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セキトリ!〜満員電車 Sit or Dead〜  作者: 伊波氷筍
座った席から見えるもの
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人生で初めての友

 どいつもこいつも本当に使えない。あのスワリストとかいう男が素晴らしかった分、他の連中の情けなさが余計に腹立たしい。アイツを牛に選んでから俺の座れる確率はほぼ100%になった。最初はまさかここまでの男だと思っていなかった。これは嬉しい誤算だった。そして俺の予想通りそこから世界は一変した。今まで思いつきもしなかったアイデアやあらゆる答えが見えてくるようになった。俺を差別する周囲の妨害を吹き飛ばせるほどの成果がどの仕事からも上がっている。あの夜、俺の心の中に響いたあの声、酔っぱらった時の幻聴か何かかと思っていたがまさか本物だったとは。


 あの日の翌日、俺はさっそく力を使った。だが座れなかった。次の日も。そしてまた次の日も。思わず駅のホームで一人で笑ってしまったよ。あんな酩酊状態で見たあり得ない話を本当に信じて実行している自分に。だがそれはどうしても銀行で勝ち上がりたい、絶対に復讐してやるっていう執念の表れでもあった。それがやっぱり幻だと分かった時、何か心の支えが折れた気がした。この見えない階級社会の日本で勝ち上がるのはもう限界だ。しかも俺が選んじまったステージはその中でもより学歴とか家柄とかが見えない力を発揮する世界だ。もう諦めよう、色々我慢してサユリとゆっくりと暮らしていこう、だってどんな状態でも昔よりはマシなんだから。そんな思いを抱きながら、最後にもう一回だけあの力を試してみたんだ、何かひたすら戦って競争していた過去の俺への決別も含めて。そう思ってたのに。


 その日、俺は座れた。


 あの地獄のような満員電車にも関わらず、あまりにスルっと簡単に。あの初めての感覚を忘れることはできない。そしてその滑らかな感覚が仕事にも残っているかのようにその日は何をしても上手くいった。この力は本物じゃないのか?俺は初めてその時に感じた。それから毎朝この力が言うところの牛を選ぶようになった。俺はそこでこの力の意味を知った。優秀な牛を選ばなければ意味がない。おそらく初めて能力を使った時、俺は座れない牛ばかりを選んでいたんだ。だから座れなかった。色々な奴で試して試行錯誤を重ねた結果、2割程度の確率で座れるようになった。初めは2割でも十分だった、今までがほぼゼロだったんだから週に一回座れるだけでも世界は全然違った。その座れた日を軸に仕事を組み立て爆発的な成果を上げていく。そして評価も上がっていく。そんなある日、大規模プロジェクトの一次コンペの日が近づいてきた。俺の銀行人生の中で最大のプロジェクトであり、国単位で影響を与える事業だ。三か月をかけて選考していくそのメンバーの選定倍率は凄まじく高い。だが俺の目標のためには絶対に選ばれなければならなかった。必死に寝る間も惜しんでその日へ向けて準備を続けた。プレゼンの前日。コンディションを整えていくためにも朝の電車に座りたくて優秀そうな牛を選んだ。俺は座れなかった。満員電車に押しつぶされながら幸運にも座れた他人に理不尽な殺意を向ける。そいつは俺のことなんて眼中にもなくただ気持ちよさそうに眠っていた。でもその顔はどこかで見たことがある気がした。俺の電車内での意識はそこで途絶えた。そしてプレゼン当日の朝。俺はどうしても座りたかった。座ってあの輝くような自分になれたら絶対にプレゼンは成功する。朝の殺伐としたホームで相応しい牛を探していく。その時、俺の目にとまった人間がいた。特に特徴のない平凡な男だが俺は覚えている。コイツは昨日俺の目の前で座って眠っていた男だ。そしてコイツこそ初めてこの力を使って座れた時の牛だった。おそらくコイツでもよくて4割程度か、ただ縁起はいい。このコンペの初日をコイツに賭けることにした。


 俺は座ることができた。


 プレゼンは上手くいった。他の誰よりも良い反応が得られた。帰宅してすぐにサユリにも報告をした。どうやら一日中ハラハラしていたようだ。凄く安心したような笑顔で喜んでくれたのを覚えている。結果はすぐに出た。一次選考通過。またサユリに報告する。彼女はもちろん喜んでくれたが、でも本当に喜んでいる理由は別にあった。

