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セキトリ!〜満員電車 Sit or Dead〜  作者: 伊波氷筍
座ることよりも大切なこと
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諸悪の根源

「気づいたんだな、世界の仕組みに」

 実は最初の方の話はあまり耳に入っていなかった。

 座太郎は自分の勘違いに対する戸惑いと虚しさと恥ずかしさを整理しようと必死に頭を動かしていた。ようやく現実を受け入れ、先ほどまでの勝手な恥ずかしい勘違いを消し飛ばしてしまおうとエリの話に乗ることに決めた。


「いつから気づいていた?」

「4月の終わりくらいでした。そして、ゴールデンウィーク明けに確信に変わりました。座っている席は微妙に変わっているけど座っている人たちってほとんどいつも変わらないって」


「なるほど。よく見ているな。でもどうして俺に?他にも座っている人はいるだろ?」

 座太郎は何となくまだ捨てきれないわずかな期待も込めて聞いた。


「武蔵さん、アナタはピカイチです。アナタはほぼ毎日確実に座れています。他の人たちは座れる日と座れない日に多少のバラつきがあるのに。そして、アナタは帰りも座っている。ある夜、仕事終わりの新宿駅を歩いている時にアナタを見かけました。あっ、いつも座ってる人だって。そしたら帰りの電車でも座っていて。しかも端の席に。だからもうどうしても聞いてみたくて。教えてもらいたくて。座るコツがあるんじゃないかって。そしたら私も座って通勤してもっと楽しい毎日を送れるんじゃないかって」


 座太郎は再び缶コーヒーをゆっくりと一口飲んだ。

「素質があるな。学級委員長。ああ、確かに、座る方法はある」

 座太郎は正面に広がるタワマン群が描く夜景を見つめながら続けた。


「ズバリ言おう。言われて久しい日本の衰退は全てこの満員電車のせいさ。不景気、労働生産性の低さ、GDPの下落、出生率の低下・・・全部この満員電車が元凶だ」


「ん・・・?あっ、あの、いや・・・」

 エリが戸惑いだす。

「あの、そういう、何かオーバーな話じゃなくて、座るコツみたいなのがあればなぁ・・・なんて・・・」


「何がオーバーなもんか!おかしいだろ、満員電車なんて!」

 気持ちが入りすぎて大きな声が出る。二人以外誰もいないホームにその声が響いた。


「ちょっと考えれば分かるだろ?異常なんだよ満員電車なんて。そしてそれを改善しようともせず許しているJRも鉄道業界も国も国民も。さっき『もっと楽しい毎日を』って言ったな?京浜エリ、君は気づいたんだよ。この不気味でグロテスクな現状に。地方から上京したてのその新鮮な感性で」


「でも仕方ないんじゃ・・・」

 座太郎のあまりの熱量に座りたかったはずのエリが引き気味に言った。

「JRにだって事情はあるだろうし、電車の数は限られてるわけだから。いや、もちろん私だって座りたいですよ、はい。ただ、何かそういう壮大な話じゃなくて、ちょっとしたコツみたいな?それをすれば週に数回でも座れます、みたいな何かが知りたいだけで・・・」


「仕方なくなんてない!」

 座太郎の炎は強くなる。

「人類は宇宙へ行った。インターネットで世界を繋げた。AIも生み出した。なのに満員電車を解決できないなんてあるはずがないだろ?おかしいんだよ?本気をだしてないんだよ!景気?GDP?労働生産性?良くなるよ、皆が座れれば体力も気力も精神力も無駄に消費しないからな。出生率?上がるよ、皆が座れれば世界はハッピー、日本中ポジティブで恋や愛にも積極的になる。そんなの関係ない?じゃあ誰か計測したか?席に座れた人たちと座れなかった人たちの労働生産性の違いを。そこに明確に数字として示されるはずだ、座れることによるパフォーマンスの違いが歴然と」


「じゃあ、アナタがやればいいんじゃないですか?」

 エリが当初の目的を完全に忘れて座太郎に言い返す。

「データの採取も分析も、政府やJRへの働きかけも。ただ座っているだけじゃなくて、世界を良くするために行動したらどうですか?呼びかけたらどうですか?」


「いや、俺たちスワリストは自分たちのためだけじゃなく日本をより良くするためにも座ってるんだ。大好きな同調圧力なのか前例主義なのか知らないが満員電車をそのまま許容している国民たち、彼らへの啓蒙活動でもあるんだ」

 気がついたら座太郎は景色なんか見ておらずエリを至近距離で睨みつけていた。


「そんなの屁理屈です。自分が座りたいから座っているだけでしょ!そんなに日本を良くしたいなら立って困っているお婆さんに席を譲ったらどうですか?座る啓蒙活動なんかよりもよっぽど立派で尊いことです」

「アンタの過剰な正義感、学級委員長というよりは生徒会長クラスだな。俺たちスワリストに座ることを説くなんて釈迦に説法を極めているぜ」


「・・・ストップ、ストップ。そんなことより、そう言えば気になることをサラッと言ってる、さっきから」

「なんだよ?」

「スワリストって・・・」

「ああ、俺たちみたく電車に座る人間のことだ。お前もスワリストになりたいんだろ?」


 エリはスッと立ち上がり座太郎から一歩離れた。

「もういいです・・・」

 エリが呆れや悲しみや憐みが入り混じった表情を浮かべた。

「ただ、何か座るヒントが欲しかっただけなんです。だからもういいです・・・」


「だからスワリストになれば・・・」

「すみません、遠慮しておきます、突然話しかけて大変失礼しました、ではよい週末を」

 エリは面倒ごとを遮断するかのようにペコリと小さく頭を下げた。



「あと、座ることよりも大切なことってあると思います」



 彼女は座太郎の目を真っすぐ見つめて言う。そしてそのまま背を向けて階段へ向かっていった。


 座太郎は遠くなっていくその背中に向けて呟く。



「ないよ、座ることよりも大切なことなんて」


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