悲しい過去
あたたかい・・・。
なんだこれは?
何が起きている?
これは・・・光だ・・・光が俺を・・・
座太郎の目がパッと元に戻る。
「生徒、会長・・・?」
そして座太郎は気がつく。エリが自分を抱きしめながら震えていることに。
「生徒会長、どうしたんだ?・・・俺は・・・?」
エリが慌てて座太郎から離れた。彼女は泣いていたのか目が真っ赤になっている。その目で座太郎の様子をじっくりと観察してくる。
「・・・よかったぁ・・・」
エリはそう言って鼻をすすり、そのまま泣き出してしまった。
「おいおい、大丈夫か?」
座太郎は突然の出来事にさすがに心配になる。
彼はエリをベンチに座らせ、缶コーヒーを買いに自動販売機へ向かった。
ベンチに再び並んで座る二人。
それぞれの手には缶コーヒーがある。
「まさか・・・そんな・・・」
座太郎はエリから全てを聞かされた。泣いていたのはエリだけでなく、自分もだったのだ。
そして思い出す。寒く暗い闇で感じたあたたかさと光を。
「それで一体何があったんですか?」
エリが心配そうな表情で聞く。
「ああ、それが、座れなくてな・・・そうだ、常磐さんと三人で喫茶店に行ったあとくらいからか・・・」
座太郎は思い出し、悔しそうな表情を浮かべて言った。
「・・・そうなんですね。でも一体何があったんですか?会社とかご家族とか、もしかして何か他に・・・」
エリが深刻そうな表情で言う。
「いや」座太郎はエリを見つめて答える。「違うんだ、それが、座れなくてな・・・」
座太郎はハードボイルドな表情作って繰り返した。
「いや、だからですね」エリは何かムキになった様子で続ける。「だから、何があったんですか?何かがあって座れなくなったんですよね?あんな深刻な状態になるような何かが。だから心配で・・・座太郎さんはいつもそういうのは無縁に見えていたんですけど、そうですよね、誰だって傷つくことはあるし。あの座太郎さんが座れなくなるくらいのことって一体何だろうって思って・・・すみません、デリケートなことをズケズケと聞いてしまって・・・」
エリが申し訳なさそうに小さく頭を下げた。
「・・・?」座太郎は首をかしげる。
「・・・?」それを見てエリも同じように首をかしげる。
二人の時が再び止まる。
「いや、だから」座太郎が少し語気を強める。「座れないんだって」
「いや、だから」エリが言葉を返す。「何かがあってあんな状態になって、座れなくなったってことですよね?」
「いやいや、違う、違うって」
座太郎も理解が悪いエリに腹が立ってきた。
「だから、座れなくてあんな状態になったの。こんなボロボロに」
エリがそれを聞いてきょとんとする。
そして再び息を吹き返したかのようにエンジンに火がつく。
「はいっ?つまり・・・ただ座れないだけ・・・?座れないだけで白目がなくなるほどの闇に・・・?」
座太郎は立ち上がった。
「おい、生徒会長、座れないだけ、とは何だ?」
「・・・それは・・・すみません」エリはペコリと頭を下げる。どうやら今の彼女は座ることの大切も痛感しているようだ。「でも、ですね。座れない人は沢山いるわけだし、そんな中で暗い気持ちになってもみんな頑張ってるじゃないですか。座太郎さんだけあんな感じになるのはおかしくないですか?」
「なに?」
座太郎は隣に座る小娘をキッと睨みつけた。
エリも引く気は無いようで真っすぐにその睨みを受け止めて、そして跳ね返してくる。
「俺は座りたいんだ」座太郎は燃えるような目つきで言った。
「はいっ?」
「俺は座りたいんだよ。電車の席に」
「それはアナタだけじゃなく、皆が思ってますよ!私だって座りたいですもん」
「生徒会長、アンタの座りたいがあれくらいだとすると」
座太郎はベンチから見える小さなマンションを指さす。
「俺の座りたいはあのタワマンだ」
この一帯で一番背の高いタワーマンションをバシっと指さす座太郎。
明らかに呆れた表情のエリ。
「武蔵座太郎」エリが立ち上がり座太郎の前に来る。「カオリの件ではお世話になりました。それには感謝しています。ありがとうございました。でもこれでお別れです。心配して損しました」
生徒会長。
お節介で生意気。
最後は怒っているような、悲しんでいるような、そんな表情だった。
彼女が立ち去ろうとしている。
座太郎は闇から助け出してくれたあのあたたかさを思い出す。
そしてその後の泣き顔も。
やっぱり俺は生徒会長が・・・。
「まぁ、待ってくれ。待ってくれ。座ってくれ」必死で呼び止める。
「まだ何か?」先日までとは大違いのジト目を向けてくるエリ。
「そうなんだ、そうなんだ、とにかく座ってくれ」
エリが少しだけならと元いたベンチにゆっくりと座った。
「とにかく聞いてくれ。俺の悲しい過去を」
エリのジト目度が増した気がした。