第29話「プロデューサー、黒瀬照」
昼休みの教室
食後のまどろみに包まれた教室で、ぽつぽつとスマホを覗く生徒たちの間に、小さなざわめきが広がっていた。
「ねえ、これ見た? また上がってる、Aozora Dropの新しい動画」
「絶対そらちゃんと雫ちゃんだよね? ほら、この髪型と背の高さ……そっくりじゃん!」
動画には、屋上でダンスを披露する二人の姿。顔ははっきり映っていないけれど、その輪郭や動き、そして何より制服の着崩し方のクセまで、見覚えのあるものだった。
「すごいね……ふたりとも……!」
一人がそっとそらの方を見ると、周囲も次第に視線を向けはじめた。
「そらちゃん……だよね? あの動画の……!」
突然声をかけられ、そらはびくりと肩を跳ねさせた。
「えっ、な、なにが……?」
そらが戸惑って言葉を濁すと、今度はその隣にいた雫にも視線が集まる。
「で、こっちが……もしかして、雫ちゃん?」
「……え? え、ええっ? ちょっと待って……!」
「最後の方のパート、めっちゃ歌きれいだったよ! あれ、雫ちゃんだよね?」
「え、そんな……あれ、たぶん偶然よ?」
雫は顔を真っ赤にしながら、恥ずかしそうに声を落とした。
「まぐれであんな声出ないって! すっごく透き通ってて、鳥肌立った!」
「ふたりとも、すごいよ……! なんか、同じクラスってちょっと誇らしいかも」
「これからも、応援してるから!」
温かい声が次々にふたりへ降り注ぎ、そらも雫も戸惑いながらも、どこか嬉しそうに目を見合わせた。
「……バレちゃったね」
「うん……でも、よかった……かな」
少し蒸し暑い、梅雨明け間近の午後。教室の窓から差し込む光が、ふたりの顔をやさしく照らしていた。
放課後・別の教室
「Aozora Dropの新しい動画、また再生数増えてるよ」
「うん。ダンスもすごいけど、やっぱ歌が印象に残る。サビのメロディがすごくきれいで」
「たぶんメインで歌ってるのは、前に出てた子だよね? 髪おろしてる……」
「そうそう。でもさ、あれ見てたらちょっと思ったんだけど――」
タブレットを覗き込んでいた生徒が、ぽつりと口を開く。
「コメント欄、結構ちゃんと読んでるんだけど、“MIAO”ってアカウント、いつもすぐにコメントしてるっぽいんだよね」
「へぇ……っていうかMIAOって、なんか聞いたことあるような……」
「個人で動画上げてる人だよ。ピアノで弾き語りしてて、猫の歌とかがバズってた」
「それそれ! あのツインテの先輩じゃない? こないだ月音ちゃん呼びに来てた」
「……もしかして、あのときの?」
「そう。名前までは知らないけど、顔見たらわかる。ツインテで童顔で、ちょっと小さめな……」
「あのとき、誰かが『朝日先輩』って言ってた」
「で、MIAOのコメントのすぐあとに、いつも“きつねちゃん”っていうアカウントも反応してるの見つけてさ」
「“きつねちゃん”? それ、月音ちゃんじゃない?」
「その朝日先輩?が来たとき、『きつねちゃーん』って呼んでたの、覚えてない?」
「……え、そうなの? ってことは……」
「ツインテの先輩=MIAO、きつねちゃん=月音ちゃん……?」
「確定ではないけど……状況的には、ほぼそうじゃない?」
「でも、メンバーってわけではないのかもね。動画には出てないし」
「コメントは応援してる感じだったし、裏方とか関係者って感じなのかも」
「うーん、なんか面白くなってきた……!」
「でもあんまり詮索するのも悪いか。本人たちが言ってないなら、そっとしとこ」
「うん。でもさ、身近に本物がいるって、ちょっとドキドキしない?」
その後・音楽室
6人が集まった放課後の音楽室。日が傾き始めた窓の外には、梅雨明け間近の空が広がっている。
窓辺にそらと雫が並び、向かいの机にはみゃお先輩と月音。その横にはスケッチブックを膝に乗せた海。そして黒瀬照が、その中心に立っていた。
一通りの雑談が終わったあと、照が集まったみんなを見回して言った。
「……それでさ、改めて、みんなの役割というか。確認しとこうかと思って」
雫がこくんと頷いた。
「うん……ちゃんと、はっきりした方が、これからも動きやすいと思う」
「まず、そら。ダンスと……歌だな」
「うん。がんばるよっ」と、そらが元気に返す。
「雫は、作詞とダンスと、あと、この間すごくいい声出てた。だから今後は歌の比率も増やしてこ、ってことで」
「……うん。やってみたい、って思ってる」と雫は控えめに、それでもしっかりと答えた。
「で……月音ちゃん。作詞はもちろんだけど、ちょっとずつ歌もダンスも挑戦してるよね。どっちもやる、でいい?」
月音は一瞬うつむきかけたが、指先をそっと握りしめて、小さな声で答えた。
「……まだ、うまくできないけど……やってみたい」
「うん、それで十分」
照の言葉に、月音の目が少しだけ柔らかくなった。
「先輩は、音楽全般。曲作りからアレンジ、演奏、全部……頼っていいですか?」
みゃお先輩はツインテールを揺らして微笑む。
「ふふっ、頼れるピアノお姉さんってことでよろしくね」
「で、海は衣装担当。デザインも縫製も。頼もしいな」
「……うん。まだ改善すべき点も多いけど、ちゃんと責任もって仕上げるよ」
言葉は控えめだが、海の声には芯があった。
一通り確認し終えたところで、ふと照が言う。
「俺は……まあ、裏方かな。撮影と、ダンス指導。あとマネージャーっぽいことしてるつもりだったけど……うーん……」
その瞬間、雫が口を開いた。
「えー、それもうプロデューサーって呼んだほうがかっこよくない?」
「わたしもそう思う」とそらがぽつりと添える。
「……たしかに。ぜんぶ統括してるのは、黒瀬くん」と月音も静かに続ける。
「プロデューサーって名乗った方が、外から見たときにも分かりやすいと思う」と海。
「じゃあ決定だね。Aozora Dropプロデューサー、黒瀬照!」と、みゃお先輩がとどめを刺すように笑った。
「……ちょっと待って、それってつまり俺、責任めっちゃ重いやつじゃん……」
「がんばれプロデューサー♪」と、そらが親指を立てる。
照は少しだけ天井を仰ぎ、ため息をひとつ吐いた。
「……了解。全力でやらせていただきます、プロデューサーとして」
その声に、音楽室の空気がふっと明るくなった。
窓の外、夕陽が差し込む音楽室に、笑い声がひとつ、またひとつと重なっていく。
それは、6人の歩むこれからのステージを照らすように、優しく、力強く響いていた。




