第16話「永遠の夏の午後に」
夏休みの音楽室。
校内の喧騒もなく、外のセミの声だけが、遠くに聞こえる。
この部活には、決められた練習時間なんてない。
大会の予定もなければ、先生に怒られることもない。
誰が来ても来なくても――きっと、それでも部活は成立する。
けれど。
なぜか今日も、全員が揃っていた。
机に肘をついて、窓の外を見ていたそらは、ふと気づいて笑う。
誰も特別なことはしていない。ただ集まって、視察旅行の思い出を話して、笑って。
それだけなのに。
(……この時間が、ずっと続けばいい)
そんなことを、ほんの少しだけ思った。
「部長、次は海に行こう」
雫の唐突な声に、音楽室の空気がぴくりと動いた。
「部長、花火大会行きたい。あと浴衣着てお祭りも行きたい。冷やしきゅうり食べたいし、鮎の塩焼きも食べたいし、金魚すくいもしたいし――」
「急にどうした」
照が半笑いでツッコむと、雫はあくまでさらっとした顔で首をかしげた。
「え? 夏って、そういうものでしょ?」
その声に、誰も反論しなかった。
――そう。わかっていたのだ。
この夏は、一度きり。
未碧が隣にいてくれる、最後の夏。
「……じゃあ、計画立てる?」
そらが小さく言うと、月音がこくりと頷いた。
「……海とか、いいかも……」
「着替えは……衣装部がなんとかします」
海がスケッチブックに書き込みながら言って、静かな笑いが起こる。
そんな中でも――
みゃお先輩は、何も言わず、ただピアノを弾いていた。
いつも通りの、穏やかな音色。
でもそのメロディはどこか、懐かしさと、少しの切なさを含んでいた。
誰もそれを指摘しない。
でも、きっと、みんな感じている。
“いま”というこの時間の、儚さと、かけがえのなさを。
――そして、それが永遠じゃないことも。
そらは、ふと視線を落とした。
みんなの笑い声の中で、ひとり、そっと胸の奥を探るように。
(……一度きり)
気づいてしまった事実が、胸を締め付ける。
中学二年の夏。
学校がつまらなくても、それでも、ある一人の先生だけが、そらにとっての“居場所”だった。
穏やかで、優しくて、何でも話せる存在。
先生は産休に入る前、「すぐ戻ってくるからね」と笑って言っていた。
それを、信じていた。
だから、九月になっても教室に戻ってこなかったとき、
冬になっても、三学期になっても――
そらは、ずっと心のどこかで待っていた。
だけど、春を待たずに配られたおたより。
そこにあったのは――
あまりにも事務的で、あまりにもあっけない、“大切なお知らせ”。
「このたび、退職されることになりました」
それだけだった。
何も言わずに、いなくなってしまった。
(――あのときからだ。私は、“誰かがいなくなる”ことが、こわくなった)
だから、今。
こうして、みんなと過ごす時間が楽しくて仕方ないほど、
その終わりが見えてくることが、どこかさみしくなる。
そらは、目の前に広がる日常が、いつか当たり前じゃなくなることを、知っている。
だからこそ。
今だけは、誰も欠けることなく、ここにいてほしい。
せめて、未碧先輩がいなくなるその日まで――




