第13話「遠足じゃなくて、視察です」
期末テストを終えた午後、音楽室には、どこかふぬけたような空気が漂っていた。
「……夏休み、どうする?」
照のひとことで、その空気がふわりと動き出す。
「海くん、また衣装の素材探しに行くんでしょ?」
「うん。布地の問屋まわりたいなって思ってる。ちょっと見たい新素材があって」
「月音ちゃんは?」
「……花火とか……あと、できれば冷房のきいた静かなところ……」
「そらは?」
「私は、みんなと一緒ならどこでも!」
笑い声がこぼれたその瞬間、いつもの放課後が、ほんの少しだけ特別な空気をまとう。
そして――雫は少し迷いながらも、ぽつりとつぶやいた。
「私は……お台場でやる、アイドルフェス……観に行ってみたいなって」
一瞬、全員が「おっ?」という顔になる。
「ステージとか、どんな感じなのか、ちゃんと観てみたい。……“本物のアイドル”の」
数秒の沈黙。けれど、それは否定ではなく、想像のための静けさだった。
「観に行くだけじゃなくて……いつか、出る側になれたら」
そらが、思わずぽつりとこぼす。
それに、照がにやりと笑い、
海が、スケッチブックをぱたんと閉じる音を響かせる。
「……なら、衣装の研究もしとかなきゃな」
誰かが笑い、誰かが目を輝かせる。
“夢”はまだ遠い。だけど、ここには確かに――それを追いかける仲間がいる。
……と、そこへ。
「ふふ……いい顔してるわね、みんな」
不意に扉が開き、東雲先生が音楽室に顔を出す。
(なぜかこういうときに限って、絶妙なタイミングで現れるのがこの人だ。)
「先生!」
そらがぱっと顔を上げ、他のメンバーもすぐに姿勢を正す。
「……で、さっきから何の話?」
(いま来たばっかりなのに、なんで“さっきから”って言えるんだろう……)
「夏休みの予定です!」
「お台場のアイドルフェス、部のみんなで観に行けたらなって……!」
雫の言葉に、東雲先生は少し目を細める。
「……そうね」
と、意味ありげに小さくうなずいたあと、こんなふうに続ける。
「実はね、あのパレード――吹奏楽部と舞台芸術部の合同パフォーマンス、とても評判がよかったのよ。市の教育委員会からも“ぜひ今後もこうした文化活動を”って、正式に評価されてる」
「えっ……すごい」
「学校の中でも、“ちゃんとした部活動として機能している”って見なされたの。だけど、正式な“部”になったということは、もう、ただの友達同士の遠足気分で、県外のイベントにホイホイ出かけることはできなくなる、ということよ。“部活動”としての、ちゃんとした目的と計画書がなければ、学校は許可を出せないわ」
先生の言葉に、一同が黙り込む。
「そんな……」と、雫がうつむいた、そのとき――
「……それなら」
静かに口を開いたのは、部長である照だった。
「先生。ただの“遠足”がダメなら、“研修”や“視察”という名目ならどうですか? 俺たちは、次のステージの参考にするために、プロの現場を“見学”しに行く。これは、立派な“部活動”ですよね?」
その言葉に、全員の顔が、はっと上がる。
東雲先生は、一瞬驚いたように目を見開き、そして――にやりと、満足そうに笑う。
「……面白いこと、考えるじゃない。いいわ。その方向で、ちゃんとした計画書を提出できるなら、私が上に話を通してあげる」
「……はいっ!」
みんなの声がそろう。
その瞬間、静かな音楽室の中に、夏の予感がふわりと立ちのぼる。
そらが、小さく呟いた。
「観に行くだけでも、絶対、何か変わるよね」
それは、きっと誰の心にもあった気持ちだった。
ほんの小さな種火だけど、確かに――
この夏は、何かが始まる予感がする。
そして、それはまたひとつ、“空のステージ”に続く道になるのだ。




