第26話「蒼の炎」
放課後の音楽室。
雨が上がったばかりの空は、窓の向こうでまだどこかぼんやりしていた。
梅雨の季節らしい、湿った風が隙間からふわりと入り込む。
机を囲むのは、いつもの四人。
最近は昼休みも放課後も、ここで新しい曲の相談をしている。
今日も、月音が書いた歌詞の話題になっていた。
「わたし、やっぱりこういうの好きだなぁ」
みゃお先輩が、柔らかな声で言う。
「ふんわりしてて、でも真っ直ぐで。……うん、素敵だよ、月音ちゃん」
月音はちょっと照れたように、小さくうなずいた。
「ありがと……うん……」
「月音ちゃんの歌詞、すごく優しい雰囲気だよね」
そらも、そっと言葉を添える。
その声は静かで、でもほんのりと嬉しさがにじんでいた。
そのとき、音楽室の扉がノックもなくゆっくりと開いた。
「お、みんなそろってるね」
顔を出したのは——東雲先生だった。
一年生の三人は思わず姿勢を正す。
「あ、先生! 今ちょうど相談してたとこだよ」
みゃお先輩が手を振る。
先生はいつもと違って、穏やかな笑みを浮かべながら近づいてきた。
「いいね、楽しそうだ」
「先生、今日も吹奏楽?」
「うん、合奏の後にちょっと事務作業。こっちは……新曲かな?」
みゃお先輩が楽しげに答える。
「うん、月音ちゃんも加わってくれて、今は月音ちゃんの歌詞から作ってみようってなってるんだ」
「へぇ、一年の伏見さんだよね?」
先生が月音の方を見ると、月音はすこし戸惑いながらも、そっと会釈した。
「よろしくね。アレンジとか、なんでも気軽に相談していいから」
「……はい」
月音は小さくうなずいた。
その姿に、なんだか自分と重ねてしまって、雫も少し肩がこわばる。
「もしギターとか必要なら、任せて」
先生が肩の力を抜いた笑顔で言った瞬間、そらが小さく「……ギター?」とつぶやいた。
「先生、メタルバンドやってたんだって」
みゃお先輩がさらりと補足する。
空気がぴたりと止まる。
東雲先生は、メタルという言葉が似合うような見た目ではない。
シャツの袖をまくってファイルを抱えた、落ち着いた雰囲気の音楽教師——
そのギャップに、不思議な静けさが音楽室を包んだ。
「えっ……」
月音の目が見開かれた。そらも雫も少し驚いて、先生を見返す。
「曲は未碧が書いてるんでしょ?」
東雲先生はにこりと微笑んだ。
「うん。でも月音ちゃんの詩のイメージを崩したくないから、今回は柔らかくて静かな雰囲気の曲になるかも」
「……そっかぁ。うん、それは楽しみだね」
雫はそう言った先生の笑顔に、ほんの少しだけ、残念そうな影が差していたような気がした。
(あれ?……メタルじゃなくて、がっかりしてる?)
ほんのちょっと、だけど。
そんな空気を、雫は確かに感じた。
先生が帰った後も、その違和感はどこか心に残った。
怖い人だと思ってたけど、思ったよりずっと——なんというか、素直な人だった。
その夜、雫はいつものように机に向かった。
ノートを開いて、ふとペンを止める。
(メタルって、どんな歌詞なんだろう?)
がっかりしたような東雲先生の表情が、なぜか忘れられなかった。
期待に応えてみたい、と思った。けれど自分には知識も経験もない。
だから、とにかく「かっこいいと思う言葉」をひとつひとつ選んでみた。
何度も書いては消し、少しずつ形になっていく——
気づけば、いつの間にか数時間が経っていた。
試行錯誤の末にようやく完成した歌詞を、静かに読み返してみる。
あまりに重くて痛々しい言葉たち。
——我ながら、かなり厨二病っぽい。
(でも、これが今のわたしの表現なんだ)
そんなふうに思った。
「……先生に、見て欲しいな」
ぽつりとこぼれた言葉が、夜の静けさの中に吸い込まれていく。
次の放課後が、ほんの少し待ち遠しくなった。
「蒼の炎」
朽ち果てた闇に、揺らめく影
凍りついた心に、差し込む蒼
炎の囁き、耳元で響く
夜を裂く叫び、彷徨う魂
燃え尽きるはずの命の火は
蒼く染まりゆく、絶望の彼方へ
蒼の炎が燃え盛る
悲しみの中で、輝く命
瞳に宿る、揺るがぬ誓い
消えない傷も、今は力に変わる
破滅の鐘が、静寂を切り裂き
血の香り纏い、運命が揺るぐ
憎しみの渦に飲み込まれても
その炎は、決して消せない
闇の中で彷徨う影は
蒼く燃え続ける、終わりなき叫び
蒼の炎が空を裂く
痛みの果てで、光を掴む
この手に残る、果てしない夢
壊れた心が、今再び燃え上がる
蒼い炎、闇に舞う
全てを飲み込んで、焼き尽くす
君の声が、遠く響いて
残るのはただ、燃え続ける痛み
蒼の炎が消えぬまま
終焉の中で、ただ立ち上がる
瞳の奥に、宿る勇気
この闇を照らし出す、蒼の炎




