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セキトリ!〜満員電車 Sit or Dead〜  作者: 伊波氷筍
座れない?世界が闇に落ちる日
24/52

真っ黒な涙

 首の骨の強度はどれくらいなんだろう?


 月曜日。

 エリの首は人塊の中であり得ない方向に曲がっていた。

 ああ、これでもし緊急停止でもしたらそのままポキッと折れてしまう。大ピンチだ。いや、でもそれならいっそのことラクになれるかもしれない。

 エリの目に浮かぶ涙は共に人塊を構成する目の前のサラリーマンのワイシャツに吸収されていく。


 理論が通用しない。エリは痛感した。カオリの駅とエリの駅はまるでレベルが違う。違う法則が支配している。

 エリは思い出す。座太郎にカオリの駅の話をした時の彼の言葉。

『その駅ならイージーだぜ』

 あの時、光のように輝いて二人を照らしてくれたその言葉。ただ裏を返さなきゃいけなかった。

 つまり『この駅はハード』だったんだ。

 エリは自分の愚かさに対する悔しさで、痛みからではない涙を流す。こんな世間知らずの小娘が座れるほど簡単な駅じゃない。つまり、この苦痛や絶望はこれからもずっと続いていくのだ。




 その夜。


 タワーマンションって綺麗。

 エリは初めて座太郎と話をした時に座ったベンチから夜景を見ていた。

 気がつけば今日も夜。まるでタイムリープしたかのような速さで今にいたる。


 ポツポツと点在するタワマン群の光。

 実は田舎出身のエリがこちらに来て最初に感動を覚えた景色でもあった。

 今宵はいつもより闇が深いのか、光がより心にしみる。いや、闇は自分の中か?その闇が世界を暗くし、景色の光を強くしているのだろうか?

 ダメだダメだ、座太郎の説教を思い出しエリは笑う。


 ・・・いや、本当に暗い。何かの比喩ではなく暗い。まるで光のとどかない森の中にいるような闇。この雨のせいだろうか?まずこの雨は本当の雨か?それとも目に溜まる涙か?エリはどんどんと分からなくなっていく。闇に飲み込まれそうになる。

 思わず自分の手のひらを見つめる。

 本当に闇があった。手のひらがぼやけている。黒い靄が当たりを覆っている。


 エリはハッとして慌ててあたりを見渡す。


 ベンチの逆端に座太郎が座っていた。座太郎が闇を放っていたのだ。


 いつからいたのだろうか?

 座太郎は夜闇に紛れてぼんやりとしか見えなくなっていた。ほぼ闇と同化してしまっている。

 エリは確信した。以前の新宿駅で見たのはやはり座太郎だったのだ。瘦せ細り髪は汚く乱れ髭も伸びている、そしてその空洞のような真っ黒な眼。いったいどんな辛い思いをしたらこんなにも悲しくおぞましい眼になってしまうのだろうか?ホラー映画に出てきても不思議ではない。黒目しかない人間。

 彼はその眼でいつぞやのようにタワマン群の光を見つめていた。


 エリは闇に飲み込まれないように座太郎との日々を思い出す。

 熱く電車に座ることをエリに説いてきたあの日。

 親友を救ってくれた頼りになるあの姿。

 そして決意をし、立ち上がった。


「あの、座太郎さん!」

 自分でも驚くほど大きな声だった。階段へ向かう数人のサラリーマンが歩きながらこちらを振り返る。

 座太郎は・・・、座太郎は反応しない。ピクリとも動かずにそのままタワーマンションを見つめている。

 その変わり果てた姿。声すらも届かない状態。ショックと悲しみに包まれながらエリは近づく。


「座太郎さん、エリです。京浜エリ。・・・生徒会長です」

「・・・」

「私、ちゃんとお礼が言いたくて。本当にありがとうございました。カオリは元気です。座太郎さんが教えてくれてから一回も被害がなく、昔のカオリに戻りました。今もちゃんと座れてます。全てスワリストであるあなたのおかげです」


「・・・座れてます・・・」

 座太郎はそのままの姿勢でかすれるような声で呟いた。

「・・・スワリスト・・・」


「そうです、座れてるんですっ」

 エリは反応した座太郎の両肩を掴む。

「アナタのおかげで私たちはこれからもずっと一緒です。アナタは会ったこともなかった私の親友を救ってくれたんです」


「親友・・・カオリ・・・生徒会長・・・」

 記憶のブラックホールから言葉呼び起こしているようだ。

「・・・座れてる・・・ずっと一緒・・・・・・ああ、よかった・・・」


 表情を失っていた座太郎の目から真っ黒な涙が一筋流れた。

 そして、彼は笑顔のようなものを浮かべた。




 エリは座太郎を思い切り、グッと抱きしめた。


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