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セキトリ!〜満員電車 Sit or Dead〜  作者: 伊波氷筍
座れない?世界が闇に落ちる日
28/52

座教ハジメ 3

 時は再び現代。


 話を終えた座太郎はオーバーにうなだれ、こっそりとエリの様子を確認した。

 彼女は無表情のまま目をパチパチとさせているだけだった。

「これが悲しい過去?」

 気のせいか呆れたような響きを伴ってエリが言った。

「続きはまだある。が、どうだ、スワリストの世界は?座教ハジメの凄さは?」

「・・・バカみたい」エリは吐息のように言った。

「な、な、何?」

 座太郎は飲みかけていたコーヒーを吹き出しそうになる。可愛らしい顔をした破壊神。大人しく話を聞いて感動していると思ったらそんなことを考えていたなんて。

「電車は会社に行くために乗るものです。電車に乗るため、座るために会社に行くなんて本末転倒じゃないですか?」エリが周りを確認してから小声で言う。「ほら、ベンチの反対側にも人が来ちゃいましたし、あんまり恥ずかしい話を大きな声でしないでください」

「生徒会長っ」座太郎は呼吸を整え、真剣な眼差しで問うた。「アンタの目の前に二つの車両があるとする。左の車両は超満員。右の車両はガラガラ。しかしどちらの車両も端の席が空いている。さあ、どちらの車両の席に座る?」

「右の、ガラガラの車両です」即答するエリ。

「おいおいおい、ハジメさんの話を聞いていなかったのか?そうじゃないだろ?」

「満員電車じゃ降りるのも大変じゃないですか?だったら空いている車両の方が絶対にいいです」

 エリが腕を組んで毅然として言う。


「そうか、分かった。じゃあとにかく続きを聞け。俺の悲しい過去。これでアンタもスワリストのなんたるかを理解できるはずだ」




 時はまたまた5年前。

 座太郎はハジメのようになりたくて電車の座席に座ろうと奮闘していた。が、どうしても座れない。ハジメの話を聞いている時は何か自分も上手くできるはずだと感じるのに、いざ本番になるとまったく歯が立たない。座れる気配すらない。座席までの距離が物凄く遠く感じる。毎日車両を変えて試してみても、少し早く起きて列の前方で待ってみても全く意味がない。自分がスワリストであることを望んでしまった今、座らなきゃいけないというプレッシャーと座れないというストレスが以前の数十倍の重みとなってのしかかってくる。その影響で夜も眠れなくなり仕事にも支障をきたし始めた。何でもいい何かヒントを貰おうと職場でハジメの近くに寄ると、Excelの画面を閉じたり開いたり彼はいつものようにテキパキと働いていた。おそらく座れているからだろう。そこからいいリズムが生まれて仕事もいいリズムで行えているのだ。

 座太郎はどんどんとやつれていった。ありえないようなミスをして上司から厳しく注意された。どうして座れないのだろう?自分にはスワリストの素質がないのだろうか?自問自答をしながら職場のデスクに何度も頭を打ちつけてしまう。

 そんな座太郎の様子を知ってか知らずかまたハジメが昼食にと声をかけてくれた。


「座れてない、みたいだね」

「・・・はい・・・」

 いつものベンチに座る二人。座太郎は思う。これが電車の座席ならいいのに、と。

「例えばさ」ハジメが真面目な表情で言った。「電車の扉が開いた瞬間に時間を止めれる奴がいたら絶対に席に座れるよね」

「・・・はぁ」座太郎は怪訝な顔で返事をする。

「どうすればそいつから席を奪えるかな?」

「そんなの方法がないんじゃ・・・」

「じゃあ、透明人間になれる力があって扉の列の並びを無視して乗車できる奴がいたら?」

「な、何を・・・」

 座太郎はハジメの質問の意味が分からなかった。


「君の相手はそういう連中じゃないってことさ。方法はある」


「教えてください、この未熟なスワリストに」

「まず、街を知ること。駅を知ること。そして人を知ること。座るのは電車だが電車ばかり見てちゃ上手くいかないよ」

「街を・・・人を・・・」

「とにかくよく見ること、そして、よく考えることだ。君はどんな街に住んでいる?乗客の属性は?そこで展開されているゲームの本質を見極めろ。まずは何度でも試してみるんだ。諦めずにトライアンドエラーで挑戦していけば何か改善されていくかもね、ほらPDCAだよ。そのサイクルを回せば回すほど君の嗅覚は研ぎ済ませれていくはずだ。そしてあるとき気がつくだろう。全てに意味があり全てにヒントが隠されていることに。君が引き出すんだ。君がその呼吸を読め」

 さすがだ、座太郎は立ち上がって深く頭を下げた。

「そんな頭を下げるようなことじゃないよ。君は立派なスワリストとして間違いなく成長していく。僕の勘は良く当たるんだから」

「ありがとうございます」

「これから優秀なスワリストになったとき、君の仕事は座ることだけじゃなくなる。神か悪魔か、そんな奴が作った通勤電車というあの装置。あれに苦しめられている人は君だけじゃなく間違いなく沢山存在する。優秀なスワリストになった暁にはそんな人たちを助けてやってくれ。今の君と僕のようにさ」

「はいっ!」

「よかった。任せたよ」

 ハジメはニコッと笑った。


 何か違和感を覚えた座太郎。

「ハジメさん・・・何かあったんですか?」

「あったというより、あるんだよ。僕、また引っ越すんだ。仕事はもちろん辞めないけどね」

「引っ越し?より混雑する駅に行くということですか?より自分を高めるために・・・」

 ハジメから聞いた引っ越し先の駅は聞かない名前だった。そして混雑はしているが今の駅とはさほど変わらないという。じゃあ一体どうして?

