取りが上手い。市場で鍛えられた声は硬派だ。
ミラが三声割りを教え、孤児院チームが小冊子を配り、セレンが数を刻む。ガロスは隊列の膝で拍のブレを拾い、調整役を増やす。
アリシアは印璽を磨き、王都鍵の布を掛けた。「政治は運用の公開。王都でも同じ」
「同じを運ぶのが、仕様書だ」
俺は油紙を束ね、閲覧台に挟む写しを三部増やした。燃やされても、残る。
*
出立の朝。白線の鈴窓が王都鍵で高音に鳴る。携帯白線は巻かれ、旗は三色+影旗、帳場車は前輪に鈴を付けた。拍を運ぶために。
城門を出る時、薄緑に金の糸が遠巻きに揺れた。通路券はまだ配られている。だが、裏の小字に手数料が増え、民の眉間に皺が一本増えていた。
セレンが小声で言う。「無料は説明に負ける」
「説明は速度になる」
俺は頷き、可用率板(小)を最初の宿場に立てた。遅れが出れば、次波で飲む。止める時は板に刻む。
道中、王都の噂が風で運ばれてくる。
――第一王子派は数の魔術を用意。広場の四隅に**“数柱”を立て、歓声の残響を多重数として計上する。数え人は柱の近く。分母は柱の“影”に入らない者のみ。
数を増やすのではなく、数え方で増やす**。式の分母を隠して、分子に影を足す。
「数柱は音で立つ」
ミラが即座に図を描く。四隅の柱から遅延付きの音が出て、歓声を重ねる。拍は乱れる。
「対位で壊す。拍を通し、柱の位相に穴を開ける」
セレンが指で遅延表を作り、ガロスが旗頭の合図に遅延を載せる。カイルは間合いの板を背負って歩き、俺は油紙に**“数柱破り”**の小さな式を書いた。
> 数柱破り(案)
> ・柱ごとの遅延推定→反位相の足拍を四隅に逆送
> ・分母公開板を柱の影に立て、“影”に入る者も観客に含む宣言
> ・数え人の移動を監査印で追跡(影から出さない)
「影を観客にする」
アリシアが短く言い、印璽を握る。「影を除外する政治に、光で返す」
*
王都の門は高く、空は浅い。石の返事は速い。携帯白線を張り、鈴窓を合わせ、閲覧台を据える。
可用塔は学匠会の小庭の角に立ち、分母公開板は広場の中心脇に大で掲げられた。旗互換表は衛兵詰所の前、祈り同調ログは聖堂の前。穴は埋めた。
副官レオンが白金の外套で現れ、口元だけ笑った。「式は二つ。剣の式と、速度の式」
「声の式もある」
俺は答え、指で小刻みに拍を打つ。白線が王都鍵で応答する。
聖女リリエラは聖堂の影から出て、香を薄くし、条件板に指を走らせた。聖は公開に同調する。
「式の台は一つ」
アリシアが宣言し、印璽を掲げる。「剣も声も、同じ板に載せる。分母は公開。停止は誇り。拍は運用」
数柱が四隅に立つ。遅延の唸りが石に薄く絡む。俺は板を叩き、旗を見、足を見、声を聞く。
式は、もう始まっている。
「剣の式、間合い遵守率の板読みは俺がやる」
カイルが短く言い、旗を肩に乗せた。剣は旗の背中で居場所を得る。
ミラは鈴窓の穴を二段動かし、数柱の遅延に穴を開ける。反位相の足拍。セレンは分母公開板の色タグを配り、グレイスは数え人の動線を赤鉛筆でなぞる。アウステルは安全宣言を読み上げ、止める条件まで先に声にする。
リリエラは合唱の三声を一度だけ合わせ、「対象不指定」の賛美で空気の硬度を整える。
副官レオンは相変わらず笑っている。数の魔術は笑ってから来る。笑いに遅延が乗る。
王都広場の空気が薄く震え、第一部の開始を告げる金具の音が高く鳴った。
――剣の式が、始まる。
旗の角度、足の幅、拍の穴。
数柱の影に、色タグが光る。
王都は見ている。同じ台の上で、剣と声が並ぶのを。
分母が公開される光景を。
停止が誇りになる瞬間を。
俺は油紙の角を折り、最後の欄に太い線を足した。
> 緊急巻き戻し(都版)
> ・剣:間合い崩落→旗三白
> ・声:合唱分裂→鐘三打
> ・数:数柱支配→分母公開宣言+数え人固定
> →全列白、裏列閉鎖、王女宣言
「巻き戻しまで仕様」
アリシアが囁き、印璽に触れた。
白線が高音で応え、石畳が返事をよこす。
――王都広場、運用開始。
作者より
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次回予告:「剣の式・声の式 前半」――数柱の遅延、歓声→拍の変換、そして“間合い遵守率”が剣を救う。