「何か、最近リョータ元気になった気がする。就職する前?みたいな・・・それが一番うれしい」

 サユリは俺のことだけを考えてくれていたんだ。

「信じてもらえないだろうけど・・・」

 サユリは笑った。

「電車に座る力とか、マジあり得ないんだけど」

 そりゃそうだよな、二人で心から笑った。楽しかった。


 一次審査に通ったのはいい。しかしその分だけコンペへのプレッシャーや仕事量は多くなっていく。だから、もっと座れるようにならないといけない。俺は毎朝じっくり観察して一番座れそうな奴を選んでいった。でもダメだ。どんな奴でも100%は無理だ。この駅で座り続けることができる奴なんていない。コンペの最終日は7月31日。その日までは一日でも多く座りたい。もっと優秀な牛を見つけなければ。

 数日後の夜。駅のホームを歩いていた時、ベンチで何かを熱く語り合う3人組の男女を見かけた。

「生徒会長の選択は間違ってはいない」

 他人の会話というものは全く意味が分からないものだ。特に興味もなく通り過ぎて、ふと気がついた。

 俺が能力を使って初めて座った、その時に選んだ男。

 そしてコンペの初日に座ることができた、その時に選んだ男。

 勝手に感謝をしていたから忘れるはずがない。俺は何気ないフリをしながらベンチの反対側に座り話を聞いた。

「電車は座るためのものだ」

 その言葉に驚愕したのを覚えている。

「スワリストは~」

 そう、その男はスワリストだったんだ。

 

 俺の目標が、俺の復讐が、ぐっと近づいた気がした。

 

 朝、少し早く家を出てベンチに座り、スワリストを待った。スワリスト、座ることのプロみたいなもんだろうか?最悪なネーミングセンスだがそんなことは言ってられない。神にだって、ネズミにだって、スワリストにだって、頼れるものは頼ってやる。スワリストは以前に入れ替わった時と同じ車両に並んでいた。俺は後ろに並び能力を使った。


 座れた。間違いないスワリストは本物だ。


 それからすぐに分かった。コイツは4割だ5割だなんてレベルじゃない。この駅で100%座ることができる天才だったんだ。日に日にプロジェクトの選考は過熱していく。コンペの最終日、7月31日までこの牛に頼ることに決めた。

 それから朝の俺のルーティンは変わり、スワリストを待ってからの乗車が続いた。短い観察だから確実とは言えないが、彼は乗る車両や扉を固定し、曜日や天候やその日の駅の混雑率で微妙に修正をかけているようだ。素晴らしい。何か確固たる理論や分析があるのだろう。コイツはどんな仕事をしているのだろうか?この前に話していた女は友人や恋人だろうか?話したこともない男に何か親近感のようなもの覚えてしまう。こっちに来てから毎日死に物狂いで、就職してからも必死に働きサユリしか味方がいなかった。俺は勝手にこのスワリストを頼りになる仲間だと思っていたのかもしれない。このコンペが終わったら、飲みにでも行ってみたいな。一晩かけてスワリストの哲学を聞いてみたい。座るコツとかも聞いてみたい。俺も誰かに話したい。座れると世界が綺麗に輝く気がするんだ。オーバーだろうな、さすがのスワリストにも笑われるかもしれないな。いつか声をかけよう。今度は美味い酒が飲めるといいな。お前は人生で初めての友になってくれるだろうか?


 計算が狂いだす。いや、俺がバカだった。スワリストだなんて言うくらいだから座ることへの情熱が凄いことくらい分かっていたのに。その分、座れなかったときのメンタルの崩壊が異常だ。いや、もしかしたらスワリストだからじゃなくコイツがただ弱いだけかもしれない。満員電車は確かにクソだ。諸悪の根源だ。それには俺も同意する。でも連日座れないくらいで何か別人のような、廃人のような見た目になっちまう。何なんだコイツは?目が虚ろで歩き方もぎこちない。俺が搾取しすぎているのも悪いが、あとたった数週間なんだ。そうしたら解放してやるから、頼む。7月31日、それまでは頑張ってくれ。

