第4話「お迎えに上がりました」
【登場人物紹介】黒瀬照・1年生・ダンス部(幽霊部員)
屋上で踊るそらの前に現れた男子。初対面のそらに「昨日、偶然見つけちゃってさ」「俺もダンス好きなんだけど」と、軽やかな口調で話しかける。どこかチャラそうな奴。
教室の窓から見える青空に、そらは何度も目をやっていた。
放課後。いつもならもっと早く帰り支度をするのに、今日はなかなか席を立てない。
屋上に行くべきか、行かないべきか。それが問題。
「明日も、来るよな?」という彼——黒瀬くんの屈託のない言葉が、昨日から頭の中をぐるぐると回っていた。
でも、もし——
(行っても、誰もいなかったら……)
そんな不安が胸をかすめた、そのとき。
「ちーっす。お迎えに上がりました!」
誰もいなくなった静かな教室に、明るい声が響いた。
びくっとして顔を上げると、そこには制服のボタンを少しだけ開けた黒瀬くんが立っていた。左手をポケットに突っ込んだまま、悪びれた様子もなく、ニッと笑っている。
「……え?」
思わず声が漏れる。
「屋上、行くだろ?」
まるで当然のようにそう言って、彼はゆっくりと歩み寄ってくる。
そらは胸の奥がぎゅっと縮まるのを感じながら、小さくうなずいた。
言葉にする前に、足が動いていた。
二人並んで階段を上がる。
それだけのことが、どうしようもなくくすぐったくて、うれしかった。
屋上の扉を開けると、やわらかな春の風がふたりを迎えた。昨日と同じような景色なのに、今日は少しのどかに感じる。
しばらく無言で風に吹かれたあと、黒瀬くんが口を開いた。
「そういやさ、名前。俺、まだちゃんと聞いてなかったかも」
「えっ……あ、星野。星野そら……です」
黒瀬くんは、昨日と同じように少しだけ目を細めて、やわらかく笑った。
「そっか。……いい名前だな。輝く星空みたいで」
そらは思わず俯いた。名前を褒められるなんて、ほとんど初めてで、どうしていいかわからなかった。
「えっと……黒瀬、くん……は?」
「黒瀬 照」
「……てる、くん」
そらは、小さな声で呼んでみた。呼んだ瞬間、顔が熱くなるのがわかった。
彼は一瞬きょとんとして、それから困ったように笑った。
「なんか、それ……照れるんだけど」
「ご、ごめん。変だった?」
「素直に嬉しいわ。……ま、照が照れるってのは変かもな」
「え?なにそれ……ふふっ」
そらも、思わず笑みを漏らす。
風が、ふたりの間をそっと通り過ぎていった。
照はポケットからスマホを取り出し、そらに動画を見せた。
「これ、自分で振り付け考えてみたやつ。まだ途中だけどさ」
画面の中では、照が、見よう見まねではなく、自分のリズムで踊っていた。
昨日の姿とはまた違う、新鮮な一面だった。
「すごい……」と、そらがつぶやく。
「よかったら……今度、二人で合わせてみたいんだけど」
そらは一瞬だけ戸惑って、それから、ゆっくりとうなずいた。
また少しだけ、空が広くなった気がした。