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セキトリ!〜満員電車 Sit or Dead〜  作者: 伊波氷筍
座ることよりも大切なこと
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狂った正義感

『〇〇駅〇〇駅~、本日は到着が遅れたことお詫びいたしまーすっ』


 車掌が若いのかそれとも尖っているのか、電車内には軽いノリの謝罪アナウンスが響いた。


 座太郎は立ち上がる。車内で立っている人も数人でピーク時の混雑と比べるとかなり和らいでいた。

 ホームに降りる。5月上旬のこの時間帯は本当に気持ちがいい。空気は程よく涼しく、吸い込むだけで体をクールダウンすることができる。カバンを持ったまま背伸びをして階段へ向かう。ホームは2階、改札は1階。サラリーマンたちが面白いように階段へ吸い込まれていく。


「ちょっと、すみません!」


 背後から女性の声がする。聞き覚えはない。おそらく違う人へ向けたものだろう。彼はそう判断して振り返ることなく歩き続ける。


「あの、ちょっといいですか?」


 その声とともに肩をポンポンと叩かれる。

 ああ自分か。最初の声のかかり具合から何となく自分に向けたものかとも思ったが希望的観測で他人に向けたものだと判断した。残念ながら最初の感覚は正しかったようだ。一体何だろうか。この駅に知り合いはいない、はずである。人とのトラブルもないし迷惑をかけるようなことをした覚えもない。まさか痴漢の冤罪?待ってくれ俺は座っていたんだ、端の席に。そんな欲はもちろんないが、座ったままそんなことをするならば腕が伸びる特別な力が必要だろう。そして、もしそんな力が座太郎にあれば彼はここにはいないはずだ。そんな力があれば今頃海の上でインフレをする強さを享受しながら仲間たちと終わらない大冒険を楽しんでいるはず。


「・・・はい、なんですか?」

 ちょっとした不機嫌感を醸し出しながら睨むような表情で振り返る。



 先ほどの女がいた。先ほどの女がきっぱりと何かを決意した様子で立っていた。

 


 小柄だが芯のある気が強そうなオーラを纏っている。

 その可愛らしい顔によく似合うショートカットが少し強い5月の風になびいていた。


「いつも座ってますね?」

 そう言って真っすぐな目で座太郎を見つめてくる。


 周りの人々は真っすぐに階段へと向かい最高の週末を開始しようとしている。

 時の流れの中、二人だけが取り残されたかのように立ち止まっている。


 ああ、このタイプか。金曜日の夜に座太郎はガクッと気落ちをする。そして先ほど電車の中で珍しく意識を取られてしまった原因が分かった。座太郎ほどのプレイヤーであるからこそ、この種の学級委員長タイプの性格を本能的に察知してしまうのだ。

 なぜ第三者であるこの女がわざわざ口を挟むのか。睨みつけながら座太郎の中にメラメラと怒りの炎をたぎり始める。

 勝ち取った席なんだ、座れたんじゃなくて座ったんだ。体調不良?老人?子連れ?頼むから近くに来ないでくれ。自分だって疲れているんだ。どうしてそれなのに席を譲らないといけない?チラチラとこちらを見ないでくれ。近くの席の奴らも立ってる奴らも「あの人、席譲らないの?」って顔をしないでくれ。何でせっかく座った席で気まずい思いをしないといけない?そうだ、優先席に行ってくれ。あそこを我が物顔で陣取っているマナー違反の連中にその正義を向けてくれ。


「はい?さっきの電車?ええ、座ってましたけど、それが何か関係ありますか?」

 冷静を装いながら内面の怒りが滲み出る。

「どれだけ混んでいても座っているんですね?」

 女が怯むこともなく言った。


 だから何だ?悪いか?口には出さないが睨みつけるその視線で怒りを伝える。先ほどの老婆は確かに可哀想ではある。しかしそれに対し座太郎に責任はない。座太郎は座っていただけ。混雑してきて老婆が近くに来てしまっただけ。そもそもキャパが足りていないのに定期券や乗車券を販売している方が問題だろう。映画館でチケットを買ったのにギュウギュウ詰めでまともに映画を見れないなんてことがあったら、責められるのは座っている客か?劇場だろ。目の前の小さな子供が人に押されてポップコーンを全てこぼして泣き始めてしまった。悪いのは座太郎か?老婆の件も同じだ。責任があるとすれば満員電車を放置しているJRや鉄道業界、そして政府だろう。


「あの婆さんは可哀想だと思うけど、こっちは座ってただけなんで」

 座太郎は怒りで失言をしてしまう。そもそも老婆には気がついていない体で進めるべきだった。座って眠っていただけなのだから。狂った正義感を振りかざす女が怒りを誘い、そういった冷静さも失わせていた。


「・・・はい?」と女。

「だから、席を譲るも何もこっちの自由ってことですよ。老人だ、子供だ、体調不良だってね、こっちだって毎日働いて大変なんですから」

 思わず声量が大きくなる。通り過ぎていく人々も足は止めないがチラリとこちらを確認してくる。



「ないんだよ、座ることよりも大切なことなんて!」



「あの、何か勘違いをしているんじゃ・・・」

 堂々としていた学級委員長タイプの女はきょとんとした表情で語気を弱めた。

「・・・はい?」


 座太郎も状況の再認知が必要になる。


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