表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/53

第5話「中の人なんて、いません」

昼休みのチャイムが鳴ると、翠谷雫みどりや しずくはトロンボーンのマウスピースだけを握り締めて教室を出た。


吹奏楽部に仮入部したものの、周りは経験者ばかり。

雫に与えられたのは、まずマウスピース単体で音を出すという地味な練習だった。


でも、にぎやかな音の中で、ひとり鳴らないマウスピースを吹いていると、いたたまれない気持ちになってくる。

誰も自分を見ていないはずなのに、偶然変な音が出るたび、視線の矢が突き刺さるような気がする。


そんな時、ふと耳にした先輩の一言が脳裏をよぎった。

「屋上なら、誰も来ないよ」


雫はその言葉にすがるように、おそるおそる人気のない階段をのぼった。

屋上への扉をそっと開けると、風が音を連れて吹き抜けてくる。遠くでボールの弾む音が響いていた。


誰の姿もない。


「……ほんとに、誰もいないんだ」


ぽつりとつぶやくと、雫はマウスピースを唇にあて、そっと息を吹き込んだ。


「ブッ……ブォ〜♪」


その瞬間——


「うわぁっ!」

死角になっていた塔屋とうやの陰から、男子の声。


雫もびっくりしてマウスピースを落としそうになる。


「雫ちゃん……?」

続いて聞こえた聞き覚えのある声。

同じクラスのそらだった。


「あ……ごめん、邪魔しちゃった……」

雫があわてて出入口に戻ろうとすると、さっきの男子——黒瀬照が、立ち上がって手を振った。


「いやいや、そういうんじゃねぇって」


ちょっと困ったように笑って、彼は頭の後ろを手で掻いた。


結局、三人は並んで屋上のベンチに座る。


雫は、吹奏楽部でのことを話した。

まだ音を出せないこと、マウスピースだけでの練習が恥ずかしくて逃げてきたこと。


そらが、ぽつりと口を開く。


「なんかわかるかも。……私も、最初ここに来たのは、人に見られたくなかったからで」


「俺はその、見られたくなかったっていうそらを、見に来たのが最初だけどな」


照が苦笑して肩をすくめる。


「結果的に、ここが一番落ち着くんだよな」


風が吹いて、少しだけ空気がやわらかくなる。


ふと、好きなアイドルという話題へ移った。


「アイドル、好きなの?」とそらが尋ねると、雫はこくりと頷いた。


「最近ハマってるのはね、砂丘のご当地アイドル。……ミュージックビデオにラクダが出てくるの」


「ラクダ!?」とそらの目が輝く。


「うん、すごく可愛いんだよ。衣装も凝ってて、MVの空気感もすごくよくて……」


そう言って雫はスマホを取り出し、動画を再生した。


照がのぞき込みながら尋ねる。

「で? 推しは?」


雫は迷いなく画面を指さした。


そこに映っていたのは——ラクダの着ぐるみ。


「こ……こいつ?」と照が戸惑う。


「うん。この子がいちばん可愛い。踊りもキレッキレで、存在感があって……」


「いやいや、着ぐるみかよ!」


「中の人なんて、いません」


真顔で返した雫に、一瞬ぽかんとしたあと——そらがふっと笑い出した。


つられて照も吹き出す。


「……雫ちゃん、面白い」


「変って思う?」


「ううん、いいと思う。私は好き」


そらの言葉に、雫の頬がふわりとゆるむ。


すると照が、ぽつりとつぶやいた。


「なあ、踊ってみたいなら教えてやろうか? 簡単なやつからでよけりゃ」


雫の目が見開かれる。


「……わたし、踊ったことなんてないけど?」


「いいじゃん、最初は誰だって初心者だし」


「うん……ちょっとだけなら、やってみたいかも」


その一言が、思いがけずうれしくて——


そらの心が、ふわっと浮かび上がった気がした。


屋上の風が、三人の間をさらりと吹き抜けていく。

どこかで、何かが始まる音がした。

※YouTubeチャンネル「@AozoraDrop」で劇中歌を公開していますので是非お聴き下さい♪

【劇中歌プレイリスト】

https://youtube.com/playlist?list=PLXQVDdlnX86cDoXjk4TfuBJ8d58lJ8Baj

挿絵(By みてみん)

「ラクダと砂丘のメロディ / Dune Breeze」


広がる砂丘、どこまでも続く空、

足跡をつけて、風と踊るよ、

ラクダの背中で、夢を描いて、

鳥取の空に、希望を放つの!


太陽の下、笑顔はじけて、

きらめく砂が輝く、

鳥取の風に乗って、

私たちは未来へ飛び出す!


ラクダと一緒に駆け抜けよう!

砂丘の風が背中を押すよ、

夢見た場所へ、君と一緒に、

この広い世界で見つけた宝物!

鳥取砂丘で歌うメロディ、

ラクダがリズムを刻むよ、

未来へ続くこの道を、

一緒に進もう、ラクダと共に!


砂の波に足を取られても、

君がいるから大丈夫!

ラクダの瞳は何でも知ってる、

旅路の果てには、光が待ってる。


風の声に耳を澄ませば、

夢の扉が開くよ、

鳥取の空の下で、

新しい冒険が始まる!


ラクダと一緒に駆け抜けよう!

砂丘の風が背中を押すよ、

夢見た場所へ、君と一緒に、

この広い世界で見つけた宝物!

鳥取砂丘で歌うメロディ、

ラクダがリズムを刻むよ、

未来へ続くこの道を、

一緒に進もう、ラクダと共に!


ラクダの歩みはゆっくりだけど、

確かな道を歩んでる、

砂丘の頂上から見える景色、

君と私の宝物!


ラクダと一緒に駆け抜けよう!

砂丘の風が背中を押すよ、

夢見た場所へ、君と一緒に、

この広い世界で見つけた宝物!

鳥取砂丘で歌うメロディ、

ラクダがリズムを刻むよ、

未来へ続くこの道を、

一緒に進もう、ラクダと共に!


ラクダと砂丘のメロディ、

鳥取の空に響け、ずっと!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