第14話「夢の続き」
昼休みのチャイムが鳴ると同時に、そらは教室を飛び出していた。
お弁当の袋を片手に、音楽室のドアをそっと開けると、中からふわりとピアノの音がこぼれてきた。
「先輩……もう弾いてる」
ピアノの前には、今日もツインテールの先輩が座っていた。
その横では雫が、ノートを開き、真剣なまなざしでそこに綴られた言葉を見つめている。
そらはそっとドアを閉め、できるだけ音を立てないようにして空いていた椅子に腰かけた。
いつもの教室とはまるで違う、静けさに満ちた空間。音楽室の空気はどこか凛としていて、自然と背筋が伸びる。
「……じゃあ、ちょっと弾いてみるね」
鍵盤に指を置く前に、みゃお先輩がふと息を吸い、頷く。
譜面はない。ただ、雫の言葉だけがそこにある。
「『うつむいた視線の先 いつも同じ景色』……」
ぽつりと歌詞をつぶやきながら、ゆっくりと音を探すように旋律が紡がれはじめる。
最初は不安定だった音の粒が、次第に雫の詞と重なり、かすかにひとつの流れを形作っていく。
「……ねえ、この詞の中に出てくる『青空』って、空じゃなくて、“心の中の空”なのかもって思った」
みゃお先輩が手を止め、ぽつりとつぶやいた。
その言葉に、そらが頷く。
「うん。わたしもそう感じた。きっと……晴れてるときだけじゃなくて、泣いたあとでも、また見える青空っていうか……」
雫は何も言わなかった。ただ、膝の上で握った自分の手を見つめていた。
自分の詞が、誰かに届いている。その実感が、言葉にならないまま胸を満たしていく。
照が何気なく口ずさんだ旋律に、みゃお先輩が小さく笑う。
「それ、いいね。ちょっと借りるよ」
「え、俺、音楽とか全然わかんないけど……」
「でも、雫ちゃんの詞を読んで、そうやって自然に浮かんだんでしょ? それって、大事なことだと思うよ」
雫が目を上げた。みゃお先輩の言葉に、そっと肩の力が抜けていく。
「……すごいね、なんだか。ほんとに、曲になっていくんだね」
「うん。まだまだ途中だけどね」
みゃお先輩は、遠い目をして微笑む。
「私、高校に入ってから、一度だけ曲を提供したことがあるの。たまたまSNSで見つけられて、1曲だけ。でも……それがすごくしんどくて」
「しんどくて……?」とそらが首をかしげると、みゃお先輩は苦笑いを浮かべて答えた。
「そのときは、自分の中の“青空”じゃなくて、誰かにとっての“正解”を探して書いちゃった。……だから、今回みたいに誰かの言葉と一緒に曲をつくるの、すごく久しぶりで、ちょっと、嬉しい」
それは雫にとって、小さな“救い”のようだった。
自分の言葉が、誰かの音になり、それがまた誰かに届いていく——そんな循環の真ん中に、自分がいる。
「……みゃお先輩。その曲を出したアーティストって……名前、覚えてますか?」
「うん。『Dune Breeze』っていう、鳥取のご当地アイドルなんだけど……」
その瞬間、雫の目が大きく見開かれた。
「それ、『ラクダと砂丘のメロディ』って曲じゃないですか?」
一気に熱を帯びた声に、そらと照もはっと顔を上げる。
「……そうそう。え、知ってるの?」
「大好きなんです、あのMV! 鳥取砂丘でアイドルがラクダに乗ってて、着ぐるみ……あ、ラクダがめちゃくちゃ可愛くて、おもしろくて、それでいて音がすごく綺麗で。何回も何回も見て……ふたりにも見せたよね?」
「見た見た!」
そらが身を乗り出す。「“ラクダと一緒に駆け抜けよう~♪”って、耳に残るよね」
照も頷く。「しずくがハマってて、一回見せられた。MVのゆるさと曲の爽やかさがギャップあって、印象残ってる」
みゃお先輩は、少しだけ照れたように笑った。
「まさか、覚えてくれてる人がいるなんて思わなかった……。それも、今こうして、一緒に曲を作ってる人の口から聞けるなんて」
雫の胸の奥に、あたたかな風が吹いたような気がした。
夢中で見ていたMV——その音の向こうにいた人が、いま自分の目の前にいる。
しかも、今度は自分の言葉に、その人の音が重なるのだ。
夢の続きは、思いがけない形でやってきた。
(中の人……ここにいたんだ)
——雫はそっと、胸の中で呟いた。




