第3話「屋上から地下へ」
休日の午後。
駅から少し離れた裏通り、看板も目立たない雑居ビルの前に、一同は私服姿で集まっていた。
「……ここ、だよね?」
そらが看板を見上げて言う。ビルの入口には小さなプレートが掲げられているだけで、言われなければ、通り過ぎてしまいそうな場所だった。
「なんか……入りづら……」
雫が声を潜めて呟く。
彼女の視線の先、建物の脇にあるコンクリート打ちっぱなしの階段が、地下へと続いている。
壁という壁には、バンドやイベントのステッカーがびっしりと貼られていた。剥がれかけたもの、重なり合って文字が読めないもの――そのどれもが、この場所の時間の蓄積を語っている。
「な、なんか怖そう……」
「対バン形式って聞いたけど……怖いお兄さんいたらどうしよ……」
月音とそらが顔を見合わせ、不安げに目を伏せる。
「うーん……昔はもっと雑然としてた気がするけど……なんか小綺麗になってる?」
東雲先生が階段を見下ろしながら、どこか懐かしげな顔をする。
「先生、昔ここでやってたんですか?」
「うん。もう十年以上前だけどね。懐かしいわぁ……けど、当時はもっと……ゴチャッとしてた。空気もたばこ臭かったし。雰囲気変わったかもね。」
東雲先生を先頭に、ゆっくりと地下へ降りていく。
コツン、コツンと響く足音。
ドアの向こうからはわずかに、リハーサル中と思われる電子音が聞こえていた。
入口でスタッフに案内され、シール状のパスが手渡された。
光沢のあるサテン素材に、きらりと光る「BACKSTAGE PASS」の箔押し。
「これ……どこに貼るの? 服? カバン?」
そらが戸惑い気味に問いかけながらも、ちょっと誇らしげにそのパスを掲げてみせる。
「こういうの、テレビでしか見たことない……!」
月音が小声で笑う。
雫も「えー、貼るの緊張する……ずれたらやだな……」と、パーカーの胸元に慎重にシールを貼る。
その仕草ひとつひとつに、ちょっと得意げな気持ちと、やっぱり隠しきれない緊張がにじんでいた。
貼ったパスをちらりと見せ合いながら、みんなの顔がほんの少しずつ引き締まっていく。
まだ知らない世界。だけど、もう目の前にある。
そんな空気をまといながら、一同は東雲先生に続いて、ゆっくりと奥へ進んでいく――。
東雲先生がドアを押し開けた先、楽屋の中では――
カラフルな衣装を身にまとった少女たちが、円陣を組んで「いっくよー!」と声を合わせていた。
フリル、リボン、煌びやかなアクセサリー。
アイドルだ。それも、本気の。
「……アイドルグループ?」
そらが小さく呟く。
その言葉をきっかけに、一同の視線が一斉にそちらへ向く。
そして見渡す限り、楽器を持った怖そうなお兄さんは、どこにもいなかった。
かつてのロックバンドたちの“地下の居城”は、いまや違う時代の“夢”が息づく場所になっていた。
(――時代、変わったんだな)
初めて足を踏み入れた者でさえ、そう思っていた。
その中で、ひとり。
海が、目を輝かせていた。
「……あのスカートの裾、いいな。重ねレースか。ベースはオーガンジー?……いや、サテンかも……。で、あのリボンの位置……」
ぼそぼそと呟きながら、彼はカバンから小さなスケッチ帳とシャーペンを取り出し、立ったままの姿勢で描き始める。
「ちょ、海……今?」
照が小声でツッコミを入れるが、海はすでに“スイッチ”が入ってしまっていた。
「……いや、無理。これ、描かないと収まらない」
その眼差しは真剣そのものだった。
彼の中でもまた、“創りたい”という衝動が静かに火を灯していた。
けれど、だからこそ――
いま、この場所に自分たちの“音”を響かせる意味があるのかもしれない。