「いつ引っ越すんですか?」

「来週の頭から、もうすぐだね」

 もうすぐだ。

 おそらくハジメのことだ。その駅にスワリストとして何か魅力を見つけたのだろう。この天才にしか見えない何かが。

 来週、このベンチでまた教えてもらおう。


 翌日から座太郎のスワリストとしての戦いが始まった。ハジメの教えに従い、街を見て、駅を見て、人を見た。座ることはまだ難しいが見えてくる景色が変わってきた。あらゆるところにヒントが隠されている気がする。面白い。今に続く座太郎のスタイルがここで確立された。


 月曜日。

 座太郎は緊張していた。今日は自分からハジメに声をかけて昼食に誘おう。新しい駅はどうか?座席の座り心地は?自分の考えた座席分析法をどう思うか?聞きたいことが溢れてなかなか仕事に集中できなかった。ちらりとハジメの席の方を確認するがまだ出勤していない。もうすぐ始業時間。


 その日からハジメは会社に来なくなった。


 風邪でも引いたのだろうか?2,3日はそう思っていた。しかし、週後半にハジメの部署の人たちが彼の荷物を整理しているのが見えた。座太郎は思わずそこへ近づき理由を聞いた。

「退職・・・」

 その言葉を聞いて以降、その他の説明は何も耳に入らなかった。

 もぬけの殻状態で午前の時間を消費する。仕事は何一つ手につかない。意味もなくExcelを閉じたり開いたり、たまにwordを開いたり、そんなことを繰り返し続けた。

 昼休憩。食欲など湧かない座太郎はハジメとの思い出がつまったベンチに座っていた。今日はいつもの右側ではなくハジメが座っていた左側に。

 一体どうしてしまったのだろう?虚空を見つめながら考える。彼について知っていることはほとんどない。引っ越し先の駅くらいか。

「引っ越し先・・・」

 座太郎はおもむろに教えてもらったその駅をスマホで検索した。あまり聞かない名前。行ったことがない街。駅の情報が知りたいのに検索サイトの上部にはニュースが出てきてしまう。


 〇月〇日月曜日。20代と思われる男性。午前8時。人身事故。死亡。


 断片的な情報だけが入ってくる。座太郎は手の震えでスマホを持っていられず地面に落としてしまった。

 座教ハジメが死んだ。

 引っ越したその当日に。

 退職という言葉が衝撃的で部署の人の説明をちゃんと聞いていなかった。おそらくそれを伝えていたのだろう。

 どうして・・・座太郎はそのまま頭を抱えてうなだれた。一体何があったんだ。悲しみと疑問が渦のように頭の中をぐるぐるとかき乱す。あの天才がもうこの世にいない・・・座太郎は目を見開いて、神を、悪魔を、世界の全てを呪った。空高く飛ぶ鳥を見つめる。あの鳥なら何か真相を知らないだろうか?座るベンチの木目に何かヒントはないのか?一生懸命に移動する名前も分からない虫は?ベンチの板の間に挟まったゴミは?

「ゴミ・・・」

 そう呼ぶにはあまりに綺麗に折りたたまれた白い紙が挟まっている。藁にもすがる思いでその紙を板の間から拾い上げる。見た目の通り古くないまだ新しい紙。ゆっくりと広げる。


 座ることを最大化する。座ることの本当の意味。


 ボールペンでその一文だけが書き込まれていた。

 これは間違いなくハジメが挟んだ紙だろう。「座る」は彼の代名詞だから。そして「最大化」。それをするために一度目の引っ越しをしたと言っていた。二度目はさらなる最大化?最後二人で話した後、座太郎は休憩が終わるからと会社へ向かった。ハジメはもう少しゆっくりしていくと会社のエースしか許されない特権を発動していた。そこでこのメモを残した?

「座ることを最大化する・・・座ることの本当の意味・・・」

 それが死ぬことなのか?いや、まだ彼の死が自殺か、事故か、他殺かも分からない。

 今、分かること。座教ハジメはそのために引っ越したということ。そして死んだということ。



 座太郎は立ち上がった。


 休憩時間は残り少ない。


 しかし会社とは違う方向へ進む。


 今日くらいはいいじゃないか。


 いつもの中華食堂に待ちの列はない。




 今日はゆっくりと座れそうだ。


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