第7話「#まさかの優勝 」
観客席・本番終了直後
会場のざわめきの中で、はじめは一歩引いてステージを見ていた少女が、いつの間にかスマホを手に持っていた。
(……なんだったんだろう、今の)
ただただ、胸がいっぱいだった。
あのツインテールの子の弾き語りから始まり、ぎこちないけれど真っ直ぐな歌声、そして――あの曲。
『アオゾラドロップ』。
思い返すたびに、さっきの澄んだ高音が頭の奥でリフレインする。
最初は名前でちょっと笑ってた。「二代目舞台芸術部(仮)」? なにそれ、って。
けれど、あの曲を聴いた瞬間から、すべてが変わった。
気がつけば、少女の指がスマホの画面を素早くタップしていた。
アプリを開き、震えるように文字を打ち込む。
「二代目舞台芸術部(仮)とかいう謎グループ、正直なめてたけど、
『アオゾラドロップ』っていう曲がめちゃくちゃ良くて……
ラスサビで泣きそうになった……あれ、アイドル曲? ほんとに?
最後の曲もなんだったのあれ……本気で鳥肌立った。
名前でググったら何か出るかな……#ライブ感想 #まさかの優勝」
投稿は数秒でタイムラインに溶け込み、すぐにぽつぽつと“いいね”がつき始めた。
別の観客が、それを見て――
「あれ? もしかしてこれ、例の屋上動画の……?」
「Aozora Dropってこのグループ名? 曲名? あのてるてる坊主のやつじゃん!」
「ラジオのアーカイブで流れてたやつだこれ!!」
と、次第に関連する情報が掘り起こされ、ハッシュタグとともに、じわじわと話題が広がり始める。
そして、誰かがふとつぶやく。
「これ……バズるやつじゃない?」
楽屋に戻ってきたメンバーたちは、誰もが息を弾ませながら、無言のまま顔を見合わせた。
「……終わった、よね?」
そらのぽつりとしたひと言に、思わず笑い声がこぼれる。
「うん。終わった……っていうか、終わっちゃった!」
月音が両手をばっと広げて笑い、照が思わず肩をすくめる。
「いや、“終わった”っていうより、“始まった”だろ」
「照はうまいこと言おうとしないのっ!」
雫が軽くつっこむと、海が隣でくすくすと笑った。
未碧はと言えば、ソファの隅でミルクティーを抱えながら、どこか夢を見ているような顔をしていた。
「……わたし、ステージで歌いきったんだね」
「うん。ばっちり」
そらがそっと寄り添い、手を取り合う。
「……てか、月音ちゃんの最後、すごかったよ!」
「あのイントロ始まったとき、口開いたまま固まったからね、わたし」
「先生、やりやがったなって感じだったよね」
「でしょ!?」と月音が笑うと、全員が「うんうん」とうなずいた。
ふと、海がスマホを開いて画面をのぞきこむ。
「……あ、なんかもう、ぽつぽつ話題になってるよ。“アオゾラドロップ”って曲、泣いたって」
「え……ほんとに?」
そらがのぞきこみ、照が小さく息を吐く。
「……まだ“誰”かはバレてないけど、名前はもう走り出してるみたいだな。“アオゾラドロップ”っていう“音”だけが」
誰かが言った。
「それって、最高のスタートじゃない?」
沈黙。
そして――
「うん」
そのひと言と同時に、楽屋の扉が開き、ひとりの女の子が、緊張した面持ちで現れた。
ステージで見た、あの“ちゃんとした”アイドルのひとり――きらびやかなグループ衣装を身にまといながらも、その足取りにはどこかためらいがある。
「あの……ごめんなさい、声かけていいのかなって、ちょっと迷ったんですけど……」
「えっ?」
そらが思わず立ち上がると、少女は小さく頭を下げた。
「さっきのステージ……すごくよかったです。“Aozora Drop”、すっごく好きで……」
「えっ、本当ですか!?」
今度は雫が目を丸くしながら身を乗り出す。
月音は驚いた顔で未碧を見る。未碧はふわりと微笑みながら、「ありがとう」と小さく応じた。
「うちのメンバーの子が屋上の動画見てて……ツインテールの子の曲も、弾き語り動画で聴いたことある!ってびっくりしてました。あの猫の曲も、優しくて可愛くて……」
少女はスマホを取り出し、少し頬を赤らめながら尋ねた。
「えっと……その……よかったら、写真、一緒に撮ってもらってもいいですか? SNSに載せたいんですけど……顔出しNGとかじゃなければ」
「だ、大丈夫ですよ!」
そらが元気に答えると、雫も月音もこくこくと頷いた。
「むしろ……嬉しいです。そんな風に言ってもらえるなんて……」
未碧の言葉に、アイドルの子も安堵したように笑う。
「ありがとうございます! じゃあ撮りますね――はい、チーズ!」
シャッター音が響き、カメラの中に、5人の笑顔が収まった。
その数分後――
「さっき一緒に写真撮ってもらいました! 今日のライブでいちばん心に残ったステージです✨
二代目舞台芸術部(仮)さんの“Aozora Drop”、本当に素敵な曲でした!!」
投稿には、しっかりと「#AozoraDrop」のハッシュタグ。
さらにコメントには、「この子たち、知ってるかも」「弾き語り動画のMIAO?」「ラジオで流れてた曲でしょ?」といった声が続々と寄せられ――
SNS上では、すでに火がついた小さな灯が、確かな“炎”となりつつあった。
先代の舞台芸術部が残した光は、いつしか夜の向こうへと沈んでいった。
けれどその空に、またひとつ――
陽が落ちたあとの空に、ぽつりぽつりと新しい光が灯るように、
「Aozora Drop」の名前が、小さな輝きを広げ始めていた。




