火曜日の朝
火曜日の朝。通勤ラッシュ。
電車はキャパオーバーの満員でこれ以上どこにも隙間など存在しない。
しかし停車駅に着くたびにホームで待つ乗客たちをどうやってかその車体に飲み込んでいく。若干キレ気味のアナウンスで奥まで詰めるように促され、人々はさらに圧縮される。もう人権なんかは存在しない。
現代の奴隷線が走り出す。
ちょっとした揺れで憐れに圧縮された電車内の人塊は大きく揺れる。体の小さな子供や女性は死を意識することだろう。そこに追い打ちをかけるように電車が急に停車する。その惨めな人塊は慣性の法則の餌食となる。おそらく死者も出たのではないだろうか。
そして地獄のアナウンス。
「~駅で緊急停止ボタンが扱われたため運転を見合わせます」
車内には至る所で舌打ちが響く。
悲鳴のような叫び声も聞こえる。
世界にはいいことなんて一つもない。
全てを破壊したい。
いや、自分が死んでしまったほうが早いだろうか?
その憐れな人塊の中に座太郎がいた。
目の前のサラリーマンのリュックが彼の顔面を押しつぶす。
隣の女性のハイヒールが足に突き刺さる。
昨日と明らかに時の流れが違う。停車している時間が無限のように感じられる。時間の流れは一定ではないのか?これがアインシュタインが見つけた相対性理論?
必死に体勢を維持しようともがき続ける。顔の向きを何とか変えたとき、目の前に座っているメガネをかけたサラリーマンと一瞬だけ目が合った。憐れな座太郎に対して何の感情も示さずに完全に無のまま資格か何かの本の中へまた全意識を戻していった。
コイツを殺してやろうか?
せめてこの状態を鼻で笑われた方がマシだった。何故自分がこんなにも苦しい思いをしているのにコイツは涼しげな顔で座って本なんかを読んでいるんだ?覚えていろ。駅に着いたら倍返しだ。
怒りの決心をした瞬間に下手糞な加速で電車が再び動き出す。その反動で人塊はまた大きく揺さぶられる。
座太郎は死を意識した。気が遠くなる。走馬灯のような光景が浮かぶ。ああ、最後にまた電車の端の席に座りたい・・・
その後、間隔調整という名の拷問を何回も繰り返し、電車はゆっくりと新宿駅に到着した。
ホームに着いた電車から大きな謎の黒い球体が吐き出される。いや違う。これは人の塊だ。人塊だ。その球体は駅のホームで弾けて飛び散る。飛び散った全員が死んだ目をしながら笑っている。彼らは死神だ。彼らは悪魔だ。彼らはジョーカーだ。世界を燃やす存在だ。
座太郎は会社に向かう。駅のホームでも階段でも誰にも道を譲らない。子供でも老人でもぶつかる奴とはぶつかればいい。会社に行っても挨拶なんてしない。新入社員に質問されても邪険にあしらう。上司には何かを言ったらパワハラですよオーラを放つ。
駅でぶつかった人は朝から機嫌が悪くなる。新入社員は誰にも相談できずメンタルを病む。上司はストレスを抱えそれを家庭でぶつける。
世界は確実に昨日よりも悪くなる。