第5話「カバーじゃありません」
※YouTubeチャンネル「@AozoraDrop」で劇中歌を公開していますので是非お聴き下さい♪
【劇中歌プレイリスト】
https://youtube.com/playlist?list=PLXQVDdlnX86cDoXjk4TfuBJ8d58lJ8Baj
地下ライブハウス・本番直前
袖には、緊張と熱気が漂っていた。
ステージの照明はまだ落ちたまま。小さな空間に、ささやくような観客の声がじわじわと膨らんでいる。対バン形式の無料ライブ――観客の多くは、次に出るグループのファンか、ふらりと立ち寄っただけの音楽好き。
つまり、この空間に「彼女たち」を知る者は、ほとんどいない。
「……いってらっしゃい」
照の声に、未碧は軽くうなずいた。
手には、いつも学校で使っているピアノの譜面。マイクの角度を、さっきリハで覚えた位置に調整し、深く息を吸って――
ステージに、光が差した。
その光の中に、ひとりだけ現れた少女。その小柄なシルエットに、最前列の客の何人かがざわついた。
(えっ……ピアノ? アイドルっていうか、シンガーソングライター?)
そんな戸惑いを含んだ視線を、未碧は受け止めながら、鍵盤にそっと指を置いた。
弾き始めたのは、軽やかで優しいメロディ。
タイトルは――『ツインテールと猫の日』。
最初の数秒、観客の反応は明らかに薄かった。
しかし――
ツインテール揺れてキミと笑う
私のにゃんこちゃん
ちょっと気まぐれな私だけど
猫みたいに自由に生きてる
おうちの中は 私たちの世界
次第に、空気が変わっていった。
未碧の声には、作りものではない「温度」があった。
言葉の端々ににじむ猫への愛しさ。ささやかだけど、確かに「ここにある日常」。
その日常を、音にして、伝えているのだと――
客席の誰かが気づいたとき、その目が少しだけ真剣になる。
(……え、この子、もしかして……)
スマホを握っていた客のひとりが、ふと指を止め、記憶の中の動画と目の前の姿を重ねた。
弾き語りの演奏が終わった瞬間、拍手は控えめだったが、確かに温かかった。
最初に想定されていたよりも、ずっと“届いていた”――そんな反応。
静かに一礼した未碧は、そっと袖へと戻っていく。
「……どうだった?」
「ふふ、まあまあ?」
そう言って微笑んだ未碧のツインテールが、ふわりと揺れた。
『青春の影、私の光』
ピアノのイントロが流れはじめると、静かにステージへ現れたのは――
伏見月音、星野そら、そして翠谷雫。
先ほどの未碧のソロとは打って変わって、3人並んでの歌唱。ダンスはない。ただ、まっすぐにマイクを握り、言葉に想いを乗せる。
音数を絞った伴奏に、まだぎこちないながらも芯のある声が重なった。
それは、あの日の別れをなぞるような静けさと、今日の始まりを告げる確かさを持った歌。
けれど――
「……あれ? これって……」
「知ってる……昔バズってたやつだ」
「いや、カバーでしょ?」
客席の一部から、小さくそんな囁きが漏れた。
ステージから見る限り、反応は――冷静、いや、やや冷ややかですらあった。
拍手はあった。だが、先の未碧のソロよりも控えめだった。
まるで、「知ってる曲を無難に歌っただけ」とでも評価されているかのように。
3人は一礼し、無言でステージの脇に下がる。
続いて現れたのは――黒瀬照と、大須海。
ふたりはセンターに立つと、軽くマイクを手に取った。
「こんにちは、“二代目舞台芸術部(仮)”です」
照の最初の一言に、観客のざわつきが少しだけ収まる。
「さっきの曲――『青春の影、私の光』。知ってる人、いるかもしれませんね。ショート動画で昔ちょっとバズって……でも、あれ、実は今日ここにいるメンバーのひとりが作った曲なんです」
「……“カバー”じゃありません」
海がそれに続くと、一部の客の目が、明らかに変わった。
「この曲は、かつて僕たちの学校にあった“舞台芸術部”という部活の解散の日――そのラストステージで生まれた、最後の曲です。
作曲したのは……さっき、ピアノを弾いていた、朝日未碧」
一瞬の静寂。
そして――
「それから一年と数ヶ月が経って、今日。
この曲を、僕たちの”はじまりの曲”として――もう一度響かせたくて、この場所に来ました」
照の言葉に、ようやく数人の観客が顔を上げる。
目の奥が、少しだけ揺れていた。
海が一歩前に出て、冗談めかして言う。
「ええと……“二代目舞台芸術部(仮)”、って名前なんですけど、部活としてはまだ仮です。仮なんだけど、本気でやってます。
だから、これから歌う曲も、まだ手探りの中で生まれたばかりのものです。でも、ちゃんと、彼女たちの“今”を詰め込んでいます」
「……次の曲は、“Aozora Drop”」
照がマイクをそっと持ち直す。
「はじめてのステージに、はじめてのオリジナルソング。
ぎこちなくてもいい、ちゃんと、届きますように」
袖の中で待っていた月音・そら・雫が、照明に呼ばれるようにふたたび登場する。
静かなイントロが流れ始めた。
ステージに立つ彼女たちは、確かに不器用だった。動きは揃いきらず、視線も少し泳ぐ。でも――
彼女たちは、まっすぐに“何か”を届けようとしていた。
そして、それは――
少しずつ、ほんの少しずつだけれど、観客の心に入り込んでいた。




