これからもずっと一緒に
数分後。
駅のホームにアナウンスが流れる。じきに電車がやってくる。
「扉が開いたら、座太郎さんがいたりして・・・」
エリは後ろから冗談めかしてカオリに言う。
「・・・ふふっ」カオリは吹き出しながら振り返る。「ちょっと、やめてよ・・・。でも、何かありえそう。また『ごきげんよう』とか言って降りてくるかもしれない・・・」
「そうなんだよね、そこがあの人の怖いところだよ・・・」
エリはそう言いながら、また座太郎に感謝した。
どうやら座太郎の存在はカオリのツボに入っているらしい。
場を和ませようとした作戦は無事に成功した。
まだ彼は改札横で何か別次元の観察をしているのだろうか?
別次元とは・・・。
そんなことを考えているうちにアナウンスの通り電車が到着した。
「来たね」とエリ。
「うん・・・」カオリが返事をする。
エリは扉が開く前の電車内の様子を確認した。
朝の通勤時間のため当然立っている乗客が多い。
座っていた乗客もチラホラと立ち上がっていく。
思わず唾を飲み込み、その動きを観察していく。
そして、まるでスローモーションのようなスピードでゆっくりと扉が開く。
乗っていた一人目の乗客がホームに降りた瞬間、時間の流れは元に、いや通勤ラッシュ独特の倍速のような速さになる。
一刻も早く乗り込みたいが降りる客を待たないといけない。
早く早く。
また時空が歪む。
相対性理論。
時間の流れは均一ではない、まだらなのだ。
そしてその最後の一人、寝癖が若干残ったサラリーマンが降りた瞬間、時間の流れが再び一気に加速する。
三つ目の扉で乗車待ちをしていた左右二列の先頭の二人が、まるで雄たけびを上げ先陣を切る百戦錬磨の武将のように勇猛果敢に一気に突入した。
エリは歩みを進めると同時に、競合である2番目の扉の列を確認する。
全て座太郎の言った通りだった。
電車内で客に偏りが発生しており、その列の乗客はまだ一歩も動けていなかった。
「すごいっ」
座太郎の理論が完璧であったことに感動を覚えて無意識に呟く。
そしてカオリに続いて車両に乗りこんだ。
なんとまだまばらに2、3席が空いている。
エリは上京してからそんな光景を一度も見たことがなかったため驚きを禁じ得ない。
先頭の男が座席の端のポールを掴み、体を反転させる。
その反動を利用し空いている席まで一気に加速する。
重力すらも感じさせない身軽な動きで矢のように一席を支配する。
ここは彼のテリトリー。
遊び慣れたジャングル。
座れない、なんて、ありえない。
「すごいっ」
エリが漏らす。感銘の言葉を。
その座席ではひ弱そうな男が眠たそうにスマホをいじり始めていた。
先頭の責任を立派に果たしてくれたサラリーマンが1席を埋めたが、7人掛けの中央の席が高校生に挟まれて空いている。
カオリは一瞬振り返りエリに視線を送る。
エリは笑顔で頷き、そのまま座るように促した。
つり革に掴まり電車に揺れる。
朝の通勤でこんなに清々しく感じるのは上京して初めてだ。
目の前に座るカオリは「ごめんね」と、自分だけが座れていることに罪悪感を覚えているようだ。
「大丈夫、大丈夫」
エリは笑顔で言った。
よかった、これでカオリが悲しい思いをすることはない。
今のエリにはそれだけが全てだった。
次の駅に到着する。
カオリの隣に座っていた高校生がスルっと立ち上がり電車から降りていく。
エリはそのままその席へスルっと座った。
これもスワリストの教えだ。
座太郎の手の平の上で、世界が動いていく。
二人は並んで座っている。
肩が触れあう。
まるで高校生の頃に戻ったような、そんな感じ。
二人で過ごした楽しかった日々を思い出す。
エリはカオリに笑顔を向ける。
カオリは静かに泣いていたのか目を赤くして笑顔を返した。
エリは彼女の手を握った。
手の震えは止まっていた。