サプライズなんて大嫌いだ
Xにて#2025南雲皋爆誕三題噺 という企画で書かせていただきました。
お題は『不意打ち』『あめ』『笑う』
3000文字程の短編ですが楽しんでいただけばと思います!
人間は成長するものだ。当たり前である。赤子が何十年もそのまま状態でいるなんてありえないことだから。
希望と期待を胸に……なんて新社会人が掲げるありきたりな思いを抱えつつ産んだ我が子、いつき。目に入れても痛くないとはこのことで、旦那の次に守りたい命となった。生まれてからの数年は歓喜と疲弊の連続だった。ただ、幸せというのはこういうものなんだとふんわりとしながらも思ったものだ。
それから早、十五年。あの可愛さはどこへやら。二言目には金、金。高校生になったんだから自分でバイトして稼げとこちらも負けじと反論する。
寝る前にスマホで子どもの小さい頃の画像を眺めて心を落ち着かせた。赤ちゃんから幼稚園くらいまでは毎日のように撮影していたのに、いつの間にか撮らなくなったのだろう。年ごとにフォルダ分けされた画像一覧を見るとその差は歴然だ。
一度だけ息子に見つかりみっともないことをするなと引かれてしまった。これも成長だと割り切って旦那と見守るしかないのだろうな。
『関東平野部は昨夜から本日午後にかけて本格的な雨になります。ところにより激しい雷雨のおそれもあるでしょう。通勤、通学、お出かけの際は雨具を使用の上、安全第一をつとめてください』
カーステレオからラジオが流れている。横殴りの雨が車の外装を叩きつける音で、明瞭な聴き心地の良い女性の声を遮っていた。
不運な日というのはとことん不運な気がする。まず、旦那の起床タイマーが鳴らず遅刻ギリギリに送り出し、私のうっかりで息子の弁当を作り忘れ購買で買ってもらうよう小銭を握らせ悪態をつかれてしまった。スーパーのパートの最中に下の子の通う小学校から怪我をしたと連絡があり、いじわるおばさんの小言を耐えつつ中抜けした。そしてしまいには雨模様という現状だ。間違いなくベランダに干してある洗濯物は全滅だろう。
下の子、みなみを病院に連れて行き、医師からただの擦り傷と鼻血だから大丈夫だという言葉と大きい絆創膏をもらい私は心底ホッとした。娘があまりにもケロッとしているので「そんなに元気なら学校行く?」と聞いたところ「雨の中帰るの嫌」のひと言で一蹴されてしまった。大人になったらそんな甘いこと言ってられないぞ。溜息混じりに早退を許した私も人のことを言えないのだけど。
娘を自宅に送ったあと、パート先に戻り規定通りの時間まで業務をこなした。帰りがけに同僚のさつきさんに同情され、恥ずかしくて、情けなくて会話もそこそこに店をあとにした。そして今、横殴りの雨に見舞われている。帰宅しても家事があると思うと気が滅入る。いっそのこと夕食は冷凍チャーハンとレトルトカレーにでもしてしまおうか。
自宅の駐車場に車を停めると、無駄な悪あがきとわかっていながら大急ぎでポーチまで走った。たった数秒だというのに、仕事着のカーディガンとスラックスは雨に濡れまだら模様を作っていた。翌日がシフト休みで良かった。
玄関ドアを開けビショビショのスニーカーと靴下を同時に脱ぎ捨てると、手持ちバッグからタオルハンカチを取り出し両足の水気を拭き取った。あまり吸水しないが廊下に道筋を作るよりマシだろう。
「ただいまー」
薄暗い我が家に声をかける。誰の返事も返ってこない。旦那は仕事で息子は学校、みなみは自室のある二階にいるだろう。この家の空気が冷えきってしまったのはいつからだったか……旦那と結婚して子どもたちが生まれるまでずっと暖かかったのに。
寒い……
この寒さは雨に打たれただけではないのは気づいていた。早く着替えてお風呂に入らなければ。脱衣所の電気を付け、湯船に湯を溜めようと浴室へ一歩足を踏み入れる。あれ……?