 最悪の事態が起き始めている。コンペの最終日が迫りヒートアップしていく中でスワリストが諦める日が出てきた。どうやら週の前半は大丈夫なようだが後半になると座る気力を失うらしく俺も座れなくなってきた。まずい、この一番大切な時期に座れなくなるわけにはいかない。サユリにも協力を頼み優秀な牛を探してもらっているが、成功率が低すぎる。スワリストが闇に落ちている週の後半に試したがどいつもこいつも本当に使えない。どうする?残りの数日が一番重要なのにこのままでは・・・。代わりになる優秀な牛を見つけられないまま、ついに最終週を迎えてしまった。今週の金曜日、7月31日がコンペの最終日だ。せめて今週だけは。

 

 月曜日、スワリストは現れた。俺は無事に座ることができた。

 火曜日、スワリストは現れなかった。いや、あの男は現れた。だがもうスワリストじゃなかった。

 水曜日、サラリーマンが現れた。


 あと、二日なのに。あと、たった二日。まるで走馬灯のように記憶が駆け巡る。俺は改めて思う。負けるわけにはいかない。そして、心に決めた。本当は帰宅してすぐにプレゼンの準備をしたかったがホームのベンチに座り続ける。そして、時が来た。

「おい」

 何の覇気もなく、歩いているというよりも倒れないためにただ足を前に出し続けているだけの男。



「情けない男だな。スワリスト」



 彼はうつろな表情でこちらを見た。人間じゃないような真っ黒な目をしている。白目がない。お前は闇だ。そしてその闇に落としたのは間違いなく俺だ。お前に罪はないし、お前には感謝しかない。そして間違いなくお前は素晴らしい。俺のわけ分からないチートみたいな力じゃなく緻密な分析で座席を獲得する能力、そして熱い情熱。この不幸の連鎖を生み出す満員電車というシステムを止めることができるのはお前みたいな男なのかもしれない。きっと答えはある。だって人類は何だって成し遂げてきたんだ。満員電車の解消ができないはずがないだろ?スワリスト、いつかお前が変えてくれ。いつか日本を救ってくれ。


 だが、それは今じゃない。


 俺は友になりたかった男を容赦なく叩き潰さなきゃいけない。俺の復讐のために罪のないお前を利用するのはすまないと思っている。でも俺は進まないと。

『怪物と戦う者はその過程で自分自身が怪物にならないように気をつけろ』

 ニーチェの有名すぎる言葉だ。だが俺にとってその言葉は真理ではない。絶対に倒さなきゃいけない怪物がいるのなら、そいつを殺すことができるのなら、俺は喜んで怪物にならないといけない。

「俺もスワリストだ」

 その言葉に男の焦点が戻り、意識がはっきりする。

「お前は全然ダメだな・・・そんなことでスワリストを名乗っていたとは。あまりにお粗末で見てられん」

「くっ・・・」

 本気で悔しそうな顔をする。

「座教ハジメの足元にも及ばないな・・・」

「お前・・・知っているのか・・・?」

 案の定喰いついてきた。俺の想定通りだ。

 座教ハジメなんて知らないさ。お前を牛として利用してから数週間が経った時、またお前がベンチで女と話をしているところを見かけたんだ。ベンチの反対に座り本を読むふりをしてその内容を聞いていた。何か懐かしそうに話していたな、まあ正直その内容には全く共感はできなかったのだが。ただ、座教ハジメ、この名前だけは覚えた。お前にとってどうやら特別な存在だと分かったから。全く知らない男だが名前を記憶しておいてよかった、ここでその記憶を使うことができるとは。

「座教ハジメの死について知りたくないか?」

「お前、一体何者なんだ?」

「俺の正体なんてどうだっていいんだ。それよりどうなんだ、知りたいのか?」

「ああ、頼む、教えてくれ・・・ハジメさんに何があったんだ?」

 まるで土下座でもしかねない勢いで懇願された。そんな思い入れのある人物の名前をはったりで使って心が痛む。すまん、でも、これしかないんだ。

「じゃあ、こうしよう。明後日、今週の金曜日。お前が座席に座れるか、俺と勝負しろ。俺に勝って座ることができたら教えてやる」

「ちょ・・・ま・・・」


 俺は言いたいことだけを言ってその男に背を向け、その場から去った。残酷なことをしていると自分でも分かっているがこれが一番有効で確実だ。これでアイツは絶対に諦めない。金曜日は座りに来る。そのモチベーションさえあれば絶対に大丈夫だ。アイツは天才なんだ。そして、俺がその席を奪う。だから勝負には絶対に勝てる。座教ハジメとやらのはったりがバレることはない。


 これで全てがうまくいく。


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