第14話「きゃめるんに会いたくて」
夏休みが始まって、最初の週末。
朝の空には、まだ薄い雲が残っていた。
会場前にはすでに行列ができていた。
そらたちは、事前に購入しておいた電子チケットをひとりずつスマホで提示し、受付でリストバンドと引き換える。
「わ、意外とスムーズだね」
「ほんと。もっと混むかと思ってた」
陽射しが強まる前に入場できたのは、ちょっとした幸運だった。
すでにどこかのステージから音が聞こえてくる。
地下のライブハウスとは比べ物にならない、解放感と、無数の人の熱気。
「すごい……私たち、本当にここに来たんだ」 そらは、リストバンドの上から手首をぎゅっと握りしめた。
タイムテーブルを見ながら、自然と円になって腰を下ろすメンバーたち。
「どこ回る? ステージめっちゃある……」
「えっと、屋上ステージは……午後からか」
「Dune Breezeは……あっ、ほら、ここ! 端っこの“VIOLET GARDEN”」
「……ちょうど今やってる」
そう言った雫の目が、ほんの少しだけ輝いた。
すぐさま音の方向を頼りに走り出す。
そこには、雫の推しグループ。まさにライブ真っ最中のDune Breezeがいた。
野外ステージ。観客が掲げた、それぞれの“推し”の名前入りタオルが風に揺れる。
そして、耳に届くのは――
『ラクダと砂丘のメロディ』。
みゃお先輩が提供した、ご当地アイドルとしての代表曲。
初めて“本物”を目の前にして、雫は足を止めた。
ステージで歌い、踊る彼女たちの表情。
客席を見つめる目、コールを受けて嬉しそうに微笑む仕草――
それ以上に――
(……これが、みゃお先輩の“音”)
画面越しでは絶対に感じられない“熱”が、そこにはあった。先輩が作ったメロディが、たくさんの観客の心を揺らし、笑顔を生んでいる。その事実が、雫の胸を熱くする。
「……すごい……」
隣でそらが小さく言った。
「雫ちゃん、よかったね。初めて見られて」
雫は、ゆっくりとうなずいた。胸の奥が、じんわりと熱い。
でも――
「……着ぐるみ、いなかった」
ぽつりとこぼしたその言葉に、思わず笑いが起こる。
「そこかーい!」
「どんだけ会いたかったの!」
「だって……きゃめるん……」
そう呟いた声は、どこか名残惜しそうで、どこか芝居じみていた。
けれど未碧にはわかった。
(……ちゃんと届いてたんだね)
あの曲は、自分がスランプのさなかに書いたもの。
だから、どんなふうに届いているのか、知るのが怖かった。
雫が見てくれていたのは、きっとステージの熱と、その“音”。
そのまなざしが揺れていたこと。ほんの少し、涙がにじんでいたこと。
それだけで――
「……ありがとね、雫ちゃん」
未碧は、誰にも聞こえないように、そっと呟いた。
そして、何事もなかったように一歩前へ出て、笑顔で言う。
「さてさて、次はどのステージ?」
けれどその目は――
ほんのわずかに、涙で輝いていた。