お湯が溜まっている?
先に帰ったみなみが入ったのか? いや、入浴したならば床が濡れているはずだ。じゃあ、何のために……? 疑問を抱きつつ着替えをするため自室に繋がるリビングのドアを開けた。
「お母さん、おかえりなさーい!」
暗かったリビングの電気がいきなり付いたものだから理解するのに時間を要した。自分の虹彩が光に慣れ物体を認識できるようになると、満面の笑みを浮かべるみなみと明後日の方向へ視線を送るいつきがいた。そしてダイニングテーブルにはフライドチキン、グリーンサラダ、ピザ。クリスマスで食べるようなごちそうが所狭しと並べられていた。
「え? え?」
私が状況を飲み込めないでいると、みなみが嬉々として口を開いた。
「今日はお母さんの誕生日! だからお父さんとお兄ちゃんと相談してサプライズしようと思って!」
あ、そうだ……慌ただしく過ごしてたから忘れていたけど今日は私の誕生日だ……
「たまたま今日がお兄ちゃんテストがある日で、早く帰れるんでいろいろ家のことやってもらったの! 私が学校で怪我したのは本当に偶然だけどね」
みなみの話を聞きながら部屋の隅を見ると、不器用ながらも畳まれている洗濯物がそこにあった。そんな当人は落ち着かない様子で目を泳がせていた。
「お父さんももうすぐ帰ってくるよ! お母さんの好きなチーズケーキ持ってね!」
「……風邪ひいちゃうからお風呂入ってくるね」
「あ、ゴメン! いってらっしゃい」
クシュン!
私は大袈裟にくしゃみをひとつした。一旦この場から離れたかった。自室に行くと着替えを持ち再びリビングに戻った。廊下に出てドアを閉める直前。
「ふたりとも、ありがとう……」
「うん! どういたしまして!」
「……早く風呂行けよ」
思春期の息子のつっけんどんな態度に疲弊していたが今はこれくらいが心地よい。脱衣所に着いたときは涙が次から次へと溢れ止まらない。いつもは口うるさく「体を洗ってから湯船に浸かれ」と家族に言っているが、今回ばかりは一秒でも早く入りたかった。この涙を洗い流したいから。そういえばひとりでゆっくりお風呂に入るのも何年ぶりだっけ……
私はサプライズが嫌いだ。正確には相手にどんな反応すればよいのかわからないという表現が的確だ。幸いというか今までそのような機会がなく、旦那には報告していなかった。忙しさにかまけて子どもたちの誕生日もプレゼントを渡し、ケーキを食べさせて終わりだった。そんなふたりが……私の知らないところで目まぐるしく成長しているのだ。何だかくすぐったいが。お風呂からあがったら思い切り抱きしめてあげよう。息子は嫌がるだろうがそこも愛嬌だ。
体の芯まで温まり身支度を整えてリビングに戻ると、旦那が帰宅しており人数分のジュースをコップに注いでいた。みなみは私の定位置の椅子を引き、座りやすいようにしてくれた。いつの間にかこんな気遣いができるようになったんだか。旦那と子どもたちも席につくと全員手を合わせた。
「いただきます!」
こんなに温かい食卓は久しぶりだ。今日は散々な日だったが「終わりよければすべてよし」という言葉が相応しい。しばらく食べ進めていると「ホントはナイショにするつもりだったんだけど……」ともったいぶった様子で話し出した。
「このご飯ね、私のお小遣いとお兄ちゃんのバイト代で買ったの! ちょっとお父さんに出してもらったけど」
「おい! 言うなって!」
「お兄ちゃんも結構ノリノリだったじゃん」
…………
やっぱり私はサプライズが嫌いだ。こんな不意打ちをされてしまったらまた泣いてしまうじゃないか。
でもたまになら。
こんなサプライズありかもしれない。
生まれてきてくれてありがとう。
さつきちゃん誕生日おめでとう!(*´ω`*ノノ☆パチパチパチパチ