第7話「てるてる先生」
放課後の屋上には、夕陽が斜めに差し込んでいた。
そらと雫は、スマホの画面を見ながら、軽く振り付けを真似ている。
「そっか、ここでターン……んっ」
そらがくるりと回ると、雫が一拍遅れて追いかける。リズムはまだぎこちないけれど、どこか楽しそうだ。
「雫ちゃん、リズム感けっこうあるね」
「ほんと? やった……てるてる先生の教え方がいいのかも」
「てるくんが聞いたら怒るよ、それ」
ふたりで笑い合ったそのとき、タイミングを見計らったように、屋上のドアが開いた。
「誰がてるてるだ」
と、あきれたような声が響く。
「てるくん!」
そらが手を振ると、黒瀬照は軽くため息をついて歩いてくる。
「ま、楽しそうで何よりだけどな」
「見てた?」
「見てた。まだまだだけど、まあ、形にはなってきたんじゃねーの」
そう言いながら、照はスマホを取り出す。
「記録用に撮っとけよ。最初のやつって、あとから見返すと面白いから」
「撮影!?」
そらと雫が顔を見合わせる。
「……ちょっとだけ、やってみよっか」
そらが言い、雫がこくんと頷く。
スマホをベンチの上に立てかけ、即席の撮影スタート。
音楽はスマホから流れる小さな音だけ。
それでもふたりは、なんとなく息を合わせて動いてみる。
照は、その様子を黙って見守っていた。
──数分後。
「意外とちゃんと撮れてるじゃん」
そらが動画を確認しながら言う。
「こういうの……SNSに上げてる人、よくいるよね」
雫がスマホをのぞき込みながらつぶやく。
「ああ。じゃ、このまま上げとくか?」
照がさらっと言う。
「えっ、このままって……これ、照くんのスマホだよね?」
「俺のダンス投稿用アカウント、使っていいからさ。匿名でこっそりやってるやつ……誰にも言うなよ?」
「それに、空もきれいだし、いい感じに映ってる。バズらなくても、記録用ってことで……それ、ちょっと貸して」
そう言って、彼は笑いながら手を差し出す。
スマホを受け取ると、画面を数回タップし、ふたたびそらに手渡す。
「じゃ、後は任せた」
「えー……緊張する……でも……」
そらは画面を見つめながら、慎重に指を動かしてハッシュタグをつける。
「#放課後 #屋上ダンス #空が好き」
「……えいっ」
投稿ボタンを押すと、屋上で生まれたばかりの小さなきらめきが、世界へと放たれた。
ふたりしてスマホの画面をじっと見つめる。
「……あ、いいねついた!」
そらの声に、雫がのぞき込む。
「誰?」
「知らない人。でも、『この空、すごく好き』ってコメントついてる」
「へぇ……なんか、うれしいかも」
そらは、ぽつりとつぶやいた。
「誰かが見てくれるって、すごいことなんだね」
そのとき、スマホに新たな通知が入る。
「……『私も仲間に入りたいな』?」
そのコメントに、そらも雫も目を見合わせる。
照がその後ろから覗き込んで、ふっと笑った。
「なんか……始まってきた感じするな」
屋上の空は、茜色に染まっていた。