第30話「部長、黒瀬照」
「で、こっからが本題」
黒瀬照が腕を組み、すっと真顔になる。
「衣装、どう進めるかだな。数は……三着?」
海は頷きながら、ページをめくる。そこには「Aozora Drop」をテーマにした衣装案が何パターンも描かれていた。布の質感まで細かく描かれたその筆致に、そらが思わず唸る。
「すご……これ、本当に全部ひとりで描いたの?」
「うん。描いてると止まらなくなるんだ。苦じゃないっていうか……楽しくてさ、気づくと時間忘れてる。だから衣装に関しては、任せてくれて大丈夫。むしろ任せてほしい」
「あと、衣装づくりって、頭の中の“こうだったらいいのに”をそのまま形にできるんだよ。最高じゃん?」
「で、最初はいろんな方向性で考えてみたんだけど……シンプル系とか、アイドル寄りのフリル盛りとか、ステージ映え重視、動きやすさ重視とか……でも、最終的にパターンは三つにしぼってきた」
自信というより、嬉しさが滲んだ声音で捲し立てる海。
「ただ、ちょっと問題があって……」
海が次のページをめくると、何種類ものリボンや布見本の写真が貼られていた。ラメの入ったチュール、透け感のある青のサテン、繊細な刺繍入りの生地。色味も質感もバラバラなそれらは、どれも青を基調としていて、ひと目で“空”をイメージしていることが分かった。
「いい素材を使うと、どうしてもそれなりの材料費がかかる。だから、こだわればこだわるほど……で、ちょっと悩んでて……バイト禁止の校則がなければ話は早いんだけどな」
一同が顔を見合わせていたそのとき――
「それなら、先生に相談してみるって手もあるんじゃないかな」
不意に背後から聞こえた声に、雫がびくりと肩を跳ねさせた。
振り向くと、そこには東雲先生が腕を組み、にやりと笑って立っていた。
「し……東雲先生!?」
先生は窓際まで歩み寄り、雫の前で立ち止まった。そして、いたずらっぽい光をその瞳に宿して――
「――ねえ、翠谷さんはさ」
「仮入部中だけど、どう? 吹奏楽部とこの活動、どっちを続けたい?」
「え、あの、それは……」
すぐには言葉が出なかった。自分の本音は分かっている。でも、それを“吹奏楽部の顧問”に向かってはっきり口に出すことに、どうしても抵抗があった。
雫は、言いかけた言葉を飲み込み、そっと目を伏せる。
けれど東雲先生は、追及することなく、静かに問いを切り替えた。
そして今度は照のほうへ視線を移す。
「黒瀬くんは、ダンス部だったっけ?」
「はい。一応、今も……」
「ダンス部に未練、ある?」
照は少しだけ目を泳がせたが、すぐにしっかりとした声で答える。
「……今はこっちの方が、大事です」
あっさりとした答えに、先生は小さく「ふぅん」と笑う。
「ふふ、そう。じゃあ……他の一年生は、部に所属してないの?」
そらと月音が顔を見合わせ、小さく頷く。海も「自分も」と手を上げる。
東雲先生は、教卓の前で立ち止まり、ふと全員を見渡すと、軽く指を立てて宣言する。
「じゃあ……部長は黒瀬くん、でいいかな」
「……えっ?」
一同が一斉に照を見る。照もまた、ぽかんとしていた。
「ちょ、ちょっと待ってください、部長って……部って、なに?」
東雲先生は、小さく目配せを送る。視線の先には――ピアノ椅子に腰かけているみゃお先輩がいた。彼女はいたずらっぽくウィンクをして、ふわりと微笑む。
照は戸惑いながらも、なんとか言葉を探す。
「えっと……だから、その、“部”って、つまり……」
「“舞台芸術部”って、ことでしょ?」
東雲先生に確かめるように、みゃお先輩はそう口にした。
全員の視線が彼女に集まる。
みゃお先輩はピアノの蓋に手を添えたまま、窓の外の空へと目を向け、少し遠い表情を浮かべた。
「実はね……二年前、私が一年生の時――『舞台芸術部』って部活があったんだ」




